このところ更新がとびとびになってしまってます。夏コミ関連の様々な事柄があふれかえっていて、正直日記まで手が回りかねている状態です。少なくとも夏コミ終わるまではこの調子なんでしょうね。いわゆる修羅場って奴ですので、もし奇特にもこの日記を定期的にご覧いただいている方がおられるようでしたら、一つそういう事情という事でご理解を賜りたいと存じます。その分夏コミの出し物に精を出し、近年まれに見る作物を有明までもっていけるようにしたいと本気で思っております。
というかたわら、ちょっとだけ時間を融通して、映画を見に行っておりました。「ダヴィンチ・コード」です。小説の方はもう大分前に読んでいて、公開を楽しみにしていたのですが、思うように時間の調整がつかず、延び延びになってしまっていたのでした。そこで、一念発起して仕事帰りに映画館まで行って来た、というわけです。
で、その感想ですが、正直「うーん」とうなってしまいました。これ、いきなり映画を観に行って、内容を一回で理解できた日本人って、果たしているんでしょうか?テンプル騎士団、シオン修道会、マグダラのマリア、etc. かつて、澁澤龍彦の著作を読んだりしてある程度の予備知識をそれなりにもつ私が、小説を読まずにいきなり観に行ったとして果たしてこれを理解できるかと考え、これはちょっと難しいんじゃないの? と思ったのが、この疑問の根拠です。これほど日本人とは縁のない話もそうないんじゃないでしょうか? 故にこそ、本屋さんでは小説の隣に何種類もの解説本の類がしのぎを削っておるわけですし、少なくともこの映画&小説は、キリスト教や教会に関する予備知識やそれと密接に関わる秘密教団のコトが頭に入ってないと、ストーリーそのものもよく判らなかったりするんじゃないか、と思いました。つまり、コト日本人に限って言えば、きっとこれはエンターテイメント失格といわざるを得ないのではないか。小説ではさほど気にならなかった「真犯人」が召使いを殺してしまうシーンも、映画の方はちょっと単純すぎる描き方で興ざめしてしまいましたし、全体的にまあしょうがないとはいえ小説をダイジェストで紹介しているみたいな印象がぬぐえませんでしたし、それでいて所々違うところがあったりで、どう楽しんだモノか今ひとつ没頭することもできないまま、気がつけば2時間半立っておりました。建築や美術品、過去の歴史を現在にかぶせる合成など、きれいとか面白いとか思ったところもありましたけど、もう一つパンチ不足というか、もっと西洋美術工芸の精髄をこれでもか! と見せてくれるような展開を期待していただけに、肩すかしを食った気分です。
まあ最後の晩餐の絵の解釈で主人公達が「マグダラのマリア」と思っている人物の絵をずらすと、キリストの肩に身を預ける麗人にぴったりはまったりするのは観ていて楽しかったですけど。
ちょっと期待過剰すぎたみたいで、もったいない事をしたのかも知れません。もっと純粋に映画として楽しめば良かったのかも知れないです。といいつつ、同じ作者の次に映画化される、といわれている奴を早速買ってきて本棚に積んでいるあたり、私もなかなか懲りるという事を知らないみたいです。
というかたわら、ちょっとだけ時間を融通して、映画を見に行っておりました。「ダヴィンチ・コード」です。小説の方はもう大分前に読んでいて、公開を楽しみにしていたのですが、思うように時間の調整がつかず、延び延びになってしまっていたのでした。そこで、一念発起して仕事帰りに映画館まで行って来た、というわけです。
で、その感想ですが、正直「うーん」とうなってしまいました。これ、いきなり映画を観に行って、内容を一回で理解できた日本人って、果たしているんでしょうか?テンプル騎士団、シオン修道会、マグダラのマリア、etc. かつて、澁澤龍彦の著作を読んだりしてある程度の予備知識をそれなりにもつ私が、小説を読まずにいきなり観に行ったとして果たしてこれを理解できるかと考え、これはちょっと難しいんじゃないの? と思ったのが、この疑問の根拠です。これほど日本人とは縁のない話もそうないんじゃないでしょうか? 故にこそ、本屋さんでは小説の隣に何種類もの解説本の類がしのぎを削っておるわけですし、少なくともこの映画&小説は、キリスト教や教会に関する予備知識やそれと密接に関わる秘密教団のコトが頭に入ってないと、ストーリーそのものもよく判らなかったりするんじゃないか、と思いました。つまり、コト日本人に限って言えば、きっとこれはエンターテイメント失格といわざるを得ないのではないか。小説ではさほど気にならなかった「真犯人」が召使いを殺してしまうシーンも、映画の方はちょっと単純すぎる描き方で興ざめしてしまいましたし、全体的にまあしょうがないとはいえ小説をダイジェストで紹介しているみたいな印象がぬぐえませんでしたし、それでいて所々違うところがあったりで、どう楽しんだモノか今ひとつ没頭することもできないまま、気がつけば2時間半立っておりました。建築や美術品、過去の歴史を現在にかぶせる合成など、きれいとか面白いとか思ったところもありましたけど、もう一つパンチ不足というか、もっと西洋美術工芸の精髄をこれでもか! と見せてくれるような展開を期待していただけに、肩すかしを食った気分です。
まあ最後の晩餐の絵の解釈で主人公達が「マグダラのマリア」と思っている人物の絵をずらすと、キリストの肩に身を預ける麗人にぴったりはまったりするのは観ていて楽しかったですけど。
ちょっと期待過剰すぎたみたいで、もったいない事をしたのかも知れません。もっと純粋に映画として楽しめば良かったのかも知れないです。といいつつ、同じ作者の次に映画化される、といわれている奴を早速買ってきて本棚に積んでいるあたり、私もなかなか懲りるという事を知らないみたいです。