小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

ダイヤモンド・プリンセス騒動を振り返る

2024年08月16日 08時02分12秒 | 新型コロナ
新型コロナ・パンデミック初期の象徴的な“事件”として、
横浜港に入港したダイヤモンド・プリンセス号騒動が記憶されています。

まだ新型コロナの性質・正体が不明だった時点で、
日本政府と感染症専門家達が知恵を絞って対峙したエピソードは、
今後も起こるであろうパンデミック対策という視点からも、
反省・検証すべきものだと思います。

その渦中にいたひとり、高山義浩先生(沖縄県立中部病院感染症内科)の書かれた最近の記事を読み解いてみましょう。

当時話題になった、岩田健太郎Dr.の動向と背景が書かれていますね。
指揮系統が統一されていない混乱と、
現場の状況が十分にわからない分、
SNSでの炎上拡大が止まらず、
社会現象になった現代社会の病理が見え隠れします。

混乱の主因は、数千人単位の隔離が必要な“事件”が発生した場合の対策が、
法的にも現実的にもまったく準備されていなかったことであると感じました。

異なる感染対策を取った3つの豪華客船の比較もされています。
どれが“正解”だったのか…
やはり予定をキャンセルして乗客全員を下船させ隔離したグランド・プリンセス号でしょうか。

このエピソードを教訓に、また来るであろうパンデミックに備えることの必要性がヒシヒシと感じられました。

<ポイント>
・DP号には乗客2666人と乗員1045人、合計3711人が乗船しており、最終的に712人(感染率 19.2%)について陽性を確認し、14人(致死率 2.0%)が亡くなった。
・修正すべきシステム上の課題;
①新興感染症に感染した乗客の存在が判明してから、即座に感染対策が取られなかったこと。今回の経験を基に、国際的なルールが定められるべき。
②入港後に速やかな全員下船ができなかったこと。
・パンデミック早期におけるクルーズ船3隻のアウトブレイクから言えることは、感染拡大の規模を規定するのは、いかに早期探知できるかであり、イベント中止の決断を下せるか。
・船内で集団生活をしている乗員を守り、感染者を安全にケアするためには、速やかな全員下船が望ましいが、地域への2次感染を防ぐためにも隔離施設を整備することが望ましい。
・他の豪華客船のアウトブレイク事例;
グランド・プリンセス号
3月9日、米国カリフォルニア州のオークランドに入港したグランド・プリンセス号には、3533人が乗船していた。3月4日に感染者が乗船していることを知った船長は、その後の予定をキャンセルして、速やかに船内の感染対策を強化している。米国政府は、3月12日までに、ほぼ全ての乗客に当たる2042人を下船させて隔離した。その結果、感染者123人(感染率3.5%)と死亡 5人(致死率4.1%)に留まっている。ただし、乗客の多くが拒否したため、PCR検査が実施できたのは1103人に過ぎない。このため、感染者数は過少に評価されている可能性がある。
ルビー・プリンセス号
3795人が乗船していたルビー・プリンセス号でのアウトブレイクでは、反面教師とすべき教訓が残されている。航海中より100人を超える乗客が上気道症状を訴えていたが、船内で実施された対策は有症状者の自己隔離のみだった。3月19日にオーストラリアのシドニーへ入港したとき、港を管轄する州保健省は船内隔離を実施しないと決定した。そして、その日のうちに乗客らを下船させ、14日間の自己隔離を求めた。乗客らへのPCR検査は実施されなかった。その後、少なくとも感染者 907人(感染率23.9%)と死亡29人(致死率3.2%)が確認されている。

★ 3つの豪華客船の比較;
              (感染率) (死亡率)
ダイヤモンド・プリンセス号    19.2%   2.0%
グランド・プリンセス号      3.5%     4.1%
ルビー・プリンセス号     23.9%   3.2%


