2011年09月25日
ぽかぽか春庭「キッズオールライト」
2011/09/25
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記2011>夏のお楽しみ日記(1)キッズオールライト
夏休みのあいだ、ビデオでとっておいた映画や舞台中継の録画を見たり、映画館出かけたり、映画三昧というほどではないのですが、この3年間に比べればかなりの本数を見ました。
劇場中継の再録。「墨東綺譚」「にごり江」「放浪記」など。劇場チケットは高いので、テレビ録画で見るしかないけれど、舞台はやはり生で見たいと思います。
映画の録画は、BSでやっている「山田洋次監督が選んだ日本の名作百選」が中心です。名作を百作選ぶとして、選出基準は人により様々でしょうが、これまでに見逃していた映画もたくさん放映され、これまで何度も見た映画をもう一度みるのも、名作であるという評判を知っていても見たことがなかった作品も、新鮮な気持ちで見ることができました。
私は機械操作が苦手で、ビデオの録画予約も娘息子にいちいち頼むので、頼むのを忘れてしまったり、タブロクできないビデオなので「こっちのドラマを録画するから、この映画は録画できない」と、テレビチャンネル権を主張する娘に却下されてしまったり、見逃した映画も何本か。ジュディ・ガーランドの「オズの魔法使い」とか、アンソニー・クインの「その男ゾルバ」など、何度か見ているのだけれど、もう一度見たいと思っていたのに、録画できなかったのもたくさんあります。
録画して見ることができたのは、「雨月物語」「乳母車」「狂った果実」「めし」「煙突の見える場所」「名もなく貧しく美しく」「若者たち」「にごりえ」「浮雲」「ウホッホ探険隊」「午後の遺言状」「男と女」「サウンドオブミュージック」「若草の燃える頃」など。
飯田橋ギンレイホールは、夫の事務所の「福利厚生用」の映画カードがあるので、毎月4本は見にいきます。この夏の上映作品、ソフィア・コッポラ2010「SOMEWHERE」、イギリス マイケル・アプテッド2006「アメイジング・グレイス」、ファティ・アキン2009 「ソウル・キッチン」、マーク・ロマネク2010「わたしを離さないで」、ハル・アシュビー1971「ハロルドとモード 少年は虹を渡る」、ジョエル・コーエン&イーサン・コーエン2010 「トゥルー・グリット」、大森一樹 2010 「津軽百年食堂」、大森立嗣2010「まほろ駅前多田便利軒」、リサ・チョロデンコ「キッズ・オールライト」、周防正行2010「ダンシングチャップリン」などを見ました。
「津軽百年食堂」、ご当地観光映画としても、もうちょっと何とかならんかったのか。景色はきれいですし、オリエンタルラジオの中田敦彦・藤森慎吾もけっこうがんばっていたのですけれど。蕎麦屋も写真館も「オヤジの跡を継いで地元産業復興にかける若者像」という「ラストのクレジットにずらりと居並ぶ、議員さんだの地元有力者たちには大受け」のストーリーが、あまりにも出来合いっぽい。
「キッズオールライト」ママがふたりと息子と娘の家庭というので期待して見たのだけれど、ママふたりは完全に夫役割(女医)と妻役割(仕事を始めたがっている専業主婦)を分担していて、従来の家庭争議と何ら変わりなくて、これじゃ家庭というのは男女であっても女女であっても、役割分担を持つ家庭である以上同じような問題を抱えてしまうもんなんだなあという感想しか持てない。夫役割の女医さんは、自分の稼ぎで一家を支えていることに誇りを持ち、家庭内を支配したがるし、妻役割は専業主婦であることに飽きたらず、自己表現&浮気をしたがる。ジュリアン・ムーアの浮気シーンも色っぽくなくて、「仕事をして自立したいのを夫(役割)に押さえ込められている不満」の発散にしか見えないので、さて、これじゃ、浮気を反省してモトサヤに収まるのだろうと思っているとそうなるし。
「キッズオールライト」、「ママふたり」の家庭を「ごくフツウ」に受け止めて素直に育った子どもふたり。成長過程での葛藤はまったくなかったように描かれているのだけれど、本当にアメリカ西海岸では、「ママふたり家庭」がごく普通に受け止められているのかしら。日本だとたちまちイジメに遭いそうだ。ちょっとでも「フツー」と変わっているとイジメの対象になっちまう。フクシマから転校してきた子に、「ホウシャノー」というあだ名をつけていじめるという国ですから。
18歳までにひたすら勉強に打ち込んできて一流大学に入学する娘ジョニ(ミア・ワシコウスカ)。アメリカ西海岸に暮らしていながら高校卒業までステディボーイフレンドなしにすごしたというのは、ママふたりという家庭の「せい」か「おかげ」か。ママふたりとも、息子が親友と「もうヤッタのかどうか」を気にしているくせに、娘が「まだ」なのをまったく気にしていないのは、どうなん?
