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杉本信行著 “大地の咆哮” を読んで

日本を 取り巻く世界情勢を知ろうとする時、中国についての認識が欠かせません。榊原氏の本を読んで アジアの大国、中国とインドへの理解が必須であると認識しました。まぁ 当然のことではありますが・・・。
この中国の状況を 正確に知るためには第一に この杉本信行氏の著書を読むべきだと言う評価が 一般的です。単行本が出た時も 読もうとは思っていたのですが、気が付くと文庫本になっていました。そこで 慌てて買い込んだのです。
著者・杉本氏は 外務省のチャイナ・スクールの外交官でありながら、中国を客観的に見据えて来たという。上海総領事館館員の自殺を 中国官憲の不正行為によるものと断罪し、中国当局に 激しく迫ったという硬骨漢の由。そして 志半ばでガンにより 既に他界されたとのこと。本書は その闘病の さ中に書かれた著者渾身の書ということです。

杉本氏は 昭和48年京都大学法学部卒、同年 外務省入省とのこと。この年代は 大学入学前後は 激しい学生紛争に吹き荒れていた時代です。特に 昭和44年は 東大入試が中止されました。そういう状況の中で 何を期待して 外務公務員上級試験を受験されたのでしょう。少々 興味のあるところですが、本書では ほとんどその点について語られていませんでした。
特に、それ以前の中国は “鉄のカーテン” の向こう側、それも スターリン主義のソ連とは異なる “赤い星” の国でした。謎多く、北京政府側からの情報のみがほとんどで 憶測がニュースになるという状態。それだけに腐敗した資本主義社会にはないものを見る あこがれのようなものも世相にはありました。(当時、大きな書店には大抵中国コーナーが有った。)また 当時の中国は文化大革命の混乱も 少しは落ち着きを見せ始めていた頃だったと記憶しています。

著者・杉本氏は 入省試験の際、志望語学研修では “ごく常識的に英語、フランス語と書いて、たまたま三つ目に続けて中国語を加えた。当時ちょうど世間で中国との国交正常化について論議されていたからか、何の気なしに「中国語」と書いたのだ。” と本書では触れています。それが きっかけになったのか “入省するやいなや、上司から語学研修について、「君は中国語だ」と命じられた”のが 杉本氏のチャイナスクールとしての経歴の第一歩だったようです。

私の これまでの中国イメージは“大地の子”でした。それ以前は “毛沢東主席語録” 等々・・・。
その度に イメージが 大きく変わってきました。そして 今回も 大きく変わり、イメージがさらに具体的で鮮明になったような気がします。

岡本行夫氏は 文庫本の解説で 次のように引用しています。“彼(杉本氏)は、現代中国の本質を次のように鮮やかに看破した。「中国の現状をたとえていえば、共産党一党独裁制度の旗の下、封建主義の原野に敷かれた特殊な中国的社会主義のレールの上を、弱肉強食の原始資本主義という列車が、石炭を猛烈に浪費しながら、モクモクと煤煙を撒き散らし、ゼイゼイいいながら走っているようなものだ。信用がすべてという市場経済の根本ルールが確立されないまま、ビジネスだけが先行してしまったのだ。」”
この記述が 本書の全てを総括しているように思います。

まず 杉本氏は “まえがき” で、現中国政府と“中国人一般”を同一視しないことが肝要だと述べて、“中国では一般人、ましてや農民からある程度の地位に這い上がることは至難のワザである。” と共産社会であるにもかかわらず身分制があるとの指摘。その上“共産党による支配体制がいつまでも続くと思っている党幹部はむしろ少数派だとすらいえる。” と述べ さらに “なかでも「三農問題」といわれる農村の貧困、農民の苦難、農業の不振などに対する懸念は想像以上に大きく、すでに中国社会、中国の政治体制を揺るがしかねないほど深刻化している。” そして これが、攻撃的対外政策の原因であるという指摘です。
これに関連して面白いのは、中国人民の視線は “(北京)政府が躍起になって、戦争で日本がどれだけ悪かったかという教育を一生懸命してみても、その片方で彼らは「だけど、共産党はもっとひどかった」と語る”というもののようです。
さらに、改革・開放による単位社会主義の崩壊による社会保障政策の破綻が、中国人民の不安感を増幅しているというのです。日本よりはるかに進む高齢化社会で、年金問題が深刻化、それにからむ役人の不祥事も続出しているとのこと。
さらに農民差別の根源は、“共産党の幹部のほとんどが都市出身者で占められている” ことだと言い、“毛沢東は農民出身だったが、毛沢東自身が農民を軽蔑していたフシがある。毛沢東は、知識分子を軽蔑すると同時に、農民に対して愚民政策をとったのだ。”と断言しています。これには 仰天します。マルクスのプロレタリア革命を 農民革命に書き換えた毛沢東の 深層心理への思い切った分析です。
そして これが 都市生活者と農民の格差を 大きくしている遠因だと指摘しています。



