理論物理学者の米沢富美子氏が逝去されました。以前女史の講演を聞いたことがありますが「(現象界では)分かっていないことがほとんど100%。わかっていると思っていることはほとんどないに等しい」という趣旨の発言をされていました。逆に言うと「すべてわかっている」などどいう人は偽物だということだと言いたいのだとその時思いました。考えると「人生」も「信仰の道」も同じと思いました。最先端の物理学者が「全てわから . . . 本文を読む
第二十一 往生浄土章(真言宗各派聯合法務所編纂局 1916)等より・・22
(大日如来の密厳浄土はすべての仏の浄土を包含する浄土であり即ち真言行者の生ずべき浄土である。真言行者が如何にしてこの密厳浄土に往生することを得るかといえば、真言行者が最初灌頂壇に入り阿闍梨の開示を蒙り信心を得る時に無漏の種子を第八識心に植つけられたことになり、如来五智の体性を成就する故に往生の業を決定することになる。その . . . 本文を読む
「真言開庫集(蓮體・17世紀)第十六 真言法は鎮護国家の要法たること
問。真言教は災障を払い病悩を除き、富貴を求め、寿命を延べ、安産し、敬愛し、怨敵を退け、国家を擁護し、風雨を時にかなはしめ、五穀を豊登ならしむる等の事ありと。是巫女陰陽道などの言に似たり。本説ありや。そもそもなにごとぞや。
答。密教に依って修行するものは、世間出世の一切の悉地を成就するが故に、一切の諸願成就せずといふことなし . . . 本文を読む
第二十 発趣階位章(「真言宗義章」真言宗各派聯合法務所編纂局 1916)等より・・21
凡そ真言行者発心趣入の相は総じて之を言はば両部大経所説の三句五転の法門(三句の法門とは、「菩提心を因とし、大悲を根とし、方便を究竟とす」五転とは「発心、修行、菩提、涅槃、方便究竟の五転門」)に過ぎず。因・行・証・入・方便、之を五転といふ。三句五転はただ開合の不同のみ。今経軌の説に依りて五転の図を示さば此 . . . 本文を読む
第十九 断三妄執章(真言宗各派聯合法務所編纂局 1916)等より・・20
(我々の本当の姿は秘密荘厳の宝蔵であるが麤・細・極細、の三種の妄執に覆われていて自分自身が宇宙の真理であることを覚れない。
・麤妄執とは自他に実体ありと執着する妄執。これは十住心でいう1、異生羝羊心、2、愚童持斎心3、嬰童無畏心の状態。
・細妄執の者とは、自他に実体はないと悟って麤妄執を断ずるが宇宙を構成する要素がある . . . 本文を読む
第十八 十縁生句章(「真言宗義章」真言宗各派聯合法務所編纂局 1916)等より・・19
(行者の修行が熟してくると様々の不思議がおこるがこれに捉われてはならない。大日経では、こういう不思議現象に実体はないとして、「幻と陽炎と夢と乾闥婆城と響と水月と泡と虚空華と旋火輪」の如しと戒めている。こういう法験には実体はないと見極めてさらに無上菩提を求めるべきである。)
三密の修行、稍や熟するに及びては或 . . . 本文を読む
十一面観音経です。聖天様をお祀りするときにもお唱えします。
十一面観世音菩薩随願即得陀羅尼経
如是我聞 一時 仏在補陀落山 為衆説法( にょぜがもん いちじ ぶつざいふだらくせん いしゅせっぽう。かくの如く我聞く、一時、佛、補蛇落山にいまして、衆の為に説法したまふ)
爾時 観世音菩薩 白仏言 (にじ かんぜおんぼさつ びゃくぶつごん )
我有神咒 若有受持者 除却一切病患憂苦( がうじんじゅ . . . 本文を読む
第十七 三力加持章(「真言宗義章」真言宗各派聯合法務所編纂局 1916)等より・・18
(大日経に「我が功徳力、如来の加持力、及び法界力、とを以て衆生界に周遍す」とあり、行者の行と、佛の加持力と法界の力が一致したとき不思議が生ずる、とされるが、その大本は行者の「信」である)
行者の信水だにあらば三力具足して妙感妙応することけだし一念の頃にあり。
一切諸法は因縁より生ず、因縁相応するに非ずんば . . . 本文を読む
布施により福徳を積み、写経等で智慧を磨き自利利他行に励むことが覚りへの道である。
「もし善男善女ありて生死の苦根を断じ、菩提の妙楽にいたらんと欲せばまず福智の因を積んで、しかるのちに無上の果を感致せよ。福智の因といふは、妙経を書写し、深義を講思するは、すなわちこれ智慧の因なり。檀等の諸行はすなわちこれ福徳の因なり。よくこの二善を修し四恩を抜済し、衆生を利益するときは、自利利他の功徳を具し、速やかに . . . 本文を読む
第十六 三密妙行章(「真言宗義章」真言宗各派聯合法務所編纂局 1916)等より・・17
(手に印を結び、口に真言を唱へ、心は本尊の三昧に住する、是を三密の行というが、この三密修行の中にすべての功徳が詰まっており、この功徳を以て法界の衆生に廻向すれば四海平等にして五穀ゆたかに実り国に災害を絶ち、人福寿を得る、このように自利利他の二利の行すべて皆この三密の中にある。しかし真言行者は慇重の心を以て三密 . . . 本文を読む