新イタリアの誘惑

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上野歴史散歩㉔ 上野に都市公園開設を提言したオランダ人の像に、とんでもないエピソードが・・・。

2022-11-05 | 上野歴史散歩

 西洋美術館から公園中央の噴水広場に出た。

 この四つ角で目立つのは交番。美術館の集まる公園内らしく、かなりモダンで前衛的なデザインだ。台東区の建築景観賞を受賞している。

 ここからは国立博物館方向に歩いて行く。

 向かって左側に胸像が見えてくる。ボードワン博士像。 明治時代オランダから来日し、医学校で講義をしていた一等軍医だ。

 時の政府は上野戦争で空き地になっていた上野の土地に医学施設建設を計画した。だが、ボードワン博士は「首都の中心部にせっかくこれだけの広い敷地と自然があるのなら、今後の都市発展を踏まえれば、市民の憩いの場となる都市型公園がぜひ必要」と主張。

 この提言を受けて大久保利通内務卿が公園構想を具体化し、1876年にわが国初の洋式都市公園が、上野に実現した。

 こうした公園開設の功労者であるボードワン博士像に関しては、とんでもないエピソードが残っている。博士像は、開園百周年記念事業の一環として1973年に顕彰碑が建立されたわけだが、実は別人の像だったことが判明した。

 博士は1870年に帰国してしまっており、百年後ではだれも本人を知る人がいない。それでオランダに資料提供を依頼したのだが、送られてきたのは弟の写真。それを参考にして像が制作されてしまったというわけだ。弟も日本に滞在歴があり、オランダ側との交渉の際の行き違いがこうした結果を生んでしまった。 

 (写真左側が弟さん。確かに弟さんも立派な顔をしていらっしゃるなあ)

 間違いが分かったのは21世紀になってから。やっと修正されて本人の像と差し替えられたのは2006年のことだった。

 一方、反対側の緑地帯にももう1つの像が立っている。野口英世博士像。

 試験管を持って研究中の博士像だ。吉田三郎多摩美大教授の作。野口博士はアフリカで黄熱の研究に取り組んだ医師。千円札に肖像が採用されているほどで、こちらは間違えようのない、なじみの顔だ。

 台座にはラテン語で「人類の幸福のために」と書かれている。

 

 

 

 


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2 コメント

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Unknown (rose-tky)
2022-11-06 15:28:09
❤️こんにちは!モンモンですよ!❤️

いつも暖かい応援リアクションありがとうございます😊

うわあ 素晴らしいですね!一気に読ませて頂きましたが 文化的かつ芸術的かつインストラクティブですねえ!

素晴らしい内容の記事に感銘を受けました。

モンモンの記事は 一発芸みたいのでちょっとお恥ずかしいですが これからも仲良くしましょうね!
返信する
私のブログ (gloriosa)
2022-11-06 19:37:47
rose-tky(モンモン)様

温かいコメント有難うございます。

私のブログは、独断と偏見で自分の好きな場所やカテゴリーを深堀りする内容なのでとっつきにくいと思いますが、好みのものがあればどうぞご訪問ください。

そちらのブログにも、スカイツリーや銀座のビル群など私好みのテーマがしばしば登場するので、楽しく拝見させてもらっています。
 
これからもよろしくお願いします!
返信する

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