かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

2.東京武蔵野市  鈴木家 その1

2008-04-20 23:03:36 | 麗夢小説『有翼獣は電脳空域に夢まどろむ』
 「ふん! 馬鹿にしやがってっ!」
 待ちなさい! とヒステリックに追いかけてくる母の怒鳴り声をバタン! と勢いよく閉めた自室のドアで遮りながら、鈴木武雄17才は手にした鞄を床の上に放り投げた。何だっていうんだ。ちょっと山をはずしただけじゃないか。それをぎゃあぎゃあうるさくわめきやがって! 武雄は階段を上がってくる足音を聞くや即座にドアの鍵を閉め、母から引ったくって半ばぼろぼろになった期末考査の答案用紙に目をやると、憎々しげに丸めてくずかごに放り込んだ。二言目には兄を見習え、だ。二つ年上の兄の優越感を隠そうとしないにやけた面が目の前に浮かび、武雄はまた一段と腹が立った。確かに兄は自分と違ってお勉強が得意である。大学も難関を歌われる城西大にあっさり現役合格したほどだ。でも、俺だって中学まではそこそこ成績も悪くはなかったんだ。それなのに、なまじ比較対照が秀才の兄だったが故に、自分ではどんなに頑張ったつもりでも、けして褒めてもらうようなことはなかった。決まって出る言葉は「兄を見習え」だ。ごくまれに満点を取る幸運に恵まれても、出るのは褒め言葉ではなくて、
「やっとお兄ちゃんの背中が見えたわね」!
 100点満点で背中が見えた程度なら、一体何点取れば兄に追いつけるって言うんだ!
 ドアを叩く音と母の怒鳴り声。「うるせえっ!」と一声怒鳴り返して、武雄は制服のままベットに倒れ込んだ。うつぶせになって、頭の上から羽布団をかぶる。わずかにくぐもって小さくなった母の声が聞こえなくなるまで、武雄はじっとそのままでいた。我ながら忍耐強くなったものだと、武雄は思う。ほんのついこの間までは、こっちも切れて殴りかかったことだってあったのに、今は口はともかく手を出すような真似だけはしない。もちろん武雄は、自分で思っているほど忍耐強さやキレにくさを手にした訳ではない。ただ、全てを忘れさせてくれるような楽しみができただけのことだった。そして、前にキレたときにその楽しみが奪われそうになったから、今は我慢してやっている、それだけのことなのだ。それを護るためなら、母の小うるささなどは対して気にならない。いや、耳元の蚊くらいには気になるが、蚊と違って母はものの十分も怒鳴り散らすとエネルギー切れで降りて行ってしまう。喉元過ぎれば何とやら、で、その十分を聞き流してやればいい。こちらが真に受けて言い返したりしようものなら、その何倍も怒りを増幅させて更に撃ちかかってくる。こう言うときは相手にしないこと、という真理を、この半年ほどで武雄は覚えた。以来武雄は、相手が怒れば怒るほど、馬耳東風、柳に風と受け流してきた。武雄は、母がぶつぶつ毒づきながら降りていく足音を確かめると、おもむろに起きあがって机に向かった。その上に、何よりも武雄が大事にしているもの……パーソナルコンピューターが鎮座している。これは、まだ辛うじて意志の疎通がかなう父親に対して、これからはPC位できないととせっついて、ゲーム機を買うよりは、と納得させて買ってもらったものだ。さすがに最新型とまでは行かなかったが、最近のパソコンは、十万円もあれば武雄には使いこなせないほどの高性能機が手に入る。武雄はもう一度耳をすまして下の様子をうかがうと、おもむろに立てかけてあったキーボードを机上に置き、その中程のキーを押した。すると、その奥に置いてあった液晶ディスプレイが突然明るさを増し、空を駆けるジェット戦闘機の写真が画面いっぱいに現れた。その画面下端のタブに、目指すソフトの名前が出ている。「OZ ver.1.44」と記されたそのタブへ、武雄は手元のマウスを操り、カーソルをあわせてクリックした。すると、たちまち戦闘機の姿が真っ黒な画面に置き換わった。その中に、緑や黄色の明るい文字が何列か浮かんでいる。武雄は上の幾つか並んだタグから「ダウンロード」と記されたところにカーソルを移した。クリックと共に画面が切り替わり、緑の文字列が幾つか並んでいる。その中に、お目当ての名前があるのに気づいた武雄は、こみ上げるうれしさにそれまでのむしゃくしゃした気持ちを心の中から掃き出した。


「2.東京武蔵野市  鈴木家 その2」
へ続く。

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