■ 2020年2月、ダイヤモンド・プリンセス号の入港
高山義浩(沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科副部長)
2024/06/28:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 ダイヤモンド・プリンセス号(DP号)が、神奈川県の横浜港へ出港したのは2020年1月20日のことだった。中国政府が「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は武漢で封じ込められる」と自信を見せており、その取り組みを世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が賛美していたころのことだ。このクルーズ船は、鹿児島(1月22日)、香港(1月25日)、那覇(2月1日)を経由して、2月3日に横浜港沖へと到着した。
 しかし、1月25日に香港で下船した乗客が30日に発熱。さらに2月1日には新型コロナウイルスに感染していることが確認され、DP号内での感染の可能性も示された。深セン滞在歴のある香港在住の方が飛行機で来日し、片道のみのクルーズを楽しんで香港に戻ったようだ。香港で診断された乗客が下船したのは、発症する5日前のことだ。本当にそうなら、船内で感染を広げたとは考えにくい。この乗客は船内で感染しただけであって、他にインデックスケース(最初の感染者)がおり、もっと前から船内での流行が始まっていたのではないだろうか。ただ、4年たった今、もはや真相は闇の中だ。
 国際保健規則に基づいて、中国政府から日本政府にこの症例についての通報があり、2月3日、那覇検疫所は那覇港での入国検疫を失効すると船長に通告した。入国を取り消して、改めて横浜港で検疫をできるようにしたわけだ。同日20時40分、横浜港沖に停泊する同船に対して、横浜検疫所による臨船検疫が開始された。このときDP号には、乗客2666人と乗員1045人、合計3711人が乗船していた。・・・

▶ DP号から想定以上の陽性者が
 2月4日の夜、厚労省対策推進本部では、DP号の乗客のうち先行してPCR検査を実施した31人の結果を待っていた。いずれも有症状者やその濃厚接触者であり、数人の陽性者は覚悟していた。しかし、22時過ぎに国立感染症研究所から届いた報告は衝撃的なものだった。陽性者10人というのだ。 
 クロノロ(クロノロジー;経時活動記録)を記載するホワイトボードの前で、「そんなにいるのか? ヤバいんじゃないか」と幹部が声を上げた。たしかに、これはマズい……。検疫官による聞き取りは始まったばかりだが、既に症状のある者や濃厚接触者は100人を超えていると聞く。このままでは、数百人規模の集団感染が明らかになるかもしれない。
 取りあえず、DP号から下船する感染者の入院先調整を引き取った。10人の患者リストを見ると、日本人 3人、中国人 3人、米国人 2人、台湾人 1人、フィリピン人 1人という構成だった。多くが高齢者だ。COVID-19というだけでも混乱しかねない状況なのに、患者が日本語を話せないと伝えたときの病院側の困惑が目に浮かぶようだった。
・・・
 DP号の支援に関わった役人や専門家と、当時を振り返ることがある。「次に同じことがあれば、全員下船させるべきだ」との意見がほとんどだ。しかし、当時、4000人近い乗員乗客を受け入れられる施設が見付からなかった。分散して受け入れるにしても、周辺住民への説明などで困難を極めることは明らかで、船内隔離を続けざるを得なかった。 
・・・
 それから連日、乗員乗客の陽性報告が続いた。2月5日は10人だったが、2月6日は41人となり、もはや神奈川県のキャパシティーを超えてしまった。僕は、東京、埼玉、千葉、静岡と周辺都県の感染症病床を有する病院に電話をかけて、文字通り、頭を下げながら受け入れを依頼した。
・・・
 2月7日の陽性者は3人。2月8日は6人。このまま収まるかと、淡い希望的観測……。しかしそれは、2月9日、65人の陽性を確認して打ち砕かれた。この日のことは、思い出しただけでも寒気がする。これまで乗員乗客439人を検査して、実に135人が陽性だった(陽性率 30.8%)。検査能力が限られていたので、全員検査が終わるのはまだまだ先のことだ。いったいどこまで増えるのか? 医療班には、がくぜんとした空気が漂いはじめていた。
 既に感染者の搬送先は、長野や愛知にまで広がっていた。受け入れ自治体からは、「厚労省からの紹介患者で、当県の感染症病床が満床になってますが、大丈夫なんですか?」と、質問という体裁での苦情が寄せられるようになってきた。間もなく国内流行が始まろうとしているのに、DP号への対応だけで関東および近郊の感染症病床が埋まりつつあった。国内流行が始まる前から、明らかに厚労省本部は行き詰まりかけていた。

