The Rest Room of ISO Management
ISO休戦
日本人の意識停滞
日本の政治状況は ここ何年も停滞しているような気がする。つまり、政治テーマが 何年経っても変わっていないように思うのだ。
外交は 対米追随の是非。内政は“政治と金”それにまつわる 政官財の癒着。最近は官僚の利益誘導と不作為が目立ち、いつまでたっても 政治テーマから去って行かない。10年以上前から、一向に変化がない。つまり 全く問題が解決していないのだ。
経済はドッグ・イヤーと言われる時代にこんな停滞で良いのだろうか。
どうやら 世界の動きは “激動の時代”そのものの様相だ。
先週の世界の週間トップ・ニュースは、オーストラリアの政権交代についてであった。これは 世界に相当な衝撃を与えたようだ。少なくとも 西太平洋一帯の 国際政治・外交状況を大きく変える要因となるようだ。
だが、日本のマスコミは 何故かあまりこのことに触れていない。かねてから日本の新聞は どこか偏りがあるように思っているが 今回も その報道が 世界に目を向けたものになっていない。同じ日本の新聞社の発行でも、英字のものと日本語のもので相当に異なる印象があるが、これはどういうことだろうか。何か 意図があってこういうことになっているのだろうか。
さて、このオーストラリアの政権交代について話を戻すが、次の首相になるラッド氏は かなりな中国通であるとのこと。つまり、相当な親中国派であるらしい。中国の要人が オーストラリアを訪問した時、流暢な中国語で演説挨拶を行い、その演説に中国側も聞き入ったという噂もあるくらいだ。
この動きに、日本の“独自外交”を標榜して“価値観外交”を目指している 一部自民党の要人は 今後どのように対応しようと考えているのだろうか。
“価値観外交”は米国、オーストラリア、インドと連携して事実上、中国封じ込めることを意図している外交政策のようだが、この“中国封じ込め”は 前防衛大臣が ジャパニーズ・ライスとはしゃぎつつ 当のライス国務長官に提案し、逆にたしなめられた外交政策である。
さらに インドも中国と仲良くしようとしている。この状況でオーストラリア政権が 親中国に変化すれば “価値観外交”は政策として破綻するはずだ。
日本の“独自外交”を標榜しつつ北朝鮮政策を 事実上対米追随することで結果的に全く得るものを失い、手詰まり状態にさせてしまった前首相も“価値観外交”を目指していた。一部自民党の要人は “独自外交”とは 対米追随だったという論理矛盾に気付いているのか。
どうも“価値観外交”には 世界の冷戦構造を前提に思考をめぐらせているフシがある。これは 明らかに時代錯誤である。思考パラダイムが停滞しているとしか思えない。
また、話を元に戻そう。そもそも 長年の保守王国オーストラリアでは 何故 政権交代となったのか。
勝利した 労働党の 第一の公約は 気候変動について“action, and action now” であり、京都議定書に調印することであるという。つまり、温暖化が原因と思われる旱魃が 国民の意識を変えたのである。ワイン作りも旱魃で支障がでているという。メルボルン・オリンピックでボートの会場だったウェンズリー湖は干上がっている。別の大きな湖でも干上がって食塩が 析出している光景を 先日もテレビ・ニュースが放映していた。
このオーストラリアのように 世界は環境問題に目を向け始めている。ヨーロッパには 環境を主政策にしている“緑の党”があるという。日本にはそれが無い。日本で環境を主政策にして政党が成立するほど民意が熟しているだろうか。
日本人一般にそのような意識はない。あるのは、省エネで生き残るための企業活動だけで その企業人の家庭のエネルギー消費は増大している。環境マネジメント・システムも企業活動であり、一般人の生活に根ざした活動とはなっていない。
日本企業の省エネ技術が “世界で一流”と思い込み、自分たち自身は 何もしなくてよいような錯覚に陥っていないのか。日本より 米国や中国での 温室効果ガス排出抑制が 先だと考えていないか。そもそも地球温暖化は温室効果ガス増大のせいだという議論は嘘だと 内心では思っていないのか。
そうだとすれば、アル・ゴア氏の “不都合な真実”は 不合理な嘘なのだろうか。
例えば日本では、孤独な人々の生活を支えるコンビニエンス・ストアへの四六時中の物資補給にトラックは大いに活用されている。在庫削減のために、便利で使い易いトラック輸送は 排ガスを撒き散らし、輸送エネルギーを消耗している。そういう傾向を 上の図は 如実に示している。つまり 産業部門より 一般家庭や それにつながるサービス部門でのエネルギー消費の増大が見られるのである。
日本では このような報道も少ない。マスコミすなわち報道する側の意識も エネルギー消費のあり方は自分達の問題でもあるとは思っていないフシがある。
かく言う 私も 健康のため 温水プールへ通っている・・・、この世に生存して二酸化炭素を排出している。
現実は 琵琶湖のように温暖化の影響を受けて 死の湖になりかけている湖は多いとのこと。西日本の湖沼は ほとんどそういう傾向にあるようだ。その上に全国で 竜巻が発生している。集中豪雨も頻繁になってきた。このように温暖化による影響は 日本でも待ったなしだが、日本人にそういう意識はないように見える。
日本人の意識は 冷戦の総中流時代から 思考停止状態でアナクロに満ちているように見える。やっぱり“幼児化”しているのだろうか。目前の自己利益追求のみに キュウキュウとして大局が見えていないのだろうか。
