「甦る 全日本女子バレー」(吉井妙子・著 日本経済新聞社)より
柳本のチーム作りはこの様なものだった。
「監督の指示どおりに動くのではなく、選手自らが考え判断し、自ら行動するチーム」
監督の厳しい指導の下で意識をひとつにしてきた今までのチーム作りとはまったく違うものだった。
「柳本は全日本をトップアスリートしての意識を持った個性派集団にしようと思った。監督の色に染まったチームを作ってしまうと、その監督以上の能力は発揮できない。選手個々のエネルギーを上げ、そのパワーを組み合わせていけば、もっと大きな集団になる。さらに本質的なことを言えば、たとえ監督でも選手の個性を潰すのは神をも冒涜することと同じという信念があった」(P224)
そして柳本のコメント。
「もし角があったとしても、それを自分で何とかするのが一番きれいな納め方なんです。他人が無理に角を削ってしまっては絶対いけないと思いますね。三角があって丸があり四角がある。みんな同じ形になるのではなく、それぞれがその形を認め合って、そして自分は三角なんだということに自信を持てばいい。いろんな形を活かしながら、その隙間を埋めていくのが僕の仕事なんです」
柳本の監督術はまさにこれであった。
まずは柳本が「3本の矢」として抜擢した吉原・竹下・高橋。
高橋みゆきは、感動のあまり言葉につまったアナウンサーのマイクを奪い、代わりにインタビューをした様に状況判断に優れた勘の良い選手。
「悪戯心」と「遊び心」に溢れている。
一方、吉原と竹下は勝利に対して脇目も振らず突き進むタイプ。
高橋は「悪戯心」と「遊び心」で吉原たちとは違った方法でチームを活性化させた。
また、高橋を活かすためにポジションについて柳本はこう考えた。
レフトには大山・栗原。そして佐々木みきがいる。
高橋はもともとレフトの選手である。
高橋がライトにコンバートした。
このコンバートについて柳本は言う。
「高橋は器用だし技術的に優れた選手ですからね。初めてのポジションでも対応できると思っていた。うまいからこそ、時々サボったり手抜きをしたりする」
柳本は「手抜きをする」高橋にこんな意地悪をした。
ライトに吉原を起用すると見せかけて競わせたのである。
高橋は吉原に対抗意識を燃やして、紅白戦ではライトの吉原にばかりサーブを打ったり、吉原と竹下がコンビネーションの練習を始めればそれと同じことをした。
こうして高橋は伸び、高橋の成長は別の効果ももたらした。
吉原である。
高橋は急速に力を伸ばし、結果吉原も内心穏やかではなくなった。
「やってらんない。いつになったら6人が決まるのか?」とスタッフに怒りをぶちまけたという。
この吉原のリアクションも柳本の計算どおりだった。
柳本は言う。
「トモが僕に向かって怒り出すといいんですよ。その雰囲気でチームがさらに締まる」
そして高橋がライトのスタメンで行けると思った時、柳本は吉原に言った。
「おまえがコートに立つ時は監督をせにゃならん。だからスタメン以外考えていない。ただし、ポジションはセンターだ」
吉原は「やってらんない」と言って怒りながら顔は笑っていたという。
この様に柳本は選手の実力をフルに発揮されるためにポジショニングをし、それを利用した。
例えば、杉山祥子。
彼女はブロックやクイック、ワイド攻撃などは一流であったが、レシーブが苦手だった。そして吉原がセンターに来たことで、いつもは穏やかな杉山がすごい形相に変わった。
また、レフトの大山加奈、栗原恵、佐々木みき。
柳本は調子の良い佐々木を外して大山、栗原を起用した。
「使ってみなきゃ伸びないだろう」という意図であったが、別の意味もあった。
「大山も栗原も調子の良い佐々木を控えにしてコートに入ると思えば、意識も別のものになっていくでしょ。ぴーぴー泣いて自分のことで頭がいっぱいだったふたりに責任感が生まれる」
これは同時にピンチになった時に切り札として佐々木を使えるという作戦も可能にした。まさにトランプのジョーカーである。
また柳本はこうした個性的な選手をまとめる接着剤の役目の選手を置いた。
辻知恵、宝来麻紀子、鈴木洋美らがそうである。
吉原の心の支援者は、辻に佐々木。
竹下にはセッターの気持ちの分かる鈴木に柳本。
明るくて遊び心のある高橋には同じタイプの宝来。
実にうまい組織作りである。
個性を認め合う戦闘集団は試合ではこんな面を見せた。
「後衛にいる吉原のサーブレシーブが乱れ、杉山のクイックが使えない場面があった。すると高橋は次のサーブレシーブの時に吉原をコートの隅に追いやり吉原のポジションでレシーブした」
この動きに柳本は追い求めていたものが実現されて思わず膝を打ったという。
「以前のトモだったら高橋を許さないし、高橋だってそんな判断はしない。でも、勝つためにふたりは瞬時に同じ判断をしたんです。こうなったらチームは強くなる。強くなるために個性の強いふたりが結合した」
同じことについてマネージャーを務める中村和美はこう語る。
