かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

07 決戦その4

2010-09-12 12:00:00 | 麗夢小説『夢の匣』
 円光は、数mの距離を置いて、一人の少女と向き合っていた。一見、ただぼうっと二人突っ立っているようにしか見えないが、円光は胸の前で複雑に両手を組み合わせ、一心に何かを口誦さんでいる。対する少女は、じっと円光を見つめたまま微動だにしないが、よく見るとその唇がかすかに震え、何かを高速で呟いているのが見て取れた。
 この、洞窟の中の彫像か転がる岩のように静かな二人の間では、阿鼻叫喚の地獄絵図が、何匹ともしれぬガマガエルと可愛らしくデフォルメされた円光のミニチュア人形の間で繰り広げられていた。
 その集団戦はほぼ互角のもみ合いが続いていたが、榊が見るうちに、徐々にではあるがガマガエルの方が押しつつあった。力のほどは拮抗していたが、重量感溢れるガマガエル達が列を並べて押し寄せるのを、さしものミニチュア円光軍も押し返しきれずにいるのだ。
 ジリジリと後退する円光の集団と、波濤のように押し寄せるガマガエルの群れ。
 ほとんど感知できないほどの違いしかなかったガマガエルと円光の陣地の広さが、今や明らかにガマガエル側が広くなるまでに、差が顕著になってきた。
 そのガマガエルが通り抜けた跡に、かつてはミニチュア円光だった人型の切り抜き紙が、ボロボロの紙屑と化して散らばっている。
 無表情の円光の額にも、苦戦の脂汗がにじんでいるようだ。
 榊はこうしてはいられない、と立ち上がろうとした。暗黙の了解で1対1の対決になったが、こちらにはそんなことよりも、一刻も早く麗夢と合流しなければならない事情がある。フェアだの卑怯だのと言っていられる余裕は榊にはなかった。
 しかし、その焦りは杞憂であった。
 円光が一際高く真言陀羅尼を口誦さんだ途端、生き残りのミニチュア円光達がいきなり数十センチも飛びすさって円光の目の前に陣を布いた。更に、今までは錫杖を武器に思い思いに戦っていた円光人形たちが、その錫杖を自分の前に突き立て、一瞬の狂いもなく、同時に本体と同じポーズで胸の前に印を結んだ。
 円光の読誦が一瞬止んだ。
 ミニチュア円光達の動きもピタリと止まった。
 その直後。
「秘法、夢曼荼羅!」
 「「「「「「「ゆめまんだら!」」」」」」
 円光とミニチュア円光達が同時に叫んだ。洞窟に、円光の力強い言霊と、ミニチュア達の甲高い蚊の鳴くような声の大合唱が反響する。その反響を追いかけるように、円光とミニチュア達の眼前に、燦然と輝く曼荼羅の図が浮かび上がった。中央に大日如来を配し、その周囲に八つの蓮の花弁とそこに坐す仏や菩薩の姿が浮かび上がる。更にその周囲にも朧に様々な文様が宙に描かれた大小2サイズの中台八葉院が、迫り来るガマガエルの集団に強烈な燭光を射放った。
 洞窟全体が真っ白に塗り潰される程の膨大な光が薄れ、一瞬視覚を失った榊も、ようやく夢曼荼羅で浄化された戦場を観ることが出来た。そこにはあれほど居たガマガエルもミニチュア円光の姿も無く、その残骸の白い紙が雪のように舞い散る中で、片膝をついた円光が脱力してピクリとも動かない少女の身体を抱き上げているのが見えるばかりだった。榊はようやく立ち上がると、円光と纏向琴音の元に駆け寄った。
「まさか、死んじゃいないだろうね円光さん」
 辛うじて声を絞り出した榊に、円光は答えた。
「大事ない。怪我もありません。気絶しているだけです警部殿」
 不安気に覗き込んでいた榊は、ほっと胸をなでおろした。幾ら敵とはいえ、小学生の女の子を怪我させたり、ましてや死なせたりしたら、寝覚めが悪いでは済まない。安心した榊は、あ、そうだ、ともう一つの戦いに意識を向けた。全く無視していたわけではなかったが、まず目に入った円光vs琴音の一戦にほとんどの注意が注がれてしまったのだ。
「鬼童君は!」
 大慌てで振り向いた榊の目に、鬼童海丸と斑鳩星夜の二人が、数mの距離を隔ててうずくまっているのが見えた。
「なんなんだ今の光!」
「円光さん、夢曼荼羅を放つなら放つで、ちょっと予告してくれないと困るよ」