■ 2020年2月、ダイヤモンド・プリンセス号の限界
高山義浩(沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科副部長)
2024/07/22:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号(DP号)が横浜に入港して1週間が経過した。船内で隔離されている乗客の皆さんはもちろん、直接ケアする乗員や災害派遣医療チーム(DMAT)など船内で活動するチーム、厚生労働省対策推進本部から後方支援する僕たちにとっても、長い長い1週間だった。
 とにかく下船を進めなければならない。PCR検査で陰性を確認した高齢者については、希望があれば政府が用意した宿泊施設へと移動できるようになり、2月11日、まずは55人に下船していただいた。世論には「絶対に降ろすな」との声もあると聞くが、船内で新興感染症のハイリスク者たちを見守るのは限界だった。
 客室間の空気感染を防止するため、2月5日から空気循環を止めていたこともあり、窓の少ない船内の換気は悪かった。しかも、動線は狭く入り組んでいる。さらに、船は生活排水の放出や真水の精製のため、数日おきに外洋に出て半日航海しなければならない。その間は携帯電話すらつながらない状態となる。海上保安庁のヘリポート付き巡視船が並走して緊急対応に備えているらしいが、こんな綱渡りの対応で持ちこたえられるだろうか?
 悪いことは重なるもので、新たに深刻な問題が持ち上がった。高齢の乗客たちを狭い客室に1週間隔離したため、介助なしには歩けない乗客が増えてきたのだ。不安やストレスを訴える乗客も少なくない。認知症が進んでいるのか、下船の約束時間に迎えに行っても、荷造りが全くできていない乗客もいて、現場のスケジュールは混乱を極めた。
 とはいえ、この2月11日には良い動きもあった。日本環境感染学会の災害時感染制御支援チーム(DICT)が乗船したのだ。これまでも長崎大学大学院医歯薬学総合研究科臨床感染症学分野教授の泉川公一先生など専門家が乗船して指導していたが、とりわけDICTは災害対応のプロフェッショナルである。災害時感染制御検討委員会委員長(当時)の櫻井滋先生ら4人が乗船し、3日間にわたってリスクアセスメントを行い、独特の船内事情に合わせた感染対策のマニュアルを作成し、ポスターや動画を用いて現場での周知を行ってくださった。
 専門的見地に基づく感染対策がDP号に定着し、特に乗員たちが守られるようになった。彼らは、キッチン、ランドリー、ボイラー、ゴミ処理など、様々な持ち場で密集して働き、窓のない狭いデッキで集団生活を続けていた。指揮権がなく遠慮がちだった検疫官に代わって船舶会社に説明し、乗員たちを守る感染対策を受け入れてもらったことは大きかったと思う。
 その後の分析では、船内で2次感染はほとんど発生しておらず、横浜港に入港する前の感染によるものとされている1)。ただし、夫婦など同室者における2次感染は防げていなかっただろう。今となればだが、入港時に確認した濃厚接触者と有症者の273人については、先行して降ろすべきではなかったかと思う。
・・・
▶ 搬送中に容体が悪化していた初期のCOVID-19
 2月12日の早朝、神戸大学病院感染症内科教授の岩田健太郎先生からメッセージが届いた。岩田先生は、自他ともに認める感染症のプロである。「お手伝いしますよ」とのこと。既に11日からDICTが入っていたので、そちらに合流いただくことをお勧めした。この頃、多くの感染症の専門家らが、迫りくるパンデミックへの不安にかられていた。不確かな情報が飛び交い、それが不安に拍車をかけていたと思う。
