大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 5月16日 佇む人

2013-05-16 18:14:20 | B,日々の恐怖






     日々の恐怖 5月16日 佇む人






 ある地方の村で起こった話をしよう。
その村は、山中に這うように細長く民家が点在する、いわゆる寒村だ。
人口は少ない。
当然、子供も少ない。
 村に住む少数の小学生たちは、山道を4Kmも下った小学校まで毎日歩いて登校していた。
小学校までの道のりは、彼等にとってさほど苦痛ではなかった。
年上の子供が年下の子の面倒をよく見ながら、他愛のない会話に盛り上がりコロコロ笑いながら日々の登下校を繰り返す。
自動車のすれ違うのも難しいほど細い道を彼等は毎日歩いていた。
 ある冬の初め、子供たちはひとりの男に出会った。
男は釣り人のような格好をしていたが、釣竿は持っていなかった。
この地域は山が深く、道路のすぐ下は美しい渓谷、道の反対側は山肌を削り取ったという状態で土砂崩れ防止の補強をしていない場所もある。
子供たちが釣り人に出会ったのは、そんな所だった。
 帽子を目深にかぶった釣り人は、どんな人相なのか判然としない。
ただ、口元の皺の具合から、かなり年配であることは判った。
 釣り人は、登校のために山道を降りてくる子供たちをジッと見つめていた。
別に何をするでもなく、子供たちが通り過ぎるのを道の際に立って眺めていた。
 子供たちは見慣れない男を不審に思いながら、男から視線をそらせて前を通り過ぎた。
その時だ。
子供たちに聞えるか聞えないかの低い声で釣り人が言った。

「 帰りは、ゆっくり遊んできなさい。」

 子供たちはびっくりして釣り人を見たが、振り向くとどこにも釣り人の姿がない。
道路の右側は高い崖、左側は深い渓谷。
釣り人が隠れられる場所はない。
 子供たちはゾッして山道を駆け下り、学校までなんとかたどり着いた。
幾人かの子供が先生にその話をしたが、誰も信じてはくれなかったという。
とにかく、帰りは気をつけなさい、そう窘められた。
 その日は午前中で授業が終わる予定だった。
村に帰る子供たちは全員が校庭で待ち合わせをし、揃ったところで一緒に下校する。
家までの帰路は遠い。
 いつもなら全員揃ったところですぐに下校するのだが、その日は勝手が違っていた。
子供たちが口々に言ったのだ。

「 あのおじさん、帰りはゆっくり遊んできなさいって言ってたよね。」

 あの不思議な釣り人の言葉が頭からついて離れなかった。
そこで子供たちは、一時間だけ校庭で遊んで帰ることにした。
 そうして子供たちは、その日、全員が家に帰れなくなった。
村に続く唯一の山道が土砂崩れを起こしたのだ。
それはちょうど、あの釣り人と出会った場所だった。
もし校庭で遊んでいなければ、子供たちがその場所を通りかかる頃に土砂が崩れ全員無事でいなかったかもしれない。
 土砂崩れの知らせを聞いた親たちは、帰ってこない我が子を心配して学校やら麓の親戚やらに電話をした。
そして子供たちが全員学校で遊んでいて無事であることが判明した。
 土砂は一日で取り除かれ道路はすぐに復興したが、その一週間後、近くの渓谷で死後数ヶ月と思われる腐乱した遺体が発見された。
渓流釣りに来て、ひと知れず事故死した釣り人だった。

 実は、これは私の母が子供時代に体験した話だ。
数ヶ月も前に死んだ釣り人が命を救ってくれたのだと彼女は言う。
誰にも見つけられず谷底で死に、静かに腐りゆく釣り人の魂は、登下校の度に聞える子供たちの楽しげな声に助けられたのかもしれない。















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