群馬県みなかみ町の小学校健診で、
「生徒のパンツの中を覗いた」
学校医が社会問題化しました。
一般市民の反応は“推して知るべし”ですが、
医師の中でも賛否両論があることに驚きました。
私は小児科医なので、
「思春期早発症」患者さんの診療経験があります。
つまり、予定より早く“陰毛発生”があるかどうかを確認することは、
診療範囲であり、私も疑わしい患者さんにはそうしています。
逆に、あの“事件”があってから、
「うちの娘(あるいは息子)に陰毛が生えているようなのですが・・・」
という相談が何件かありました。
さらに小学校の学校健診で思春期早発症をスクリーニングされず低身長に終わった患者さん、
「学校健診であの先生に担当してもらっていたら早期発見され、
治療に結びついて最終身長がもう少し伸びたはず・・・」
という男子もいます。
確かに予告なしで全員に確認することは、
今のご時世では問題視されるかもしれません。
しかし生徒の人権を守るということは、
はずかしいからといって不十分な診察方法を選択することではなく、
しっかり診察してもらい病気のスクリーニングをすることではないのでしょうか?
そして医師の中でも、
「パンツの中を覗くなんて非常識だ!」
という方は、おそらく思春期早発症を診たことがない、
つまり小児科医以外が多いと思われます。
思春期の発現に関して、以下の論文を紹介します。
興味深い記述を列挙します;
・1900年代に性成熟の低年齢化が進んできたが、
その現象が進めば将来の低身長化につながる。
・・・と予想していること。実際にそうなってますから・・・。
・身長発育には成長ホルモンの他に女性ホルモンへの依存が男女ともに大きく、
女性ホルモンは身長発育に関してアクセルとブレーキの両方の作用を有する、
思春期の獲得身長が女性の方が小さいのは、
男性に比べて女性ホルモンの分泌量が多く、また速やかに増加するため。
・・・男女の身長差の秘密は、女性ホルモンの量と分泌パターンによることを、
初めて知りました。
・人は他の哺乳類に比べて思春期前の期間が圧倒的に長い。人が生殖能を獲得し,集団生活をおくれる身体的・ 精神的発達段階に達するための脳の発育にそれだけの期間を要する。女児の二次性徴の出現が13歳から 10 歳に 3 年早まった。昔は 13 年間で達成していた思春期前の精神発達を,今では10年間で達成しなければならなくなったということである。20%の 早熟化は個人差を拡大し,思春期における未熟性を助長した。
・・・妙に肯ける考察です。
■ 思春期の発現
Yamanashi Nursing Journal Vol.3 No.1(2004)より一部抜粋(下線は私が引きました);
I.思春期発現の内分泌学的機序
・思春期前は下垂体性性腺刺激ホルモン(LH,FSH)分 泌は抑制されており,LH-RH負荷にも低反応である。性 ホルモン濃度も測定感度以下と低値である。
・このような下垂体ー性 腺系に対する強い抑制はネガティブフィートバック機構 では説明がつかず,上位中枢からLH-RH非依存性の強い 抑制が働いているためと考えられる。この抑制機構に関 しては GABA 系ニューロンが重要な役割を果しており, GABA系ニューロンの抑制とグルタメイト系ニューロン の活性化が思春期発現に関与していることが明かとなっ てきた。
・思春期年齢に達すると上位中枢からの抑制が 解除されて,視床下部から脈動的に LH-RH が分泌され, 下垂体前葉からの FSH,LH 分泌増加が始まり,性腺の 発育,性ホルモンの増加が起こり,二次性徴が出現する。
・乳児期早期(1-3ヵ月)には, FSH,LHと性ホルモン の思春期に匹敵する分泌増加がおこる。2 歳以降思春期までは 下垂体ー性腺系は沈静化した状態(juvenile pause)が持続する。他の哺乳類に比べて人では思春期前が極端に長く, これは思春期発来以前に大脳皮質の発育,成熟を達成す ることが必要なためと推測している。
・二次性徴が発現する 2 年前から LH-RH の脈動的 分泌の振幅が増大し,その刺激で FSH,LH 分泌が増加 し,性腺が発育し,性ホルモン分泌が増加して思春期が 発現する。