「私たちの頃は初めから形が決められていた。お前はこういうパターンだとか。監督の考えの中にはめられていくのが当たり前だと思っていた。でも、柳本さんはひとりひとりの個性を生かしながら大きなバレーをやっている。だからこのチームはどこまで伸びるのか見えない楽しみがある。私たちの頃は完成形がイメージできたけど、今のチームは形がないから無限大の可能性を感じる」
「日本人が接戦に弱いのは個人のパーソナリティが確率していないため」と言われてきたが、個人が独立したアスリートになればそれは克服される。
選手個々に強靱な精神力が芽生え、それが噛みあわさって堅牢なものになり、意識のベクトルが同じ方向に向かったチーム。
強い個性集団が作り出す柳本ジャパンの今後が楽しみだ。
★研究ポイント
キャラクターの作り方
強い個性はエネルギー。
強い個性がぶつかり合って、作品がエネルギーに溢れる。
★追記
個性の切磋琢磨は、人間も変えた。
竹下は今まで気持ちの弱いネガティブな選手にはトスを上げない厳しい選手だったが、栗原、大山にもトスをあげる内に「遊び心」が芽生えた。
「持って来ないでオーラ」を出す彼女らにトスをまわす内、彼女らも変わっていき、「持って来いオーラ」を出すようになったというのである。
竹下は瞬間、瞬間に最も確実性の高い手段を選んでプレイしてきたが、リスクを背負って新たなことに挑戦してみると、チームとしてもっと大きくなれることを発見したのである。
★追記
ポジションについて
「センターは切り込み隊長。ライトは頭脳。レフトは顔。ライトは頭脳と同時にオールラウンダーとしてのプレイが求められる。場合によってはセッターの代わりにトスを上げ、レシーブをし繋いで時間差など移動攻撃も仕掛ける。器用さがないとこなせない難しいポジションだ」
★追記
トップアスリート
「多くの競技では子供たちは早くから競争社会に放り込まれ、その中から這い上がろうとする。生き残る過程で体を鍛え、技を磨き、精神をブラシュアップし続けていく。他社と差別化を図るために頭脳をフル回転させ、トレーニングや練習にアイデアや工夫を凝らす。同時に瞬間瞬間に正しい判断を求められ時には人生の決断も迫られる。判断や決断を間違えば明日はない。決断する時は常に自分と向き合い、自己の確認作業が繰り返される。だからこそトップアスリートと言われる人たちは必然的に個性が構築され、それが自分の体から発露するオリジナリティに溢れた発言や多くの人に感動を与えるパーフォマンスに結びつく」
柳本のチーム作りはこの様なものだった。
「監督の指示どおりに動くのではなく、選手自らが考え判断し、自ら行動するチーム」
監督の厳しい指導の下で意識をひとつにしてきた今までのチーム作りとはまったく違うものだった。
「柳本は全日本をトップアスリートしての意識を持った個性派集団にしようと思った。監督の色に染まったチームを作ってしまうと、その監督以上の能力は発揮できない。選手個々のエネルギーを上げ、そのパワーを組み合わせていけば、もっと大きな集団になる。さらに本質的なことを言えば、たとえ監督でも選手の個性を潰すのは神をも冒涜することと同じという信念があった」(P224)
そして柳本のコメント。
「もし角があったとしても、それを自分で何とかするのが一番きれいな納め方なんです。他人が無理に角を削ってしまっては絶対いけないと思いますね。三角があって丸があり四角がある。みんな同じ形になるのではなく、それぞれがその形を認め合って、そして自分は三角なんだということに自信を持てばいい。いろんな形を活かしながら、その隙間を埋めていくのが僕の仕事なんです」
柳本の監督術はまさにこれであった。
まずは柳本が「3本の矢」として抜擢した吉原・竹下・高橋。
高橋みゆきは、感動のあまり言葉につまったアナウンサーのマイクを奪い、代わりにインタビューをした様に状況判断に優れた勘の良い選手。
「悪戯心」と「遊び心」に溢れている。
一方、吉原と竹下は勝利に対して脇目も振らず突き進むタイプ。
高橋は「悪戯心」と「遊び心」で吉原たちとは違った方法でチームを活性化させた。
また、高橋を活かすためにポジションについて柳本はこう考えた。
レフトには大山・栗原。そして佐々木みきがいる。
高橋はもともとレフトの選手である。
高橋がライトにコンバートした。
このコンバートについて柳本は言う。
「高橋は器用だし技術的に優れた選手ですからね。初めてのポジションでも対応できると思っていた。うまいからこそ、時々サボったり手抜きをしたりする」
柳本は「手抜きをする」高橋にこんな意地悪をした。
ライトに吉原を起用すると見せかけて競わせたのである。
高橋は吉原に対抗意識を燃やして、紅白戦ではライトの吉原にばかりサーブを打ったり、吉原と竹下がコンビネーションの練習を始めればそれと同じことをした。
こうして高橋は伸び、高橋の成長は別の効果ももたらした。
吉原である。
高橋は急速に力を伸ばし、結果吉原も内心穏やかではなくなった。