「女・女」のカップルが築いた家庭でも、専業主婦の自己確立志向と子どもの自立志望が重なると、同じような問題が起こる。アイデンティティ確立期に「生物学上の父親探し」したくなる子どもの気持ちは当然のこと。そこからひと悶着が起こる。セックスフレンドと楽しくその日を暮らしていればよかった精子ドナー父が、子どもと過ごしたくなってしまい、女医ママは彼が家庭に入り込むことに拒否反応を起こす。逆に主婦ママは彼と意気投合してしまう。
アメリカ映画は、「パートナーがどちらも自立し、かつ支え合う」という家庭を描いても受けないのかと思う。あるいは、「女・女」の家庭生活をフツウに描くには、フツウの家庭で起きる問題という体裁をとるのが一番受け入れられやすいスタイルだったのか。フェミニストたちの受けはどうだったのだろうか。
映画の中で、女医ママ&主婦ママがベッドで「男&男カップルポルノ」を見ていることが息子にばれてしまったときのいいわけ「女女カップルのポルノを演じているのはストレートのAV女優のことが多くてウソッポいから興奮できない」
じゃ、この映画を見て本当のレズビアンカップルは「ウォーレン・ベイティと結婚しているアネット・ベニングやバート・フレインドリッチと結婚しているジュリアン・ムーアがレズビアン演じてもうそっぽい」と感じたかどうか。ストレートの私からみると日常生活での演技はとてもよかったと思うのだけれど、ベッドシーンはうそっぽかった。
<つづく>
07:33 コメント(4) ページのトップへ
2011年09月27日
ぽかぽか春庭「キッド・子役のあれこれ」
2011/09/27
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記2011>夏のお楽しみ日記(2)キッド・子役のあれこれ
「キッズオールライト」の息子15歳を演じたジョシュ・ハッチャーソンは、4歳から映画出演をしている、いわゆる「子役あがり」。「キッズオールライト」出演時には18歳だけれど、順調に「大人の俳優」へ移行していくように思います。リバーフェニックス早死に以後、子役の成長管理は徹底するようになっている。
「わたしを離さないで」、ロケはきれいだったし、これはこれでとてもよい映画だったと思うけれど、原作を読んでから映画を見ると物足りなさが残る。子ども時代の分が大幅にカットされているせい。そりゃ、子役よりはキャリー・マリガンやキーラ・ナイトレイが大半を占めないと映画が売れないだろうから仕方ないけれど、映画を見てから原作を読んだほうが不満が残らずすんだかと思います。
その点、「トゥルー・グリット」は映画出演時14歳のヘイリー・スタインフェルドや、「サムフェア」に出演時12歳のエル・ファニング、がんばっていた。
エル・ファニング、6歳のとき英語版「となりのトトロ・ディズニー板」のメイの声を吹き替えたの、かわいい。サツキ役の姉のダコタ・ファニングといっしょに吹き替えをしているメイキングyoutube。
http://www.youtube.com/watch?v=FcMwpNidCYM
スピルバークも「子役への演出」が気にいったという『泥の河』の子役、朝原靖貴(信雄)桜井稔(喜一)柴田真生子 (銀子)の3人は、成長してから役者にならなかったようだけれど、この映画が成功した第一の要因は子役がよかったことでしょう。
今年見て来たドラマ、子役におんぶにだっこの内容が多かった。どの子も役者続ける気があるなら大事に育ててほしい。
「ダンシングチャップリン」併映の「キッド」「犬の生活」も見ました。「キッド」、子役、達者やなあ、という思うのは前に感じたのと同じ。キッド役のジャッキー・クーガン、出演時7歳。8歳のときは週給2万ドル。(当時と物価価値が違うけれど、現在の日本円への単純変換でも年収1億円くらいか)しかし母親とその再婚相手に収入の全てを浪費されてしまい、大人になったときには何も残されていなかったことで、親を提訴。それ以後、アメリカでは子役の収入を成長後の子どものために管理するクーガン法という法律ができた。
