昨夜の雪も結局長続きせず、今朝は昨日よりも若干ながら気温が上がったためもあったのか、積雪も結氷もみること無く、普通に通行できました。昨年の今頃はちょうど関東方面に大雪が降って東名高速の通行が規制され、こちらでも3センチ位の積雪が見られたものですが、今年はこれまでほとんど雪らしい雪を見ることもなくここまで来ています。果たして今年は暖冬なのか厳寒の冬なのか、体感的には相当寒いようにも感じますが、この分だと案外暖冬だった、というような話になるのかもしれません。
さて、シリアに取材旅行しようとしたカメラマンが、外務省にパスポートを召し上げられて足止めされたことに対し、言論や報道の自由の侵害だとブーイングの声がマスコミ関係者から上がっています。訴訟も辞さないと言う話も聞こえてきますが、一方で世論の方は今回のお上の手段を大体において是としているようです。私自身は、パスポート召し上げて強制的に足止めをしたのはさすがに行き過ぎでは、と思わないでもないのですが、外務省の言う「旅券法19条1項4号「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要がある」と認められる場合に、旅券の返納を命令できる」との規程を根拠にした召し上げよりも、この方々が正当化の根拠としている憲法22条第1項の「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」の「公共の福祉」を理由に差止めできなかったのだろうか、と思いました。前にも書いた通り、公共の福祉とはなんぞや、と言うのが問題になるだろうとは思いますが、この方がとっ捕まってまたネットに晒されたり我が国が脅されたりすることで、日本人くみしやすし、などと思われても国民としてはたまったものではありません。また、捕まった時にまたぞろヨルダンやトルコに迷惑をかけたり血税を投じてやきもきさせられたりするのは国民としても望まない話だろうと思われます。これらは十分「公共の福祉」に値する話だと思うのですが、法律論ではそれくらいの話では検討に値しない程度のことなのでしょうか? 私の感覚では十分「公共の福祉に反する行為」に該当しかねないと思われるのですが。
あるいは、我が国は仮に捕まったヒトの所在が明らかになっても、他国のように舞台を派遣して助けに行く事はできません。この間のことも、トルコ政府からの情報で、既に二人の所在は分かっていたそうですが、結局直接的には何もできずに終わりました。つまり、我が国には言葉ではともかくとして、日本国民を海外で助ける力が無く、その安全を保証することができないという難儀な国でもあるわけです。憲法は政府にそれだけの能力の保持も手段の行使も許さないくせに、国民の勝手気ままだけを許容しているという、なんとも不思議な内容になっているようです。せっかく今回憲法が焦点の一つになっているのですから、これを契機に憲法に関する議論が活発になっていけば良いと心から望みます。
さて、シリアに取材旅行しようとしたカメラマンが、外務省にパスポートを召し上げられて足止めされたことに対し、言論や報道の自由の侵害だとブーイングの声がマスコミ関係者から上がっています。訴訟も辞さないと言う話も聞こえてきますが、一方で世論の方は今回のお上の手段を大体において是としているようです。私自身は、パスポート召し上げて強制的に足止めをしたのはさすがに行き過ぎでは、と思わないでもないのですが、外務省の言う「旅券法19条1項4号「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要がある」と認められる場合に、旅券の返納を命令できる」との規程を根拠にした召し上げよりも、この方々が正当化の根拠としている憲法22条第1項の「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」の「公共の福祉」を理由に差止めできなかったのだろうか、と思いました。前にも書いた通り、公共の福祉とはなんぞや、と言うのが問題になるだろうとは思いますが、この方がとっ捕まってまたネットに晒されたり我が国が脅されたりすることで、日本人くみしやすし、などと思われても国民としてはたまったものではありません。また、捕まった時にまたぞろヨルダンやトルコに迷惑をかけたり血税を投じてやきもきさせられたりするのは国民としても望まない話だろうと思われます。これらは十分「公共の福祉」に値する話だと思うのですが、法律論ではそれくらいの話では検討に値しない程度のことなのでしょうか? 私の感覚では十分「公共の福祉に反する行為」に該当しかねないと思われるのですが。
あるいは、我が国は仮に捕まったヒトの所在が明らかになっても、他国のように舞台を派遣して助けに行く事はできません。この間のことも、トルコ政府からの情報で、既に二人の所在は分かっていたそうですが、結局直接的には何もできずに終わりました。つまり、我が国には言葉ではともかくとして、日本国民を海外で助ける力が無く、その安全を保証することができないという難儀な国でもあるわけです。憲法は政府にそれだけの能力の保持も手段の行使も許さないくせに、国民の勝手気ままだけを許容しているという、なんとも不思議な内容になっているようです。せっかく今回憲法が焦点の一つになっているのですから、これを契機に憲法に関する議論が活発になっていけば良いと心から望みます。