 DP号から下船した患者を受け入れた病院の医師らも、診療への不安に直面していた。未知の感染症であり、治療法も暗中模索の状態だった。当時、厚労省対策推進本部に多かった問い合わせ、というかお叱りは、「軽症ということで受け入れを了承したのに、来院時のSpO2が80%台で、胸部X線は両側真っ白だ。船では一体どういうトリアージをしているのか!?」というものだった。特に、静岡県など遠方の医療機関から、「初期アセスメントと異なる」という訴えが多発していた。
 当初、僕も混乱して、船内スタッフに何度も確認の電話をかけてしまった。現場も混乱しているのだろうが、入院先に頭を下げて調整している側のことも考えてほしいものだ。しかし、確認を重ねるうちに、搬送中に容体が悪化していることが分かってきた。当時の武漢株は、陽性判明から数時間で急速に悪化し得る感染症だった。だから、横浜港から離れた場所にある医療機関ほど、到着時に重症化していることが起きていた。
 搬送先の病院での重症管理が増え、「感染症のエキスパートにつないでほしい」との相談を受けるようになった。そこで、2月13日、 国立国際医療研究センター 国際感染症センターの大曲貴夫先生や忽那賢志先生(現大阪大学大学院医学系研究科感染制御学教授)らに参加をお願いして、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者を受け入れた病院医師と感染症の専門家との意見交換のためのメーリングリストを立ち上げた。
 ロピナビル・リトナビル配合剤(商品名カレトラ)やトシリズマブアクテムラ)を使用しても良いか? ウイルス性肺炎へのステロイド使用は推奨されるか? 治験段階の薬品を公費負担で使用できるか? ICUにおける個人防護具(PPE)はどうすべきか? 退院基準はどう考えたらよいか? 当時、国内未承認だったレムデシビルベクルリー)の治験参加医療機関の募集もこのメーリングリストで行われた。同年5月下旬までに250通を超える質問や意見を交わす場として運用され、発生早期に多くの先生方の助けとなったのではないかと思う。
・・・
▶ 岩田先生が1時間余りでDP号を下船させられた背景
 DP号の話に戻る。2月15日までに930人にPCR検査をして285人が陽性であった。うち無症候者は73人であり、この感染症、重症度に大きなバラツキがあることも分かってきた。既に70歳以上の乗客全員の検査を終えていた。全ての乗員乗客の検査を目指しているが、乗員乗客の出身地は56もの国と地域にまたがっていることもあり、個別の説明に時間を要していた。とにかく、検査陰性を確認しながら順次下船させていくことだ。
 2月18日、神戸大学の岩田先生から重ねての問い合わせ。DICTへの合流は断られたようだ。本部の数人で相談して、現場を見ていただくこととした。DICTの船内活動は2月15日に終了しており、別の視点で見てもらえることには意義がある。個人で乗船することはできないが、岩田先生に確認すると「僕は神戸大学のDMATですよ」とのこと。
 同日、横浜検疫所と調整し、DMAT活動ということで乗船いただいた。ところが、残念なことに1時間余りで下船させられてしまった。現地からの連絡によると、船内の指揮系統から外れて、感染対策を指導して回ったとのこと。岩田先生は日本DMAT隊員養成研修を受講しておらず、DMAT側が船内活動を認めなかったらしい。
 岩田先生によると、DMATの担当者から「感染対策をやっていただけばいいでしょう」と言われたとのこと。ただ、船内の感染対策はDMATの担当ではないので、改めて感染対策の担当者につなぐ必要があった。やはり、岩田先生は感染症の専門家である。その立場で入れるように僕が詰めるべきだった。結果的に岩田先生をはじめとして、多くの方にご迷惑をおかけしてしまった。
 そして、その夜、岩田先生がDP号を「COVID-19製造機」であるとYouTube上で告発した。船内の感染対策がずさんであるとの趣旨であった。動画が公開されたのは夜更けだったが、僕はまだ、厚労省の本部で仕事をしていた。