『キッド』、前に見たときと異なる感想もありました。前は「夢の天使」ドタバタシーンは無駄なんじゃないかと思いましたが、今回、これは「夢のような天国、天使のような極楽」が、実は殴り合いあり天使の羽もぼろぼろになるような、天国は天国じゃないことの風刺として必要なのだろうと思いました。
これがあるから、キッドとともに迎え入れられる豪邸のドアも、実は天国のような地獄かも知れず、単なるハッピーエンドではなくなる。ハッピーエンドを好むアメリカ人観客のためには「金持ちの実母と出会えて良かったね」というラストシーンで終わり、そうでない観客には、天使の羽もボロボロになるかもしれないという地獄へと反転する可能性を持たせるためには、必要なシーンだったのだと遅まきながら感じた次第。
天使たちのドタバタ、チャップリンに未来を予測する予知能力があったとすれば、誘惑してくる天使リタ・グレイが、やがて彼を地獄に落とすことを暗示するシーンでした。
実生活のチャップリンは「美少女趣味」で、10代美少女との恋愛&結婚を4度繰り返した。「キッド、夢の天使」シーンで彼を誘惑する天使役のリタ・グレイとも、結婚と泥沼離婚裁判という地獄を経験しています。
リタ・グレイが出版した暴露本の中に、裁判所に提出した公式文書として「彼はフェ○○オを強要した」という記録があり、当時このラテン語の意味が知られていなかったアメリカ社会で、ラテン語辞書が品切れになる騒ぎだったとか。おかげで、元はラテン語で英語経由のこの語、日本語外来語として片仮名で書いてもみな意味がわかるようになったというわけ。えっ、意味がわからない、ですって。ラテン語の語源は「吸う」という意味の動詞 fellareですよ。お勉強なさい!
と、思わぬ所でラテン語の復習もできて、お得な春庭映画談義。
<つづく>
07:26 コメント(4) ページのトップへ
2011年09月28日
ぽかぽか春庭「ダンシングチャップリン」
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記2011>夏のお楽しみ日記(3)ダンシングチャップリン
9月22日は、ミサイルママといっしょに周防正行「ダンシングチャップリン」を見ました。
96年の「Shall we ダンス?」で草刈民代と結ばれてから早15年。監督が、妻を生かす企画として選んだのが、フランスのローラン・プティがチャップリンを題材にして振り付けた「ダンシング・チャップリン(バレエ原題:「Charlot Danse avec Nous(チャップリンと踊ろう)」。
1991年の初演から主役のチャップリンを踊ってきたのは、ルイジ・ボニーノ。彼が60歳になり、肉体的に衰えないうちに映像に残したいと考え、監督が自分自身の「バレエ入門」というコンセプトで撮影したのだという。
第一幕はリハーサル風景。ダンサーたちの舞台裏60日間の記録。入念な準備運動やリフトへのダメ出し、演技への討論など。第二幕は、プティの「ダンシング・チャップリン」全20演目のうち13演目を監督が映画のために再構成・演出・撮影したもの。
監督はローラン・プチに「警官たちのダンスは公園で撮りたい」と提案したのだけれど、老振り付け師は「全部スタジオで撮らなければダメ」と拒否。「舞台中継のように撮るのだけは避けたい」という監督もお手上げ状態。
どのようにプチを説得したのかは第一幕で語られていなかったけれど、結果、公園でとった警官達のダンスが一番いきいきした踊りに感じられました。プチはパソコンでラッシュを見て涙をぬぐっていましたから、OKが出たと言うことでしょう。
すでに舞台ではバレリーナを引退し、女優業に専念することになった草刈民代ですが、『ダンシング・チャップリン』では、『街の灯』の盲目の花売り娘、『キッド』のキッド役など、7役をバレーダンサーとして演じました。
草刈はこの映画が「私のラストダンス」というのだけれど、マーゴ・フォンテーンは58歳で引退するまで踊り続けたし、森下洋子も現在63歳で現役ダンサー。それを思えば、あと10年はいける気がするのだけれど。バレエダンサーは激しい肉体消耗の仕事だから、46歳でバレリーナ引退というのも仕方ないのでしょう。