・男性ホルモン(テストステロン)は,男児では思春期前 は 10 ng/dl 未満であるが, FSH,LH 分泌増加が始まっ た後,二次性徴が出現する前に測定可能となる。日中の テストステロン分泌は精巣容量 4 ml 以上になると(平均 11 歳)測定可能な濃度に増加し始め,性成熟度タンナー 分類(表 1)2 度から 3 度にかけて血中テストステロン濃度 は急激に上昇する。男性ホルモンは,筋肉増強,変声,発 毛など,思春期の男性化を促進する。
・女性ホルモン(エストラジオール)は,思春期前女児で は 0.6 pg/ml,男児では 0.08 pg/ml と,女児が有意に高 く,これが女児で思春期発来が約 2 年早い理由の 1 つと 考えられている。思春期に入ると男女児ともエストラジ オールは徐々に上昇するが,女児の方が全体的に高値を 示す。男児では身長のスパートが始まると低下してくる。 男女児とも思春期の身長スパートは,主としてエストラ ジオールが成長ホルモン分泌を促進するためと考えられ ており,また骨端線が閉鎖して身長発育が停止するのも エストラジオールの作用と考えられている。
・成長ホルモンはエストラジオールの刺激で分泌が増加 し,IGF-(I インスリン様成長因子)を増加させて,結果的
に思春期の身長スパートが始まる。・・・一方,成長ホルモン 単独欠損では思春期発来がおくれ,成長ホルモン投与を 行うと思春期発来が正常化することが知られている。・・・成長ホルモンは性腺の発育成熟を促進する 作用があることから,思春期の発来にも関与していると 考えられる。
II.思春期の身体変化
・思春期の身体的変化は生殖可 能となるための準備としておこってくる。その特徴的な現象は,性腺の成熟による性ホルモン分泌増加に伴う二次性徴の出現と身長の加速現象(スパート)である。二次性徴は必ず一定の順序に従って出現してくるため,出現時期と出現順序,成熟速度,完成への到達を診ていくことが,思春期の身体的変化を評価する基準となる。
1.性成熟
1-1)二次性徴
・二次性徴の評価には,Tannerの性成熟度分類が広く用いられている(表1)。陰毛,乳房,男性外性器の発育を5 段階に分けて評価するもので,Tanner 2度が思春期発来時期である。
・二次性徴のうち乳房腫大は女性ホルモン作用,陰毛,陰茎,髭,変声は男性ホルモン作用である。
・女児の二次性徴は乳房発育,陰毛,月経発来の順に出現するが,これらの成熟度の相互関係は個人差が大きい。 日本人では乳房発育 3 - 4 度で陰毛発育が見られるようになり,陰毛 2 - 3 度に達するころに月経発来を認めることが多い。
・乳房発育は左右同時ではなく,数カ月のずれをもって片側性に出現することもある。一見して乳房 腫大がわかり,乳房辺縁と胸部の境界が不明瞭な時期を Tanner 3度としている。乳頭径は1,2度の間は3-4 mm 位で拡大せず,3-5度にかけて4-9mmに拡大する。乳房の大きさは個人差が大きいが,乳頭輪の二次隆起が出現すればTanner 4度となる。
・陰毛は最初大陰唇の内側に 出現するため,足をそろえた仰臥位では見逃され易い。 陰毛 3 度では恥骨結合部に写真に取れる程度の陰毛がみ られ,4 度では陰毛の性状は成人型となり恥骨結合をま たいで縦長(菱型)となる。5 度では大腿内側中央部まで 拡大するが,日本人では4度に留まることも少なくない。
・膣径は白人では思春期前8cmから初経発来時11 cmに拡 大し,初経発来数か月前から透明又は白色の帯下の増加 が見られる。
・男児では睾丸容積の増加が最初の性成熟徴候である。 睾丸容積は Prader の考案した睾丸容積計 orchidometer を用いて測定する。通常,成人では睾丸は 15 - 25ml に 達し,右睾丸が左睾丸より大きく,上方に位置している。
・睾丸容積が 4 ml 以上になると血中男性ホルモン(テスト ステロン)濃度が測定可能となり(>10 ng/dl),次いで陰 嚢皮膚のしわが細かくなり赤みを帯び,陰茎長が増大し てくる。