[参考文献]
1)Mizumoto K, et al. Euro Surveill. 2020 Mar;25(10):2000180.

■ 2020年2月、ダイヤモンド・プリンセス号が残した教訓
高山義浩(沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科副部長)
2024/08/15:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 2020年2月18日の夜、ダイヤモンド・プリンセス号(DP号)を「COVID-19製造機」だと告発する神戸大学病院感染症内科教授の岩田健太郎先生のYouTube動画を見ながら、僕は自分のデスクでしばらく考え込んでいた。
 告発の仕方は「炎上狙い」のようで賛同できなかったが、僕自身が船内を直接見てないので、その指摘が妥当かどうか分からなかった。ただ動画を見る限り、 岩田先生が船内にいたのは2時間足らずで、ラウンジ周辺しか見てないらしい。船全体の対策について、ここまで断定的に言及することが可能なのだろうか?
 ともあれ、指摘されたことは確認すべきだ。厚生労働省対策推進本部で「船内を確認してきてもいいか?」と提案してみた。ダメと言われると思っていたが、驚いたことに翌日から船の対策指導に入れることになった。

▶ ダイヤモンド・プリンセス号に乗船して気づいたこと
 2月19日、午前8時30分、大黒ふ頭客船ターミナルからDP号に乗船した。巨大な船体だった。船の長さは300メートルもあり、高さも50メートルを超える。その白い船体には、地中海ブルーの優雅なフォントで"Diamond Princess"と書かれていた。風は冷たかったが、晴天だった。
 船の側面に設置された野営テントのレセプションで受け取った名札には、「臨時検疫官」と書かれていた。船内ミーティングに参加した後、検疫官の案内で船内の各フロアを視察し、医療室で船医らと意見交換し、彼らが有する医療情報を共有した。
 クルーズ船内では日本の法律が及ばず、乗客の生命を守る責任は船長に集中している。日本政府の役割は、その船長をサポートすることにある。検疫官ら政府職員とDMAT(災害派遣医療チーム)など外からの支援チームが、乗客の健康を見守り、検査を実施し、検疫法に基づく下船のオペレーションを運用している。
 日本環境感染学会の災害時感染制御支援チーム(DICT)が作成した感染対策ルールが、メインロビーの入り口など各所に掲示されていた。支援チームのメンバーは限られた船内環境において最善を尽くしているものの、個々人の感染対策の遂行能力は十分とは言えないこと が、ラウンジを見ただけで伝わってきた。岩田先生がツッコミを入れたくなる気持ちも理解できなくはない
 例えば、支援チームの中にフルPPE(個人防護具)を着用したままグリーンゾーンを走り回っている人もいた。もちろん、レッドゾーンから戻ってきた人ではないが、許容しているとレッドゾーンからPPEのまま戻ってくるようになりかねない。こういうところから、感染対策は崩れてくるものだ。この点は修正するようフィードバックしておいた。
 さらに、乗員の感染対策は、かなり怪しいと言わざるを得なかった。マスクをずらして鼻を出している乗員も少なくない。下層のデッキで集団生活をしており、職員食堂は混みあっていた。ただし、彼らなしでは船は維持できない。複雑な船の運用は理解しにくく、入国予定ではない乗員たちの行動に対して、検疫官も介入しづらいようだった。
 現場で活動するDMATには知り合いもいて、意見交換させていただいた。岩田先生の動画による動揺が広がっており、船内活動が続けられなくなることを懸念していた。職場からは「そんなに危険なら下船して帰ってこい」と指示され、既に下船を余儀なくされている人もいた。このままでは船を見捨てることになりかねず、乗客の命が危険にさらされてしまう。職場と現場の板挟みに苦しみ始めていた。

▶ 批判に熱中する人々と支えてくれた人々
 テレビでは、まるで見てきたかのような顔で、専門家が「船内では空気感染予防策が取られていない」とデマを流し始めていた。確かにDICTや国立感染症研究所は、「空気感染のリスクが高くない」と報告していたが、だからといってDP号で空気感染予防策を取っていないわけではない。DP号の構造と支援チームの能力に限界はあったが、可能な感染対策は取られていた。横浜港への停泊後、流行が収束したことからも明らかだった。
 厚労省の公表の仕方にも問題があった。検査によって新型コロナウイルス感染陽性が判明した数を順次公表していたが、報道で数字だけを知らされる人々に、船内で感染が拡大し続けているとの印象を与えてしまった。有症状者や接触者を優先しながら、1日に数百人ずつ検査を実施しているが、それでも全員検査が完了するのには2週間はかかる。公表日は感染日ではない。しかし、妄想は暴走していった……。説明不足は明らかだった。
 そうした中、岩田先生の動画が流出してしまったわけだ。そして、反撃がないと見ると、一斉に群がるようにたたき始める人々がいた。彼らは、後に自分が間違っていたことに気付いても、謝罪も修正もしない。「誤解させた人が悪いのであって、自分は悪くない」とのことだ。まあ、今回のパンデミックで繰り返された光景である。そういう世界に、僕たちは暮らしているのだ。
 この日は15時に下船して、霞が関の本部に戻って打ち合わせ。感染対策上必要と思われた幾つかのリソースを報告し、船内支援チームとの連携について確認した。既に野党が岩田先生にヒアリングを実施しており、国会では、DP号対応へと批判の矛先が向けられている。このまま政治問題化すると、その都度報告が求められるようになり、現場本位で臨機応変に対応するオペレーションが難しくなる。
 医療班の中には、重たい空気が立ちこめていた。自分が書くしかないだろうと思って、じっくり2時間ほどかけて岩田先生への回答を書いた。午後10時20分、Facebookに公開投稿。岩田先生の動画で「厚労省の人」と紹介された人間について、記事中で「これ、私です」と繰り返し念押しした。岩田先生の乗船に関わった医系技官らが、自らの身を案じているとは思わなかったが、心中するのは僕ひとりで十分だった。そして、最後にこう結んだ。

