日々の恐怖 5月11日 バケモン
30年以上前のWさんの爺さんの話です。
爺さんは近所の山で野鳥の写真を撮るのが趣味だった。
ある日、山から戻った爺さんを見て皆驚いた。
背中に大きな切り傷があり血まみれ、全身擦り傷だらけで服はぼろぼろ、右手の小指が折れており変な方向に曲がっていた。
どうしたのか、と尋ねると、
「 それがよう、山でよう、バケモンと一戦交えてきたんだよ。
危なくやられるとこだった。」
という。
どうせ、崖から落ちた言い訳だろう、と家族全員呆れたが一応話を聞いてみた。
爺さんはいつものように山奥に入り野鳥を探していた。
切り株に腰掛け弁当を食べ始めると、背後に気配を感じた。
振り向く前に何かで背中をバッサリ切られ、ものすごい力で押し倒されたという。
それはフーッと深く息をしている。
茶色の毛むくじゃらで頭が大きく角はない。
爪がとがっており前足で威嚇しながら二本足で立つ見たこともない獣だった。
爺さんは逃げ切れないと判断し応戦した。
山用のナイフを持っており、それを武器に取っ組み合ったが形勢不利だった。
なんでも、獣の体に何か所かナイフを突き立てるも相手はなかなかひるまず、鋭利な爪で次々と傷を受け爺さんは半ば死を覚悟したそうだ。
すると、どこからあらわれたのか男がいつの間にか獣の背後におり、両手で振り上げた石で獣の鼻先を殴りつけた。
獣はあわてて逃げて行ったという。
男は非常に汚らしい格好で頭髪は薄いがひげの濃い、そして異様に手の長い男だった。
男は助けてやったんだから礼をしろ、と開口一番爺さんに言った。
特に酒とたばこと味噌がほしいと言う。
爺さんは了解しボロボロの体でふもとに戻り、有り金はたいて買い物をすると男のもとに戻った。
男はお礼の品に喜ぶと、
「 また何か困ったことがあったら、手土産を持ってここに来い。」
と告げると早足で去って行ったという。
家族は誰もそれを信じていなかった。
ただ、崖から落ちた爺さんを助けた人ぐらいは、いるかも知れないと思った。
その後、爺さんはろくに傷の手当をしなかったため傷口から化膿し、炎症にかかり救急車で運ばれる羽目になった。
病院でも同じ話をしたが、やはり誰も信じてくれなかったとか。
ただ、俺は信じていた。
一人っ子だった俺はじいちゃんっ子で、よく遊んでもらっていた。
母に禁止されていたが、俺はこっそり爺さんに山にも連れて行ってもらっていた。
爺さんは山に行くたびにお土産と称してワンカップの酒を持って行き、例の切り株に置いていた。
「 あのヤローも多分バケモンだろ。
でも恩人だからな、義理を通さないとな。
それにな、こうしてここに置いておくと、次来たときにはなくなってんだよ。
あいつも、俺やお前の親父とおんなじで、酒飲みなんだよな。」
と語っていた。
あの獣について聞くと、
「 あん時はやられたが、もう大丈夫だよ。
あいつの急所は、鼻だってことはわかってるからな。
次に見たら、ぶっちめて俺たちで新聞屋に売ってやろう。」
と言う。
しかし、爺さんは死ぬまでに、二度とあの獣や男には会うことはなかったようだ。
爺さんは遺言状を残していた。
爺さんの死後それを開封すると、遺産や身辺整理などの本題以外に、俺に名指しであの山についての頼みごとが記されていた。
それは、
“ 山にありったけの土産を持って行き、あの切り株に置いてこい。
そして俺が死んだということ、俺の家族を守ってくれということを伝えろ。”
という内容だった。
皆呆れたが、まあ遺言を無下にするのも・・・、ということで俺が代表していくことになった。
俺は友人数人に手伝ってもらい、たくさんの酒とたばこと味噌を持って行った。
爺さんの遺言通り、手紙を添えた土産を置いて俺は山を下りた。
山はそれから何年も経った後、開発されてゴルフ場やリゾート施設が建った。
観光地向けの自然はきれいに残されているが、実態はゴミだらけの汚い山になってしまった。
熱心にリゾート誘致していた地元は喜んでいる。
でも、爺さんが見たら嘆くと思う。
あの切り株があった辺りも、もう跡形もない。
男はどうしているのだろうか、たまに思い出す。
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