外交は 対米追随の是非。内政は“政治と金”それにまつわる 政官財の癒着。最近は官僚の利益誘導と不作為が目立ち、いつまでたっても 政治テーマから去って行かない。10年以上前から、一向に変化がない。つまり 全く問題が解決していないのだ。
経済はドッグ・イヤーと言われる時代にこんな停滞で良いのだろうか。
どうやら 世界の動きは “激動の時代”そのものの様相だ。
先週の世界の週間トップ・ニュースは、オーストラリアの政権交代についてであった。これは 世界に相当な衝撃を与えたようだ。少なくとも 西太平洋一帯の 国際政治・外交状況を大きく変える要因となるようだ。
だが、日本のマスコミは 何故かあまりこのことに触れていない。かねてから日本の新聞は どこか偏りがあるように思っているが 今回も その報道が 世界に目を向けたものになっていない。同じ日本の新聞社の発行でも、英字のものと日本語のもので相当に異なる印象があるが、これはどういうことだろうか。何か 意図があってこういうことになっているのだろうか。
さて、このオーストラリアの政権交代について話を戻すが、次の首相になるラッド氏は かなりな中国通であるとのこと。つまり、相当な親中国派であるらしい。中国の要人が オーストラリアを訪問した時、流暢な中国語で演説挨拶を行い、その演説に中国側も聞き入ったという噂もあるくらいだ。
この動きに、日本の“独自外交”を標榜して“価値観外交”を目指している 一部自民党の要人は 今後どのように対応しようと考えているのだろうか。
“価値観外交”は米国、オーストラリア、インドと連携して事実上、中国封じ込めることを意図している外交政策のようだが、この“中国封じ込め”は 前防衛大臣が ジャパニーズ・ライスとはしゃぎつつ 当のライス国務長官に提案し、逆にたしなめられた外交政策である。
さらに インドも中国と仲良くしようとしている。この状況でオーストラリア政権が 親中国に変化すれば “価値観外交”は政策として破綻するはずだ。
日本の“独自外交”を標榜しつつ北朝鮮政策を 事実上対米追随することで結果的に全く得るものを失い、手詰まり状態にさせてしまった前首相も“価値観外交”を目指していた。一部自民党の要人は “独自外交”とは 対米追随だったという論理矛盾に気付いているのか。
どうも“価値観外交”には 世界の冷戦構造を前提に思考をめぐらせているフシがある。これは 明らかに時代錯誤である。思考パラダイムが停滞しているとしか思えない。
また、話を元に戻そう。そもそも 長年の保守王国オーストラリアでは 何故 政権交代となったのか。
勝利した 労働党の 第一の公約は 気候変動について“action, and action now” であり、京都議定書に調印することであるという。つまり、温暖化が原因と思われる旱魃が 国民の意識を変えたのである。ワイン作りも旱魃で支障がでているという。メルボルン・オリンピックでボートの会場だったウェンズリー湖は干上がっている。別の大きな湖でも干上がって食塩が 析出している光景を 先日もテレビ・ニュースが放映していた。
このオーストラリアのように 世界は環境問題に目を向け始めている。ヨーロッパには 環境を主政策にしている“緑の党”があるという。日本にはそれが無い。日本で環境を主政策にして政党が成立するほど民意が熟しているだろうか。
日本人一般にそのような意識はない。あるのは、省エネで生き残るための企業活動だけで その企業人の家庭のエネルギー消費は増大している。環境マネジメント・システムも企業活動であり、一般人の生活に根ざした活動とはなっていない。
日本企業の省エネ技術が “世界で一流”と思い込み、自分たち自身は 何もしなくてよいような錯覚に陥っていないのか。日本より 米国や中国での 温室効果ガス排出抑制が 先だと考えていないか。そもそも地球温暖化は温室効果ガス増大のせいだという議論は嘘だと 内心では思っていないのか。
そうだとすれば、アル・ゴア氏の “不都合な真実”は 不合理な嘘なのだろうか。
例えば日本では、孤独な人々の生活を支えるコンビニエンス・ストアへの四六時中の物資補給にトラックは大いに活用されている。在庫削減のために、便利で使い易いトラック輸送は 排ガスを撒き散らし、輸送エネルギーを消耗している。そういう傾向を 上の図は 如実に示している。つまり 産業部門より 一般家庭や それにつながるサービス部門でのエネルギー消費の増大が見られるのである。
日本では このような報道も少ない。マスコミすなわち報道する側の意識も エネルギー消費のあり方は自分達の問題でもあるとは思っていないフシがある。
かく言う 私も 健康のため 温水プールへ通っている・・・、この世に生存して二酸化炭素を排出している。
現実は 琵琶湖のように温暖化の影響を受けて 死の湖になりかけている湖は多いとのこと。西日本の湖沼は ほとんどそういう傾向にあるようだ。その上に全国で 竜巻が発生している。集中豪雨も頻繁になってきた。このように温暖化による影響は 日本でも待ったなしだが、日本人にそういう意識はないように見える。
日本人の意識は 冷戦の総中流時代から 思考停止状態でアナクロに満ちているように見える。やっぱり“幼児化”しているのだろうか。目前の自己利益追求のみに キュウキュウとして大局が見えていないのだろうか。
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