「やってらんない。いつになったら6人が決まるのか?」とスタッフに怒りをぶちまけたという。
この吉原のリアクションも柳本の計算どおりだった。
柳本は言う。
「トモが僕に向かって怒り出すといいんですよ。その雰囲気でチームがさらに締まる」
そして高橋がライトのスタメンで行けると思った時、柳本は吉原に言った。
「おまえがコートに立つ時は監督をせにゃならん。だからスタメン以外考えていない。ただし、ポジションはセンターだ」
吉原は「やってらんない」と言って怒りながら顔は笑っていたという。
この様に柳本は選手の実力をフルに発揮されるためにポジショニングをし、それを利用した。
例えば、杉山祥子。
彼女はブロックやクイック、ワイド攻撃などは一流であったが、レシーブが苦手だった。そして吉原がセンターに来たことで、いつもは穏やかな杉山がすごい形相に変わった。
また、レフトの大山加奈、栗原恵、佐々木みき。
柳本は調子の良い佐々木を外して大山、栗原を起用した。
「使ってみなきゃ伸びないだろう」という意図であったが、別の意味もあった。
「大山も栗原も調子の良い佐々木を控えにしてコートに入ると思えば、意識も別のものになっていくでしょ。ぴーぴー泣いて自分のことで頭がいっぱいだったふたりに責任感が生まれる」
これは同時にピンチになった時に切り札として佐々木を使えるという作戦も可能にした。まさにトランプのジョーカーである。
また柳本はこうした個性的な選手をまとめる接着剤の役目の選手を置いた。
辻知恵、宝来麻紀子、鈴木洋美らがそうである。
吉原の心の支援者は、辻に佐々木。
竹下にはセッターの気持ちの分かる鈴木に柳本。
明るくて遊び心のある高橋には同じタイプの宝来。
実にうまい組織作りである。
個性を認め合う戦闘集団は試合ではこんな面を見せた。
「後衛にいる吉原のサーブレシーブが乱れ、杉山のクイックが使えない場面があった。すると高橋は次のサーブレシーブの時に吉原をコートの隅に追いやり吉原のポジションでレシーブした」
この動きに柳本は追い求めていたものが実現されて思わず膝を打ったという。
「以前のトモだったら高橋を許さないし、高橋だってそんな判断はしない。でも、勝つためにふたりは瞬時に同じ判断をしたんです。こうなったらチームは強くなる。強くなるために個性の強いふたりが結合した」
同じことについてマネージャーを務める中村和美はこう語る。
「私たちの頃は初めから形が決められていた。お前はこういうパターンだとか。監督の考えの中にはめられていくのが当たり前だと思っていた。でも、柳本さんはひとりひとりの個性を生かしながら大きなバレーをやっている。だからこのチームはどこまで伸びるのか見えない楽しみがある。私たちの頃は完成形がイメージできたけど、今のチームは形がないから無限大の可能性を感じる」
「日本人が接戦に弱いのは個人のパーソナリティが確率していないため」と言われてきたが、個人が独立したアスリートになればそれは克服される。
選手個々に強靱な精神力が芽生え、それが噛みあわさって堅牢なものになり、意識のベクトルが同じ方向に向かったチーム。
強い個性集団が作り出す柳本ジャパンの今後が楽しみだ。
★研究ポイント
キャラクターの作り方
強い個性はエネルギー。
強い個性がぶつかり合って、作品がエネルギーに溢れる。
★追記
個性の切磋琢磨は、人間も変えた。
竹下は今まで気持ちの弱いネガティブな選手にはトスを上げない厳しい選手だったが、栗原、大山にもトスをあげる内に「遊び心」が芽生えた。
「持って来ないでオーラ」を出す彼女らにトスをまわす内、彼女らも変わっていき、「持って来いオーラ」を出すようになったというのである。
竹下は瞬間、瞬間に最も確実性の高い手段を選んでプレイしてきたが、リスクを背負って新たなことに挑戦してみると、チームとしてもっと大きくなれることを発見したのである。
★追記
ポジションについて
「センターは切り込み隊長。ライトは頭脳。レフトは顔。ライトは頭脳と同時にオールラウンダーとしてのプレイが求められる。場合によってはセッターの代わりにトスを上げ、レシーブをし繋いで時間差など移動攻撃も仕掛ける。器用さがないとこなせない難しいポジションだ」
★追記
トップアスリート
「多くの競技では子供たちは早くから競争社会に放り込まれ、その中から這い上がろうとする。生き残る過程で体を鍛え、技を磨き、精神をブラシュアップし続けていく。他社と差別化を図るために頭脳をフル回転させ、トレーニングや練習にアイデアや工夫を凝らす。同時に瞬間瞬間に正しい判断を求められ時には人生の決断も迫られる。判断や決断を間違えば明日はない。決断する時は常に自分と向き合い、自己の確認作業が繰り返される。だからこそトップアスリートと言われる人たちは必然的に個性が構築され、それが自分の体から発露するオリジナリティに溢れた発言や多くの人に感動を与えるパーフォマンスに結びつく」