ーいま、私たちの国は新興感染症に直面しており、このまま封じ込められるか、あるいは全国的な流行に移行していくか、重要な局面にあります。残念ながら、日本人は、危機に直面したときほど、危機そのものを直視せず、誰かを批判することに熱中し、責任論に没頭してしまう傾向があると感じています。不安と疑念が交錯するときだからこそ、一致団結していかなければと思っています。ー

 その一致団結とは、船内のアウトブレイク対応に追われる現場だけの話ではない。既に多くの医療機関や検査機関、専門家の協力を得ながら鎮圧に向かってはいたが、それを見守る市民にも、デマに振り回されず、拡散させず、下船する人たちを差別しないという団結が求められていたと思う。
 3月1日、すべての乗員と乗客が下船したことを確認し、ジェナロ・アルマ船長が下船した。最終的に712人(感染率 19.2%)について陽性を確認し、14人(致死率 2.0%)がお亡くなりになっている。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に限らず体調不良者が発生したため、769人もを救急搬送するオペレーションとなった。その半数以上が外国人だった。
 その搬送先は、宮城県から大阪府までの広範囲にわたり、160もの医療機関が受け入れて下さった。本当に多くの人々の支えの中で、この難局を乗り越えることができたと思う。

▶ クルーズ船アウトブレイクからの学び
 DP号のアウトブレイクに当たって、個々の乗員や支援者は最善を尽くしたが、修正すべきシステム上の課題は明らかだった。
 まず、新興感染症に感染した乗客の存在が判明してから、即座に感染対策が取られなかったこと。2月1日に香港当局からDP号の運航会社に感染者が乗船していたことが伝えられたが、2月3日まで乗客たちには伝えられず、船内ではショーやパーティーが通常通り行われていた。この間に、DP号では爆発的な感染が生じていたと推定されている(J Clin Med. 2020 Feb 29;9(3):657.)。今回の経験を基に、国際的なルールが定められるべきだと思う。
 次に、入港後に速やかな全員下船ができなかったこと。当初から厚労省本部でも全員下船のオペレーションが議論されたが、結局、すべての乗員と乗客を受け入れられる施設が見付からなかった。クルーズ船の大型化や災害級の検疫事態に法の運用が追い付いていなかったわけだ。今後のパンデミックや災害に備え、数千人規模が迅速に受け入れられる簡易宿泊コンテナと人員確保計画が日本には必要だと思う。
 ところで、この時期、世界では、DP号の他に2隻のクルーズ船で大規模なアウトブレイクが発生していた(Euro Surveill. 2022 Jan 6; 27(1): 2002113.)。
 3月9日、米国カリフォルニア州のオークランドに入港したグランド・プリンセス号には、3533人が乗船していた。3月4日に感染者が乗船していることを知った船長は、その後の予定をキャンセルして、速やかに船内の感染対策を強化している。おそらくDP号の経験が生かされたのだろう。
 そして、米国政府は、3月12日までに、ほぼ全ての乗客に当たる2042人を下船させて隔離した。その結果、感染者123人(感染率3.5%)と死亡 5人(致死率4.1%)に留まっている。ただし、乗客の多くが拒否したため、PCR検査が実施できたのは1103人に過ぎない。このため、感染者数は過少に評価されている可能性がある。
 一方、3795人が乗船していたルビー・プリンセス号でのアウトブレイクでは、反面教師とすべき教訓が残されている。航海中より100人を超える乗客が上気道症状を訴えていたが、船内で実施された対策は有症状者の自己隔離のみだった。3月19日にオーストラリアのシドニーへ入港したとき、港を管轄する州保健省は船内隔離を実施しないと決定した。そして、その日のうちに乗客らを下船させ、14日間の自己隔離を求めた。乗客らへのPCR検査は実施されなかった。その後、少なくとも感染者 907人(感染率23.9%)と死亡29人(致死率3.2%)が確認されている。
 パンデミック早期におけるクルーズ船3隻のアウトブレイクから言えることは、感染拡大の規模を規定するのは、いかに早期探知できるかであり、イベント中止の決断を下せるかだった。そして、船内で集団生活をしている乗員を守り、感染者を安全にケアするためには、速やかな全員下船が望ましいが、地域への2次感染を防ぐためにも隔離施設を整備することが望ましいということだ。
 さて、岩田先生との一件で、厚労省から「お前はクビだ」と言われると思ったが、残念ながらそうはならなかった。医療班では、国内における感染拡大への備えとしての医療体制構築に取り組むことになる。刻々とその時が近づいていることは誰もが理解していた。・・・


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