「……確かに頭を壊されたら困る。でもね……、負けるわけには、いかないんだぁっ!」
初めて余裕もプライドもかなぐり捨てた星夜は、残る力のありったけを動員して、鬼童一人だけでも始末しようと唯一自在に動かせた一本の触手を走らせた。油断していたのか、鬼童はあっさりと触手に巻きつかれ、足が地から離れて浮き上がった。
「あんたを倒してその機械を壊せば、私の勝ちだ!」
ぎゅっと締め上げられて眉をしかめた鬼童は、それでも残念そうに星夜に言った。
「ごめんよ。悪く思わないでくれ」
鬼童の手に、またスタンガンが握られているのを星夜は見た。
「無駄だ! そんなものは効かないっ!」
「表面ならね」
鬼童がスタンガンのボタンを押すと、その電極がにゅうっと針のように伸びた。
「でも、内部ならどうかなっと!」
鬼童は、20センチは伸びたその畳針のような二本の角を、深々と触手に突き刺し、放電のスイッチを入れた。
瞬間、触手ごと星夜の身体がビクン!と震え、大きく目を見開いたかと思うと、たちまち脱力してその場にヘタリ込んだ。鬼童に絡みついていた触手も、力を失いだらりと地に落ちた。
一方、支えを失った鬼童も、そのまま4つんばいになって地面に突っ伏した。
「鬼童君!」
慌てて榊が駆け寄ってきた。鬼童は、ぜいぜい息を切らせながらも榊に言った。
「僕は大丈夫です。それより彼女を診てやって下さい」
「わ、判った」
榊は鬼童が本当に大丈夫そうなのを見てとると、今度は女の子座りでおじぎをするように上体を前に倒した少女に駆け寄った。身体にはまだ太い触手が何本も巻いていたが、大半の触手は抜け落ち、干からび、空気の溶けるように消えていきつつあった。榊は注意深くその首筋に手を当てて、ほっと息をついた。規則正しく強い鼓動が指先を通じて感じる。息も止まらずちゃんと呼吸している。どうやら無事のようだ。そのうちにも、残る触手が宙に溶け、裸同然の背中が見えてきた。これはいかん! と榊がワイシャツでも脱ごうか、と襟元のネクタイに手をかけた時、ふぁっとその背中を上質のスーツが覆い隠した。
「武士の情け、です」
ようやく立ち上がるだけは回復した鬼童が、榊に微笑んでみせた。
「それにしても、どうして今度は効いたんだ? 一回目は弾いただけだっただろう?」
榊は、眞脇紫変じた狼と対峙しながらも、それとなく鬼童の戦いに気を配っていた。なんといってもこの中で一番戦いに不慣れなのが彼なのは、自他共に認めるところだ。
「ええ、最初はちょっと驚きましたけどね。要は自動車と同じだ、と気づいたんですよ」
「自動車?」
「ええ」
鬼童はかいつまんで星夜の触手の特徴を語った。
「彼女の触手の表面の粘液がクセモノだったんです。あの粘液が電気を表面だけ流して内部に伝えずにいたので、効かなかったんですね。更に別の触手が地面に突き刺さって、ちょうどアースの役割を果たして電気を逃がしていたというわけです」
「なるほど、それで今度は突き刺してみたわけか」
「あんなことしなくても彼女はもう限界だったんですけどね。でも、こっちも背骨がやられそうだったんで、なりふり構っていられなかったんですよ」
背中が痛むのか、鬼童は少し顔をしかめて苦笑してみせた。
「鬼童殿、大事ないか?」
円光も、気絶した纏向琴音を眞脇紫の隣に横たえ、鬼童と榊のもとに駆け寄った。そのまま鬼童の後ろに立つと、鬼童のワイシャツ姿の背中に左手の手の平を当て、練り込んだ気を流し込む。手の平から発する暖かな波動がじんわりと鬼童の背中に広がり、次第に痛みが引いていくのを鬼童は実感した。
「あ、ありがとう円光さん。少し楽になった」