・陰茎の増大から約 1 年で陰毛発生を認める。陰 毛が 4 度に達すると腋毛が生え始め,やや遅れて髭が生え始める。
・髭は上唇の両端から生え始めて全面にわたり, 頬上部,下唇の下,下顎へと拡大する。
・変声も思春期後半から明かとなる。
・思春期には男児にも乳房に変化が見 られる。乳頭輪径が思春期前(約 1 cm)の 2 倍となり,20 -30 %で乳頭輪下にしこりを触れ,女児のTanner 3度に相当する乳房腫大(gynecomastia女性化乳房)を認めることも稀ではない。思春期初期は相対的に男性ホルモンに比べて女性ホルモン分泌が増加するために起こる現象で,男性ホルモン分泌が増加してくると 1 - 2 年で消失してくる。
・病的な女性化乳房として,性分化異常症などの原発性精巣機能障害から女性化乳房を来す場合がある。クラ インフェルター症候群,男性ホルモン不応症,テストス テロン合成障害などである。
・二次性徴(思春期)が異常に早期に発現する場合を思春 期早発症(性早熟症)という。思春期早発症は,二次性徴 が早期に出現し,その結果身体的,精神的発達に障害を 生じるか,或いは社会生活上問題を生じる状態である。思春期早発症は様々な原因で発症するが,診断基準は二 次性徴の発現時期で決められている(表 2)。
・性成熟徴候 すなわち二次性徴の出現が明らかに遅れている場合,あ るいは出現しても 5 年以内に完成しない場合を性成熟不 全( disorder of sexual maturation, sexual infantilism ) という。
・二次性徴の出現時期は・・・現在日本では,
男児は14歳,女児は12歳までに96%が思春期発来をみており,
男児では 15歳,女児では13歳までに99.6%が思春期発来をみてい る。
そこで,男児では 14 歳,女児では 12 歳になっても 二次性徴が出現しない場合には,思春期遅発と考えて性成熟不全を疑い検査を行う。一般に,二次性徴が出現し て 3 - 5 年で性成熟は完成するため,途中で停止したり, 5 年経過しても完成しない場合も性成熟不全と考える。
1-2)生殖能
・女児では月経発来(初経)と月経周期が重要な指標であ る。日本人の初経年齢は 12.4 歳で,大部分は 10 - 15 歳 の間にはいる。
・初経後1-2年は月経周期は不規則で,無排卵性の場合も多いが,5年を経過しても不規則,過少,過多月経を認める場合は無排卵性月経が疑われる。
・男児では睾丸を直接観察できるため,睾丸容積が生殖能の判定に重要である。・・・睾丸容積の増大と精子形成能は密接な関連がある。・・・睾丸からの男性ホルモン分泌が増加すると, 陰茎が発育し,同時に前立腺,精嚢も発育する。陰茎発育開始後1 年以上経過すると自然射精( 多くは睡眠中の夢精)が認められる。最初の精液は精子数も少なく,運動能 も低いとされている。日本人の自然射精発来(精通)年齢は明かでない。
1-3)成長加速現象(身長スパート)
・思春期の身長スパートは男女児とも女性ホルモン(エス トロゲン)に依存している。女性ホルモンは成長ホルモン 分泌を増加させることにより身長発育を促進し,同時に骨成熟を促進することにより骨端線を閉鎖し,身長発育を停止させる。女児の方が身長発育が早く,思春期獲得身長が小さいことは,女性ホルモン分泌量の差による部分が大きいと考えられる。
・思春期身長スパート開始後最終身長に達するまでの 獲得身長は,思春期発来年齢が若いほど大きく,年長に なるほど小さくなる。身長スパー ト開始時の身長と最終身長は高い正相関を示す。
・平均的な小児では身長スパート開 始年齢を女児で 9.5 歳,男児で 11 歳とすると,その後の 獲得身長は女児 25 cm,男児 30 cm となる。
・女児では身長増加率と初経とは一定の関係があり,最大身長増加率を示した後の増加率が低下してきた時点で初経が発来する。森岡らによると,初経発来時の身長は151.3±5.5 cm,体重は 42.8 ± 5.9 kg である。