 二人共、円光を中心に爆発した強烈な光に視力を奪われ、相手の位置が分からなくなっていたようだった。
「……大丈夫か? 二人共……」
 何気に尋ねた榊に対し、鬼童、星夜の二人が同時に振り返って真っ赤に染まった目で睨みつけた。充血した4つの涙目に晒され、榊も、うっと唸って思わず半歩後ずさりする。こうして引いた榊を無視して、二人はなおも目頭をもみ、目をこすりながら、改めて立ち上がって対峙した。
「全く、とんだ邪魔が入った」
「申し訳ないな、僕の連れはいまいち空気が読めなくてね」
「いいよ。そんなこと。それより私も二人失って余裕がなくなった。もう手加減は出来ないから、そっちで死なないように頑張ってもらえると助かる」
 星夜の身体から、更に多くの触手が伸び出てきた。今までに倍する数に、鬼童は背中に冷たい嫌な汗が流れるのを意識した。
「……友達がやられて、心配じゃないのかい?」
 さりげなく間合いを図りつつ声をかける鬼童に、星夜はふっと笑って白い歯を見せた。
「なに、心配ない。貴方達が我々を傷つけないように配慮しているのは先刻承知の上だ。それに万一死んでも、私がすぐに生き返らせてやるよ」
「……それは心強いな……」
 鬼童は苦笑いして、手にした巨大拡声器のような機械のスイッチを入れた。ヴォン! と機械に電源という生命が吹き込まれる音がかすかに鳴り響き、それが開始のホイッスルだったかのように、星夜が鬼童目がけて触手を飛ばした。
「これで終わりだ!」
「っ!」
 星夜の触手は、鬼童だけではなく榊にも伸びていた。虚を突かれた榊に数本の触手が互いに絡まりあいながら、奇怪な一本の棒と化して猛烈な勢いで迫ってくる。もはや回避は出来ない、と榊が全身に力を込めて受け止める覚悟を決めた瞬間。榊の胸に触れるか触れないかというすんでのところで、触手の動きがピタリと止まった。
 驚いて見やると、鬼童のところでも同じような光景が見えていた。もっとも鬼童はその迫り来る風圧だけで腰が砕け、格好悪く尻餅をついていたが。
 更に視線を振ると、無数の触手を身体に纏う一人の少女が、苦しげにその場にうずくまっているのが見えた。
「……な、なにを、した……」
 鬼童は改めて立ち上がって裾を払うと、星夜に言った。
「何、直接君の大脳をノックしてみただけだよ。ちょっと強くだけど」
「……な、んだって?……」
 なおも苦しげに問いかける星夜に、鬼童は言った。
「ここは洞窟だから、反響を計算して振動波を放てば、その振動波をある一点に収束することができる。今君がいる位置が、ちょうどその収束ポイントなんだ」
「……そ、そんなことが……?」
 星夜は鬼童のやった『攻撃』をやっとの思いで理解した。あの拡声器型の道具は、ほぼ見たままの性能を発揮したわけだ。しかし、そんなことが本当に可能なのか? この複雑極まる洞窟の壁の反響を利用し、振動する複数の波の干渉を制御して、その力を一点に収束集中させるなんて。でもそれが理屈なら、勝機はある!
 星夜は触手で地面を蹴った。その反動で小柄な身体が3mは優に飛ぶ。更に着地の衝撃を他の触手で和らげた星夜は、重くのしかかるように頭を圧していた振動波の圧力が消えていることに気がつき、勝利の笑みを浮かべようとした。
 その時。
「ぐあっ! な、なんで?」
 一瞬遅れて、同じ力が星夜の大脳を強引に揺さぶった。思わずもう一度同じ方法で今度は後ろに大きく飛び下がる。そして、飛び下がった一瞬だけ猛烈な頭痛がやんだが、ものの1秒も立たないうちに同じ痛みが星夜を襲った。
 星夜は悟らざるを得なかった。
 駄目だ、この洞窟に居る限り、この攻撃から逃れられない。
「洞窟の内部は全て計測済みだよ。それより、そろそろ降参してくれないかな。このままだと最悪脳に悪影響が残ってしまう」
 やはりそうか。星夜は愕然としながらも、なんとなく納得した。やっぱりこいつら、一筋縄ではいかない。星夜は、揺さぶられる脳裏に浮かぶリーダーの幻影に、心の中で頭を下げた。
(悪いな、皐月。どうやらここらが限界のようだ)
 星夜は、顔をしかめながらもふらふらと立ち上がった。
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