その間に榊は、気絶した斑鳩星夜の身体を、二人の仲間の隣に横たえた。何時までも三人川の字で寝かせておくわけにもいかないが、今はそれより優先しなければいけない事情がある。
「よし、それじゃあ急ごう。死神も気になるが、まずは麗夢さんと合流しないと」
「そうですね、行きましょう!」
わざわざ小学生と切った張ったの乱戦を繰り広げることになったのも、元はと言えば彼女らが榊等の行く手を阻んだことに起因する。その障害を実力で排除した以上、行動をためらう理由はどこにもなかった。互いに頷き交わした榊と鬼童が連れ立って出口に向かおうとしたその時、円光が言った。
「お待ちなされ。どうやら麗夢殿が参られたようだ」
「何?」
「麗夢さんが?」
二人は立ち止まって耳を澄ませた。すると、さっきまでは気づけなかった小さな足音が、確かにこちらに向かって反響しているのが聞こえてきた。やがて薄闇の洞窟に、南麻布女学園の制服の裾が乱れるのも構わず、腰まで届く豊かな碧髪を振りながら駆けてくる小柄な少女の姿が浮かんできた。
「みんな! 無事だったのね!」
互いの姿がはっきり見えるようになると、麗夢が右手を上げて大きく振った。
「麗夢殿も大事ないか?」
いち早く麗夢の到来に気づいた円光が声をかけると、麗夢はうれしそうにニッコリと白い歯を輝かせた。
「ええ、大丈夫よ!」
ミニスカートで駆け寄る躍動感溢れたその笑顔に、激闘後、一旦は落ち着いた円光と鬼童の拍動が、思わず三割ほど上がってみせた。一瞬、その姿に見とれて言葉を失った若者二人に代わり、一歩前に出て榊が声をかけた。
「いやあ無事でよかった。麗夢さん」
「えいっ!」
ようやく3人の元までたどり着いた麗夢は、喜びのあまり勢いよく榊に飛びついた。
「れ、麗夢さん!」
さすがの榊も、思わぬスキンシップによろけながらも、嬉しいのはお互い様である。すぐにバランスを取ってしっかり麗夢を抱きとめると、互いの無事を祝い合った。
「「なっ!……しまった……」」
一方円光と鬼童は、一瞬の愕然の後、強烈な後悔の念をハモらせた。榊は、たちまち沸騰した強烈な二つの情念を背中に感じ、それが危険域に達する前に、麗夢を下ろした。その瞬間、殺意未満の緊張がほっと安堵の溜息に代わり、榊は苦笑いを噛み殺しながら、麗夢に言った。
「申し訳ない。我々も急いで向かいたかったんですが、彼女らに阻まれてしまって、その抵抗を排除するのに手間取ってしまいました」
榊は、向こうで仲良く川の字に並べた「あっぱれ4人組」の妹達を名乗る三人を指さしてみせた。
「面目ない」
「すみません」
円光と鬼童も、見上げるような長身を折り曲げて詫びを入れる。麗夢はううん、と首を横に振って、三人に言った。
「警部も円光さんも鬼童さんも凄いわ! 私とルシフェルでも全然敵わなかったのに……って、そう言えば、ルシフェルはどうしたの?!」
麗夢は、最も重要なことに気がついた。こっちには、ルシフェルが先導してこの三人を連れていったはずだ。しかし、今この場所には、その傲然とした姿はおろか、闇を練り上げたような陰惨な気配の一筋も感じることができない。
「麗夢さんは見ませんでしたか? ついさっき、そちらに飛んでいったんだが」
榊の言葉に、麗夢の顔色がさっと変わった。
「ルシフェルが?!」
しまった、最初からそれが狙いだったのか。
ルシフェルの恐ろしさ、そして仲間やこの三人の子供達の安否を気遣うあまり、一番本命の、離れるべきではなかった者を一人置き去りにしてしまったことに、麗夢は気づいた。そう言えば、すぐ後ろを追いかけてきていたはずなのに。こっちが心配のあまり途中で気配が消えて、振り切れたことにほっとしてしまうなんて、私なんてバカだったの!
