怪物・幽霊・分身などの超自然をモチーフにした怪奇ロマン。
これがゴシックホラーだ。
これらの小説が書かれたのは、いずれも18世紀後半から19世紀の英国。産業革命、植民地支配で世界進出がなされた英国黄金の時代である。しかし、そんな光の時代にも影はある。科学や合理主義に息苦しさや矛盾を感じる人たちは、現実を逃れて中世に救いを求めた。
「オトラント城奇譚」(1764)という小説を書きゴシックホラーの祖と言われるオーレス・ウォルホールは、ストロベリーヒルという土地に<幻影城>と呼ばれるゴシック様式の城を建てて引きこもった。彼は豊富な財力を持つが、民主化などの時代の流れについていけない貴族であった。また、非生活人であった。
ゴシックホラーは<反近代のロマン>である。
時代に居場所を作ることの出来なかった人たちの心の叫びである。
★吸血鬼ドラキュラ(ブラム・ストーカー著・平井呈一訳・創元推理文庫)
ドラキュラは、神への永遠の復讐を誓った人間である。
理由は最愛の王妃エリザベータがドラキュラ公戦死の誤報を聞き、城塞から身を投げて自殺したことに拠る。キリスト教では自殺は禁じられており、神聖なる場所に埋葬することは許されない。地獄の業火に焼かれ、永遠の断罪を受けるのだ。それに怒ったドラキュラ公はキリストに背き、闇の神に身を委ねる。ドラキュラの誕生である。
やがて時は移り、400年後、1897年のロンドン。
ドラキュラは、王妃エリザベータの生き写しともいうべき女性ミナに出会う。彼はミナをわが物にしようとするが、純粋なミナを自分の様な呪われた存在にしてしまうことに躊躇いを見せる。そんなドラキュラの愛情を理解するミナ。ドラキュラは400年もの間、ひとりの女性を思い続けて来た愛の物語なのである。
一方、ドラキュラを追う存在があった。ドラキュラの宿敵・ヘルシング教授である。教授はドラキュラに血を吸われた女性を輸血で救うなどの治療を行ったりするが、教授こそはまさに<科学>や<合理主義>の象徴である。ヘルシングがドラキュラ狩りを決行してドラキュラを執拗に追いつめていく様は、<科学>や<合理主義>が中世を駆逐していく様に他ならない。
その他にも「ドラキュラ」には、録音機や精神分析学などの最新技術の要素が出てくる。
ドラキュラと言えば、にんにく、木の杭、十字架といった物がイメージされるが、実は18世紀ロンドンの風物を扱ったロマンでもあるのだ。また、物語の冒頭、英国の青年弁護士が、仕事の依頼を受けてロンドンからドラキュラの住むトランシルヴァニアに行く描写があるが、その旅こそ近代から中世へ向かう旅とも言えるだろう。
★フランケンシュタイン (メアリー・シェリー著・山本政喜訳・角川文庫1994年)
フランケンシュタインは怪物の名前と思われているが実はそうではない。怪物を作った科学者の名前だ。母を失ったフランケンシュタインは生命の儚さを知り、永遠の命を創り出そうとするのだ。死体を繋ぎ合わせ稲妻の電気ショックで誕生する過程はゴシックだが、生まれた怪物は科学技術で創られた存在だ。
怪物はこうして誕生するが、その醜い姿ゆえ人間から受け入れられない。怪物は純粋で愛を求めているのだが、決して愛を与えられることはない。深い哀しみにとらわれるが、やがてそれが狂気に変わる。人間を殺して怪物は思う。
「俺もまた荒廃を創り出すことが出来るのだ。この死は敵(人間)を絶望させるだろう。これから無数の不幸を起こして、敵を苦しめ、破壊してやるのだ」
「フランケンシュタイン」は、疎外や孤独といったテーマを扱った現代でも通用する小説である。毎日のニュースに見られる孤独を感じてキレる若者、疎外されて人を傷つける人間の姿はフランケンシュタインの生み出した怪物の心象と似ていないだろうか。
怪物はつぶやく。
「俺は何者だろう。怪物なのか。地上の汚点なのか」
そして、孤独から逃れるために教授に自分の伴侶となる人造人間を創ってくれることを求める。
近代社会に違和感を感じて、この物語を書いたメアリー・シェリーはこうした近代社会がもたらす人間の問題を鋭く読みとっていたのである。
★その他
その他にもゴシックホラーの作品は数多く書かれている。
先に述べたゴシックホラーの先駆的作品「オトラント城奇譚」(ウォルホール 国書刊行会)では巨大な鎧が動きまわり、人を殺していく。
ゴシックホラーの金字塔「ヴァテック」(ウィリアム・ベックフォード 国書刊行会)では快楽の限りを尽くした王がさらなる快楽を求めて地下王国の門を叩く。門を開くための人身御供は若く美しい男たちだ。
「破戒僧」(マシュー・グレゴリー・ルイス 国書刊行会)の主人公は黒魔術に手を出し、あらゆる悪徳へと身を沈めていく。
ゴシックホラーの舞台として使われるゴシック建設は12世紀から13世紀に渡って作られた建築様式だが、その後のムダのない均整のとれたルネッサンス様式とは大きく異なる。ゴテゴテとして装飾過多だ。ルネッサンスが合理主義の発露とすれば、ゴシックは非合理なものの表現と言えるだろう。それは同時に人の心の<混沌>をも意味するのではないだろうか。
★研究ポイント
物語の作り方
時代が物語を作る。
われわれはどんな現代のモンスターを作るか?
