第十五 帰依本尊章
(覚って福智を得て衆生済度を願うものあらば真言門に入りなさい、そして先ず曼荼羅に投華得佛して本尊を定めてその本尊を拝め)
若し善男子善女人ありて現身に無上菩提を得て広大の福智を具し一切衆生を利益せんと欲はば、須らく真言門に入りて所帰依の本尊を定め其の内証三密の法則を受得し而して後、昼夜に精進修行し、常恒に相続して退転せざるべし。必ず久しからずして本尊の悉地を成就し六神通(神 . . . 本文を読む
今日は辯の大僧正寛助の遷化された日です。以下密教辞典等に依ります。寛助は1052永承7年蔵人頭左中辯源師資の息として誕生。仁和寺経範法務に出家、後高野山で修行、仁和寺覚法親王の招請で御室に帰り、遍照寺別当・仁和寺・円教寺別当。御室に成就院を開創、成就院流の祖。37代東寺長者、東大寺別当。鳥羽帝・白河上皇の病気平癒を祈り宮中や鳥羽殿に大北斗法・大北斗法を修する事20数度。霊験を顕し法の関白と称えられ . . . 本文を読む
ラフカデオハーン「神国日本・家庭の宗教」より「・・死者は死んでいるとは考えられていない。すなわち依然として生前愛した人たちの間に立ちまじっていると考えられているのである。姿こそ見えないが死者はその一家を守り、その中にいる人たちが幸福であるように見守り、夜になれば燈明の明かりの中をひらひらと舞う。そして炎がゆらめくのは死者の動きなのである。たいがい死者は位牌の中に住居している。時によっては位牌が生き . . . 本文を読む
「日本書紀推古天皇」「元年593春正月壬寅朔丙辰(15日)佛の舎利を以て、法興寺の刹の柱の礎の中に置く」
(以下ウキぺデアを引用。『日本書紀』によると、法興寺(現在の飛鳥寺)は用明天皇2年(587年)に蘇我馬子が建立を発願したもの。1956年、飛鳥寺周辺の発掘調査により、法興寺の遺構が現れた。そして今は失われた仏塔の芯礎から、木箱に収められた舎利容器が発見された。舎利は593年に . . . 本文を読む
日本書紀持統天皇三十年「持統天皇春正月・・皇太子(草壁)・・(天武帝の)殯宮に適ひ慟哭し・・庚辰(十五日)京師年八十以上及び篤癃(あつひと・重病人)、貧にして自存不能者に緜を施す」 . . . 本文を読む
今日15日は西大寺光明殿で「新春初釜大茶盛式」が行われます。以下西大寺のホームページ等によります。「大茶盛式は、西大寺伝によると、暦仁2年(延応元年・1239)1月16日、叡尊上人が西大寺八幡宮に献茶した余服を民衆に振る舞ったことに由来する伝統行事。「戒律復興」をめざした叡尊上人が不飲酒戒の実践として酒の代わりに茶盛としたことと、「民衆救済」の一貫として当時は高価な薬と認識されていた茶を民衆に施す . . . 本文を読む