全く知らなかった事実は 黄河の渇水、というよりも それが象徴している中国全体の水不足です。“中国の年間平均降水量660ミリは、日本の4割程度に過ぎない。” “中国の使用可能な水資源保有量は・・・、世界の一人当たり平均量の4分の1しかなく、世界の「貧水国」の一つ。” 問題は実際に使用されている量が、保有量の20%以下に過ぎず、極端に歩留が悪いこと。
そして、ここでも都市が農村の水を奪っている構図になっており、こうした問題解消のための三峡ダムも 河川全体の汚染問題を深刻化させるだろうし、まして決壊など起こせば 巨大災害にしかならないと指摘しています。

外交官の目として 地道な援助(草の根無償資金協力)を通して 中国の内政の矛盾を突き、それを梃子に日本の外交的発言力を高めるべきだとの提言には 心から そうあるべきだと思います。
アフガニスタンや中東政策も これみよがしの援助ではなく、地に着いたというか 地を這うような援助しつつ人々の支持を獲得するという地道な活動が 日本外交の基本であるべきだと思いました。派手で大規模な経済開発は 大抵は自然破壊や 援助先政権の利権の温床になっているのではないでしょうか。軍事的支援も問題があります。テロ特措法は 今や何らかの利権が そこはかとなく臭う いかにも怪しいイメージです。
そういう意味で 今 そこに生きている困窮する人々を支援する姿勢こそ、日本外交の独自性があるべきですし、それこそが 品格ある国家のなすべき独自外交だと思うのです。

上海の20階建て以上のビルの数は 既に4000棟もあり、約100棟しかない東京をしのいでいるとのこと。しかし、その内容は 揚子江の堆積土の上に建っているにもかかわらず基礎が不十分、超高層であるにもかかわらずエレベータの数が少ない、デザインが奇抜過ぎてメンテナンスに問題がある、奇抜な逆四角錐型の形状である上に浅い基礎なので遠からず不等沈下で傾斜する懸念がある、等々 極めて危ういもののようです。著者は これらが 遠からず不良債権になるだろうと見切っています。

最後に 中国人と接する上で整理しておくべき 日本人の考え方を “日中を隔てる五つの誤解と対処法”と“日本と中国:「過去」をめぐる摩擦七つのポイント” に まとめて説明しています。大いに参考になると思います。

本書には、もっともっと 驚くべきことが書かれています。読み返してみて さすがに簡単には紹介しきれません。
本書の前後にある 岡本行夫氏のような きちんとした紹介文には とても及ばない内容となってしまい恐縮ですが、印象に残った部分を紹介しました。
日本が 偽装国家というならば、いわば中国は “張リボテ国家”。この本を読んでそのように 感じた次第です。

最近 来日した中国海軍の最新鋭 艦船を見た 朝日新聞の田岡俊二氏は 次のように評価していました。
外観は さすがに立派な超近代艦に見えるが、乗艦して一見したところ 艦船としてはふさわしくない可燃物が随所に見られ、床には敷物、ドアには木材が使用されている。搭載している兵器は それぞれは最新鋭かも知れないが フランス製をはじめ様々な国の兵器・装備品が混在しており、実際の戦闘で統一的にこれらを運用するのは困難ではないか。おまけに船を埠頭に繋留するための舫綱が 異様に細く しかも一本しか使っていない。(通常は その2倍以上の太さの綱を2本使って艦体前後で繋留するとか。)
実戦には 全く役に立ちそうでなく、海上兵器運用の常識を知らないことに驚きを禁じえなかったとのこと。
時の政府・国家を象徴するような 最新鋭艦の状況。これを 見ても中国の実像は “張リボテ” そのものの印象です。かつて、北京政府は “アメリカ帝国主義”の核兵器を“張子のトラ”と呼ばわっていました。それと裏返しの二重写しのようなイメージです。
現中国という国家の実態は、見誤って過大に評価しては ならないものと 思われます。

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