★追記
以上は以前に書いた雑誌記事を転用。
これがゴシックホラーだ。
これらの小説が書かれたのは、いずれも18世紀後半から19世紀の英国。産業革命、植民地支配で世界進出がなされた英国黄金の時代である。しかし、そんな光の時代にも影はある。科学や合理主義に息苦しさや矛盾を感じる人たちは、現実を逃れて中世に救いを求めた。
「オトラント城奇譚」(1764)という小説を書きゴシックホラーの祖と言われるオーレス・ウォルホールは、ストロベリーヒルという土地に<幻影城>と呼ばれるゴシック様式の城を建てて引きこもった。彼は豊富な財力を持つが、民主化などの時代の流れについていけない貴族であった。また、非生活人であった。
ゴシックホラーは<反近代のロマン>である。
時代に居場所を作ることの出来なかった人たちの心の叫びである。
★吸血鬼ドラキュラ(ブラム・ストーカー著・平井呈一訳・創元推理文庫)
ドラキュラは、神への永遠の復讐を誓った人間である。
理由は最愛の王妃エリザベータがドラキュラ公戦死の誤報を聞き、城塞から身を投げて自殺したことに拠る。キリスト教では自殺は禁じられており、神聖なる場所に埋葬することは許されない。地獄の業火に焼かれ、永遠の断罪を受けるのだ。それに怒ったドラキュラ公はキリストに背き、闇の神に身を委ねる。ドラキュラの誕生である。
やがて時は移り、400年後、1897年のロンドン。
ドラキュラは、王妃エリザベータの生き写しともいうべき女性ミナに出会う。彼はミナをわが物にしようとするが、純粋なミナを自分の様な呪われた存在にしてしまうことに躊躇いを見せる。そんなドラキュラの愛情を理解するミナ。ドラキュラは400年もの間、ひとりの女性を思い続けて来た愛の物語なのである。
一方、ドラキュラを追う存在があった。ドラキュラの宿敵・ヘルシング教授である。教授はドラキュラに血を吸われた女性を輸血で救うなどの治療を行ったりするが、教授こそはまさに<科学>や<合理主義>の象徴である。ヘルシングがドラキュラ狩りを決行してドラキュラを執拗に追いつめていく様は、<科学>や<合理主義>が中世を駆逐していく様に他ならない。
その他にも「ドラキュラ」には、録音機や精神分析学などの最新技術の要素が出てくる。
ドラキュラと言えば、にんにく、木の杭、十字架といった物がイメージされるが、実は18世紀ロンドンの風物を扱ったロマンでもあるのだ。また、物語の冒頭、英国の青年弁護士が、仕事の依頼を受けてロンドンからドラキュラの住むトランシルヴァニアに行く描写があるが、その旅こそ近代から中世へ向かう旅とも言えるだろう。
★フランケンシュタイン (メアリー・シェリー著・山本政喜訳・角川文庫1994年)
フランケンシュタインは怪物の名前と思われているが実はそうではない。怪物を作った科学者の名前だ。母を失ったフランケンシュタインは生命の儚さを知り、永遠の命を創り出そうとするのだ。死体を繋ぎ合わせ稲妻の電気ショックで誕生する過程はゴシックだが、生まれた怪物は科学技術で創られた存在だ。
怪物はこうして誕生するが、その醜い姿ゆえ人間から受け入れられない。怪物は純粋で愛を求めているのだが、決して愛を与えられることはない。深い哀しみにとらわれるが、やがてそれが狂気に変わる。人間を殺して怪物は思う。
「俺もまた荒廃を創り出すことが出来るのだ。この死は敵(人間)を絶望させるだろう。これから無数の不幸を起こして、敵を苦しめ、破壊してやるのだ」
「フランケンシュタイン」は、疎外や孤独といったテーマを扱った現代でも通用する小説である。毎日のニュースに見られる孤独を感じてキレる若者、疎外されて人を傷つける人間の姿はフランケンシュタインの生み出した怪物の心象と似ていないだろうか。
怪物はつぶやく。
「俺は何者だろう。怪物なのか。地上の汚点なのか」
そして、孤独から逃れるために教授に自分の伴侶となる人造人間を創ってくれることを求める。
近代社会に違和感を感じて、この物語を書いたメアリー・シェリーはこうした近代社会がもたらす人間の問題を鋭く読みとっていたのである。
★その他
その他にもゴシックホラーの作品は数多く書かれている。
先に述べたゴシックホラーの先駆的作品「オトラント城奇譚」(ウォルホール 国書刊行会)では巨大な鎧が動きまわり、人を殺していく。
ゴシックホラーの金字塔「ヴァテック」(ウィリアム・ベックフォード 国書刊行会)では快楽の限りを尽くした王がさらなる快楽を求めて地下王国の門を叩く。門を開くための人身御供は若く美しい男たちだ。
「破戒僧」(マシュー・グレゴリー・ルイス 国書刊行会)の主人公は黒魔術に手を出し、あらゆる悪徳へと身を沈めていく。
ゴシックホラーの舞台として使われるゴシック建設は12世紀から13世紀に渡って作られた建築様式だが、その後のムダのない均整のとれたルネッサンス様式とは大きく異なる。ゴテゴテとして装飾過多だ。ルネッサンスが合理主義の発露とすれば、ゴシックは非合理なものの表現と言えるだろう。それは同時に人の心の<混沌>をも意味するのではないだろうか。
★研究ポイント
物語の作り方
時代が物語を作る。
われわれはどんな現代のモンスターを作るか?
★追記
以上は以前に書いた雑誌記事を転用。