日々の恐怖 5月14日 時計
親しい友人が結婚して新居を建てた。
御自慢はリビングにコーディネイトした家具。
コンコルドのファーストクラス用の皮張りソファーが二脚、イタリアから直輸入したライト、奥さんの嫁入り道具のピアノ、それから新婚旅行先のアンティークショップでみつけた古時計。
彼の御自慢の中で一番気に入っているのはその時計だった。
オーク素材で作られた時計は立体的な馬の彫り物が全体を覆っていて、見るからに高級そうだ。
店屋の主人の話では、130年位前に作られた物で、最近まである貴族の別荘で使われていたものだという。
少しばかり傷があり、時間を知らせる鐘が鳴らないので安くする、と言われ、彼は60万円もはたいてその時計を買った。
彼の新居に招かれた時のこと、新婚家庭の自慢話を聞きながら夜の10時も過ぎた頃、不意に友人がソワソワし始めた。
どうしたのかと訪ねると、奥さんが風呂に入っていることを確認した後、変なことを言った。
仕事の都合上、彼が帰宅するのはいつも10時を過ぎていた。
奥さんも仕事を持っているので、夕食の支度だけして先に寝てしまう。
彼が帰ってもリビングには誰もいない。
だが、ひとりでテレビを見ながら夕食を食べていると、いつも誰かの視線を感じるのだという。
休日にひとりでいてもそんな感じはしない。
それに、リビング以外の部屋でもそんな経験はない。
夜遅くに帰宅して、ひとりでリビングにいる時に限ってそんな感じがするのだ。
奥さんは何も言わないので、特に異変を感じてはいないのだろう。
怖がりな彼女にこんなことを言うと嫌がるので今まで黙っていた。
そして私に、この部屋について何か感じないか?と訊くのだ。
私は霊能力者ではない。
それに、幽霊だとかお化けだとかいう存在もできることなら信じたくない。
別段、その部屋にいてもへんな感じはなかった。
そうか・・・、彼は少し残念そうに肩を落としたが、また別の話題で盛り上がり、その日は楽しく過ごした。
一週間後、同窓会の誘いが例の友人からあった。
彼が電話をくれたのは夜の10時半を過ぎていた。
彼とは20分くらい話しをしただろうか。
電話越しに11時を知らせる時計の音がボーン、ボーン、かすかに聞こえた。
「 アレ、時計を直したんだ。」
私が言うと、友人は、
「 直してないけど・・・。」
と答えた。
「 今聞こえた時計の音は、あの馬のアンティーク時計だろ?」
そう訊いたが、時計なんて鳴ってない、と言う。
アンティーク時計、夜半に帰宅した彼をいつも見つめている視線は、あの時計なんじゃないだろうか。
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