「急いで行かなくちゃ、あの娘が危ない!」
初めて余裕もプライドもかなぐり捨てた星夜は、残る力のありったけを動員して、鬼童一人だけでも始末しようと唯一自在に動かせた一本の触手を走らせた。油断していたのか、鬼童はあっさりと触手に巻きつかれ、足が地から離れて浮き上がった。
「あんたを倒してその機械を壊せば、私の勝ちだ!」
ぎゅっと締め上げられて眉をしかめた鬼童は、それでも残念そうに星夜に言った。
「ごめんよ。悪く思わないでくれ」
鬼童の手に、またスタンガンが握られているのを星夜は見た。
「無駄だ! そんなものは効かないっ!」
「表面ならね」
鬼童がスタンガンのボタンを押すと、その電極がにゅうっと針のように伸びた。
「でも、内部ならどうかなっと!」
鬼童は、20センチは伸びたその畳針のような二本の角を、深々と触手に突き刺し、放電のスイッチを入れた。
瞬間、触手ごと星夜の身体がビクン!と震え、大きく目を見開いたかと思うと、たちまち脱力してその場にヘタリ込んだ。鬼童に絡みついていた触手も、力を失いだらりと地に落ちた。
一方、支えを失った鬼童も、そのまま4つんばいになって地面に突っ伏した。
「鬼童君!」
慌てて榊が駆け寄ってきた。鬼童は、ぜいぜい息を切らせながらも榊に言った。
「僕は大丈夫です。それより彼女を診てやって下さい」
「わ、判った」
榊は鬼童が本当に大丈夫そうなのを見てとると、今度は女の子座りでおじぎをするように上体を前に倒した少女に駆け寄った。身体にはまだ太い触手が何本も巻いていたが、大半の触手は抜け落ち、干からび、空気の溶けるように消えていきつつあった。榊は注意深くその首筋に手を当てて、ほっと息をついた。規則正しく強い鼓動が指先を通じて感じる。息も止まらずちゃんと呼吸している。どうやら無事のようだ。そのうちにも、残る触手が宙に溶け、裸同然の背中が見えてきた。これはいかん! と榊がワイシャツでも脱ごうか、と襟元のネクタイに手をかけた時、ふぁっとその背中を上質のスーツが覆い隠した。
「武士の情け、です」
ようやく立ち上がるだけは回復した鬼童が、榊に微笑んでみせた。
「それにしても、どうして今度は効いたんだ? 一回目は弾いただけだっただろう?」
榊は、眞脇紫変じた狼と対峙しながらも、それとなく鬼童の戦いに気を配っていた。なんといってもこの中で一番戦いに不慣れなのが彼なのは、自他共に認めるところだ。
「ええ、最初はちょっと驚きましたけどね。要は自動車と同じだ、と気づいたんですよ」
「自動車?」
「ええ」
鬼童はかいつまんで星夜の触手の特徴を語った。
「彼女の触手の表面の粘液がクセモノだったんです。あの粘液が電気を表面だけ流して内部に伝えずにいたので、効かなかったんですね。更に別の触手が地面に突き刺さって、ちょうどアースの役割を果たして電気を逃がしていたというわけです」
「なるほど、それで今度は突き刺してみたわけか」
「あんなことしなくても彼女はもう限界だったんですけどね。でも、こっちも背骨がやられそうだったんで、なりふり構っていられなかったんですよ」
背中が痛むのか、鬼童は少し顔をしかめて苦笑してみせた。
「鬼童殿、大事ないか?」
円光も、気絶した纏向琴音を眞脇紫の隣に横たえ、鬼童と榊のもとに駆け寄った。そのまま鬼童の後ろに立つと、鬼童のワイシャツ姿の背中に左手の手の平を当て、練り込んだ気を流し込む。手の平から発する暖かな波動がじんわりと鬼童の背中に広がり、次第に痛みが引いていくのを鬼童は実感した。
「あ、ありがとう円光さん。少し楽になった」
