日々の恐怖 5月7日 イボ
母方の伯父が昔してくれた話です。
イボの花ってのがあるらしい。
体に出来たイボに、花が咲くみたいにパカって裂け目ができることを言うそうだ。
昔は、急にできたイボに花が咲いたら近くの人間に不幸があるといわれていたらしい。
聞いたことがないから、伯父のいた所独特の風説かもしれない。
で、伯父が小学校の頃右手の二の腕に急に大きなイボが出来た。
そしてすぐにそれが真ん中から十文字に割れた。
それを見て彼の祖母がイボの花の話をしたところ、伯父はバカらしいと鼻で笑った。
その3日後、祖母が心不全で死んだ。
伯父は驚いて両親に話したがもちろん取り合ってくれなかった。
ばあさんはもともと心臓が弱かったし、しょうがないと。
それから1年ばかりなにもなく過ぎて、伯父もイボの花を偶然だと思うようになっていたころに、伯父の言う一生忘れられないことが起きた。
8月の暑い日、伯父が朝起きると腕と言わず顔と言わず、全身にイボが吹いていた。
痛みは無かったが、顔や胸のゴワゴワした嫌な手触りに伯父は驚いて両親に泣きついた。
両親も驚いたが、取りあえず近所の町医者に来てもらうと何かのかぶれだろうという。
結局塗り薬をもらって伯父はそのまま自分の部屋に寝かしつけられた。
学校も当然休まなければならなかった。
両親は共働きだったので、まあ大丈夫だろうと伯父は一人で家に残された。
僕の母もまだ生まれていなかった頃だ。
伯父は布団のなかで物凄い恐怖感に襲われたという。
もし、イボに花が咲いたら。
全部に花が咲いたら。
そう思った瞬間、目の前が真っ白になったそうだ。
錯覚ではない。
その後に凄い音がして屋根が崩れてきた。
あ、これか、と一瞬に思ったらしい。
そこからの記憶がないと言うが、伯父は瓦礫から助け出されたとき火傷と擦り傷で全身血まみれだったそうだ。
イボに赤い花が咲いて。
1945年8月6日広島でのことである。
その伯父も9年前に死んだ。
生前よくみせてもらった背中や腹にはかすかに無数の痣が残っていた。
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