・思春期の骨成長は末梢から中心へ進み,手足の指が最 初にスパートを開始し,四肢,背骨の順になる。そのた め思春期中期では身長の割に手足が大きくなり,足長の体形となるが,背骨(座高)は20歳を過ぎても伸びるため 最終的には普通の体形になる。
1-4)その他の身体的変化
・思春期に性差が 160 明かなのは骨盤と肩である。両腸骨間幅の増加量は男女 で差がないが,身長から見ると女児で腸骨間幅が広くな る。一方,肩幅は男児が明かに大きくなる。
・皮下脂肪の年間増加量は Tanner によると,身長増加率が最大となる時点で最低となり,その後急速に増加する。女児ではどの時点でも皮下脂肪量は増加しているが,男児では身長増加率が最大となる前後 1 年間は皮下脂肪量は減少す
る。
2.思春期発現の男女差
2-1)身体成熟のテンポ
・身体成熟の指標として一般的に用いられている骨年令は,レン トゲン写真上の手骨,手根骨の形態から判定するが,同暦年令の手骨,手根骨は男児に比べ女児の方が成熟している。
・様々な成熟度の指標を用いて評価しても,女児の成熟のテンポは男児より約 20%速いと考えられる(成熟 の速度 男児 / 女児:1/1.2)。
・女児の成熟のテンポを速め ている主な因子は女性ホルモン(エストラジオール)である。思春期前の血清エストラジオール濃度は男女とも極めて低値であるが,女児の方が 8 倍高値である(女児:0.6 pg/ml,男児:0.08 pg/ml,成人女性基礎値:20 - 60 pg/ ml)。人は思春期前の期間が他の哺乳類と比べて特別長いため,低値ではあってもこの濃度差は成熟のテンポに大きく影響していると推測される。女児の成熟のテンポが速いため,思春期前の男女の身長発育は一致しているが, 結果的に女児は男児より約 2 年早く思春期を迎えることになる。そのため 9 歳 10 ヶ月から 12 歳 6 ヶ月までは女児の平均身長が男児を上回ることになる。
2-2)身体成熟の年次変化
・日本人の初経発来年令は 1900 - 1930 年の間は 15 - 16 歳で推移しており(早い報告でも 14 歳以上),1930 - 1950 年の 20 年 間に初経年令は13歳まで早期化し,1960年に12.5歳とな り,その後はほぼ一定で現在は 12.4 歳である。
・1900年代における日本人の早熟化は思春期前の身長発育の増加として現れており,今後さらに早熟化が進むことになれば最終身長は低下してくると予想される。
3-3)女性ホルモンと男性ホルモン
・思春期の体型の性差は性ホルモンの分泌量が男女で異 なるためである。
・身長発育に関しては男女とも女性ホルモンへの依存が大きいことが明らかになってきた。 女性ホルモンは成長ホルモンの分泌を促進し,インスリ ン様成長因子を増加させることによって身長発育を促進 させるが(身長スパート),同時に長管骨に直接作用してインスリン様成長因子(IGF-I)の合成を抑制し,成長軟骨 の骨化を促進することにより骨端線を閉鎖し,身長発育を停止させる。このように女性ホルモンは身長発育に関 してアクセルとブレーキの両方の作用を有している。思春期の獲得身長が女性の方が小さいのは,男性に比べて女性ホルモンの分泌量が多く,また速やかに増加するためである。
III.性成熟と身体像(ボディーイメージ)
・・・
IV.おわりに
・人は他の哺乳類に比べて思春期前の期間が圧倒的に長い。人が生殖能を獲得し,集団生活をおくれる身体的・ 精神的発達段階に達するための脳の発育にそれだけの期間を要するということが,思春期前の期間の長さに現れ ていると考えられる。
・この思春期前の期間の長さ が個人差を拡大し,思春期に発生する様々な問題の一因 ともなっている。100 年前には 15 歳初経発来が今では 12 歳である。このことは女児の二次性徴の出現が13歳から 10 歳に 3 年早まったことを意味している。昔は 13 年間で達成していた思春期前の精神発達を,今では10年間で達成しなければならなくなったということである。20%の 早熟化は個人差を拡大し,思春期における未熟性を助長したと考えられる。
・・・この示唆に富む文章を書いた人物こそ、
純粋に医学的理由で診察した行為だと私は信じています。