日々の恐怖 5月22日 サングラス
お昼休みに、いつも立ち寄る店があった。
職場の近くで値段も手頃だしランチもけっこう美味しかったので、同僚と一緒に毎日のように利用していた。
広いガラス張りの店内は昼休み時間ということもあっていつも混雑していたのだが、その中に必ず同じ窓際の席に座って外を眺めている女の人がいた。
彼女は綺麗なロングヘア-のサングラスをかけた若い女性で、いつもひとりで外を見ている。
今考えるとちょっと変な感じだが、その頃は別段気にしていなかった。
ジロジロ見るのも失礼だし私と同じようにランチを食べに来てるんだな、ぐらいにしか思ってなかった。
私がその女性を注意して見るようになったのは初夏の頃だったと思う。
女の人は相変わらず同じ席に座って毎日同じような長そでのシャツを着、サングラスをかけて外を眺めながらブツブツと何かを喋っているようだ。
毎日、毎日、サングラスの彼女は店にいた。
そんなある日、いつものように店に入ると例の奇妙な女性が見当たらない。
“ あれ、あの女の人、いない。”
ふと、そんなことを思ったが、ちょうど仕事も忙しかったので、それ以上深く考えることもしなかった。
その日は久しぶりに遅くまで残業をし、帰宅する為に電車に乗ったのは夜の10時頃だ。
アパートに着いたのは11時を過ぎていたと思う。
部屋の鍵を開けたときだ。
「 すみません・・・。」
不意に背後から声がして、私は心臓が飛び出すくらいビックリした。
振り返ると、レストランでいつも見かけるサングラスの女性が立っている。
私は息を飲み、年甲斐もなく背筋に冷や汗を感じた。
女の人は無表情のまま、私に顔を近付けてきた。
彼女は夜だというのに相変わらずサングラスをかけているので、その下にどんな両目があるのかは判らない。
どんな目つきで私を見ているのかも判然としない。
それがことさら恐ろしく感じられた。
声も出せずに立ちすくんでいる私の目の前で、女の人はゆっくりとサングラスをはずそうした。
“ この人と目を合わせちゃダメ・・・。”
何故だか咄嗟にそう思った私は目を逸らせ、部屋に飛び込んでカギをかけた。
外は静かで、何も起こらない。
ドアの外に例の女性がいるのかどうかも分からなかったが、その晩は一睡もできなかった。
数日後、私はアパートを引き払った。
またあの女がやってくるかもしれないと思うと、怖くて住んでいられなかった。
一緒にランチを食べに行っていた同僚に引っ越した理由を聞かれたので、例の店にいたサングラスの女のことを話したのだが、同僚はそんな女は見たことがない、と言った。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