かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

3.封印 その3

2008-04-13 19:55:49 | 麗夢小説『麗しき、夢 完結編 智盛封印』
「殿、お許し下され。ですが公綱、殿が迷妄に囚われたまま未来永劫地獄の業火に焼かれ続けるのを黙ってみていることができませなんだ。これよりわしもそちらに参り、麗夢殿の所へ先導仕りましょうぞ」
 公綱は刀を返すと、自分の首元にあてがった。すると、智盛は言った。
「待て公綱。舟でも言ったとおり、おことには暇を出すゆえ、わしに従うことはない」
「それは異な事を仰る! 死ぬときは一緒にとあれほど堅く誓ったではござらぬか。殿がいかに宣おうとも、公綱、誓って智盛様と共に参りますぞ」
「いや、おことには是非生きて我が菩提を弔って欲しい。わしの魂魄はまだ救われてはおらぬのじゃ」
 智盛の言葉が引き金になったのだろうか。突然智盛が苦しげな顔を見せたかと思うと、うつぶせに倒れ伏した首無しの鎧が、ゆっくりと蠢き始めたではないか。
「な、なんと!」
「はようせい公綱! はよう我が首を封じるのじゃ! さもないと、わしの怒り、恨みが再び我を狂わせる。そうなればもはやおことの力ではわしを止めることはかなわぬぞ!」
 公綱は慌てて駆け寄ると、智盛の首を拾い上げ、洞窟の奥目がけて走った。その後ろで智盛の身体が立ち上がった。刀を振りかざし、公綱の後をまっすぐ追いかけてくる。尋常とは思えない速さで追われて、公綱は焦った。封じろと言うが一体どうすれば封じられると言うのか。その時、公綱の耳に、どこか聞き覚えのある笛の音が流れ込んできた。その音色にはっと閃いた公綱は、目の前の小さな横穴に飛び込んだ。
「ようやって下さいました。築山殿」
「れ、麗夢様・・・」
「あとはおまかせ下され」
 そこに立っているのは、白拍子の衣装をまとい、愛用の笛を手にした夢御前麗夢の姿であった。
「おお、久しいな麗夢」
「智盛様、さぞお苦しみ遊ばされたことでしょう。麗夢、これよりはいついつまでも殿のお側でお慰め申しまする」
 麗夢は智盛の首を受け取り、替わりにその笛を公綱に手渡した。
「築山殿、お願いがござります。内にては私が智盛様をお慰め申しましょうが、築山殿には是非外にて、智盛様の菩提を弔って下さりませぬか」
「わしは、どこまでもお供仕る所存にて・・・」
 恭しく笛を受け取りながらも、公綱は従来の主張を繰り返した。ここまで来て置いていかれてはたまらない、と言う思いもある。だが、麗夢はじっと公綱を見つめて言った。
「築山殿、前にも申しました通り、智盛様の怒りを解くには、恐らく数百年の時が必要と相成りましょう。その時までここを静かに守る方が必要なのです。築山殿には更なる苦労をおかけすることになりますが、何卒その役、お引き受け下さりませ」
「・・・わしに塚守になれ、と」
 麗夢が黙って頷いた。
「わしからも頼む。このようなことが頼めるのは、公綱、おことしかおらぬ」
 そんなご無体な、と言う言葉が喉元まで出かかったが、公綱はその言葉をぐっと呑み込んだ。
「判りました。御命、しかと承りましてござりまする」
「忝のうございます。築山殿」
「さらばじゃ公綱。後を頼むぞ」
 智盛の首を抱えた麗夢の姿が、すうっと滑るように洞の奥に引き込まれていく。あ、と手を挙げて止めようとした公綱は、広げた手を握りしめ、肩を震わせて見送った。止めどなく流れ落ちる涙が視界を霞ませる中、洞の入り口が塗り込められたように岩壁へと変化した。はっと気づくと、鎧をまとった智盛の身体もいつの間にか消えていなくなっていた。夢か、と思う一方で、智盛の斬撃を浴びた左肩が痛み、愛刀には激闘を物語る刃こぼれが刻みつけられている。それに、手首に巻いた数本の黒髪。公綱はふらつきながらも洞窟を出た。既に山の西の端に届きつつあった夕日が長く影を引くその広場で、辺り一面に散らばる骨が、砂のように崩れて折からの風に吹き散らされていく。一種幻想的なその光景を見送った公綱は、その夜一人、洞窟の前でむせび泣いた。
 
 その後、髪を下ろして僧になった公綱は、麗夢の遺髪を植えた人形を作り、洞窟の側に社を築いて安置した。そして諸国行脚の修行を重ねること数年。洞窟へと戻ってきた公綱は、有徳の僧として自分を慕う人々と共に、一つの村をここに営んだ。公綱の没後も、村は平家最期の武将、四位少将平智盛の夢を隠した郷として、霊験あらたかな夢見人形と共に後世に残り、激動の時代をくぐり抜けた。そして800有余年。そこに碧の黒髪なびかせた美少女が一人、訪れる。智盛の怒りと絶望を癒すための最後の戦いを、この夢隠村で幕開くために。

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