その間に榊は、気絶した斑鳩星夜の身体を、二人の仲間の隣に横たえた。何時までも三人川の字で寝かせておくわけにもいかないが、今はそれより優先しなければいけない事情がある。
「よし、それじゃあ急ごう。死神も気になるが、まずは麗夢さんと合流しないと」
「そうですね、行きましょう!」
わざわざ小学生と切った張ったの乱戦を繰り広げることになったのも、元はと言えば彼女らが榊等の行く手を阻んだことに起因する。その障害を実力で排除した以上、行動をためらう理由はどこにもなかった。互いに頷き交わした榊と鬼童が連れ立って出口に向かおうとしたその時、円光が言った。
「お待ちなされ。どうやら麗夢殿が参られたようだ」
「何?」
「麗夢さんが?」
二人は立ち止まって耳を澄ませた。すると、さっきまでは気づけなかった小さな足音が、確かにこちらに向かって反響しているのが聞こえてきた。やがて薄闇の洞窟に、南麻布女学園の制服の裾が乱れるのも構わず、腰まで届く豊かな碧髪を振りながら駆けてくる小柄な少女の姿が浮かんできた。
「みんな! 無事だったのね!」
互いの姿がはっきり見えるようになると、麗夢が右手を上げて大きく振った。
「麗夢殿も大事ないか?」
いち早く麗夢の到来に気づいた円光が声をかけると、麗夢はうれしそうにニッコリと白い歯を輝かせた。
「ええ、大丈夫よ!」
ミニスカートで駆け寄る躍動感溢れたその笑顔に、激闘後、一旦は落ち着いた円光と鬼童の拍動が、思わず三割ほど上がってみせた。一瞬、その姿に見とれて言葉を失った若者二人に代わり、一歩前に出て榊が声をかけた。
「いやあ無事でよかった。麗夢さん」
「えいっ!」
ようやく3人の元までたどり着いた麗夢は、喜びのあまり勢いよく榊に飛びついた。
「れ、麗夢さん!」
さすがの榊も、思わぬスキンシップによろけながらも、嬉しいのはお互い様である。すぐにバランスを取ってしっかり麗夢を抱きとめると、互いの無事を祝い合った。
「「なっ!……しまった……」」
一方円光と鬼童は、一瞬の愕然の後、強烈な後悔の念をハモらせた。榊は、たちまち沸騰した強烈な二つの情念を背中に感じ、それが危険域に達する前に、麗夢を下ろした。その瞬間、殺意未満の緊張がほっと安堵の溜息に代わり、榊は苦笑いを噛み殺しながら、麗夢に言った。
「申し訳ない。我々も急いで向かいたかったんですが、彼女らに阻まれてしまって、その抵抗を排除するのに手間取ってしまいました」
榊は、向こうで仲良く川の字に並べた「あっぱれ4人組」の妹達を名乗る三人を指さしてみせた。
「面目ない」
「すみません」
円光と鬼童も、見上げるような長身を折り曲げて詫びを入れる。麗夢はううん、と首を横に振って、三人に言った。
「警部も円光さんも鬼童さんも凄いわ! 私とルシフェルでも全然敵わなかったのに……って、そう言えば、ルシフェルはどうしたの?!」
麗夢は、最も重要なことに気がついた。こっちには、ルシフェルが先導してこの三人を連れていったはずだ。しかし、今この場所には、その傲然とした姿はおろか、闇を練り上げたような陰惨な気配の一筋も感じることができない。
「麗夢さんは見ませんでしたか? ついさっき、そちらに飛んでいったんだが」
榊の言葉に、麗夢の顔色がさっと変わった。
「ルシフェルが?!」
しまった、最初からそれが狙いだったのか。
ルシフェルの恐ろしさ、そして仲間やこの三人の子供達の安否を気遣うあまり、一番本命の、離れるべきではなかった者を一人置き去りにしてしまったことに、麗夢は気づいた。そう言えば、すぐ後ろを追いかけてきていたはずなのに。こっちが心配のあまり途中で気配が消えて、振り切れたことにほっとしてしまうなんて、私なんてバカだったの!
「急いで行かなくちゃ、あの娘が危ない!」