私とミサイルママは「80歳まで踊り続けようね」と誓い合っているのだけれど。
監督は、さすがにバレエシーンでは草刈を美しく撮っている。そして、リハーサル部分では、たくましく強くかしこい妻の姿も映し出していて、「うふふ、監督、妻にベタ惚れですなぁ」という感じでした。
「黄金狂時代」のバーで踊る女、「キッド」の男の子役、「街の灯り」の花売り娘役、どれも魅力的な草刈民代でした。
チャップリン役のルイージ・ボニーノはこの役を初演以来170回以上演じていると第一幕リハーサル風景の中で草刈が紹介している通り、達者な動き。「チャップリンの物まねは避けたい」というボニーノですが、チャップリンの「微笑みと一粒の涙」を身体と表情で表現していたと思います。
後期授業がはじまって、映画を見る時間も無くなってきましたが、10月は『軽蔑』11月は『ブラックスワン』を見る予定です。
<つづく>
2011/09/30
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記2011>夏のお楽しみ日記(4)映画「小学1年生」
岩波ホールで「おじいさんと草原の小学校(原題:The First Grader小学1年生)」、を見ました。
この映画は、ギネスブックにも掲載されて世界中で話題になった80代で小学校に入学したケニア片田舎のおじいさん、キマニ・ンガンガ・マルゲKimani Ng'ang'a Marugeの実話をもとにしています。
2005年9月に、マルゲは国連ミレニアム・サミットで初等教育無料化の重要性を訴えるためにニューヨークで演説しました。
84歳の小学生キマニ・マルゲの姿を伝えるニュース番組。
http://www.youtube.com/watch?v=z1RcBZSS9oI&feature=related
夫が「実際のケニアとは違う気がしたけど」と、見て来た感想を述べていたのですが、パンフレットを買って確かめたところ、ロケ地は南アフリカでした。映画が撮影された頃、主人公マルゲが通っていた小学校のあるエルドレッド近辺は、部族の対立が大きくなり、映画ロケ地としては適切ではなかったからだろうと思います。実在のマルゲも、部族対立の選挙暴動により資産を失ってしまったそうです。
映画は実話とはだいぶ話が違っていて、よりドラマチックに仕立てられている分、ケニアの現実から見ると不自然な部分もありました。でも、実話とは別のドラマと思えばよし。いい映画でした。
実際には、ケニアでマルゲおじいさんがあれだけ英語が話せたのなら、マウマウ団(ケニア独立運動の一団)であったことへの補償について全く知らずに80歳まですごすことは難しいだろうと思います。戦地から帰って田舎で孤独に暮らす日本のおじいさんが、軍人年金受領について全く知らずに生きて行くことが難しいのと同じことです。ケニアの人たち、隣近所や一族での助け合い精神が旺盛なので、いくらマルゲが孤独に暮らす独り者だったとしても、マウマウ団の戦士に補償金が出ていたことを、彼に知らせないってことはないからです。
まあ、そこは英国映画であってケニア映画でないのでしかたありません。
実在のマルゲは孫30人がいたのですが、映画では白人に妻を虐殺されたのち、生涯孤独な生活をおくったように描かれていたし、マルゲの担任の先生はとっても美人。パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで占い師ティア・ダルマを演じたナオミ・ハリス。
映画の公式サイト
http://84-guinness.com/
映画では、マルゲおじいさんはちゃんと通じる英語を話し、英語圏観客用にスワヒリ語部分に英語の字幕をつけるところは最小限におさえてありました。(欧米の客は字幕を読む映画に慣れていなくて、外国語映画のほとんどは吹き替え板になる)。
見ていてわかったことのひとつ。私はスワヒリ語をすっかり忘れていて、理解できるのは挨拶程度であり、映画のスワヒリ語会話の部分、字幕を見ないとまったく理解できませんでした。日頃、「私は英語は下手ですが、スワヒリ語ができます」と留学生に言っていて、「私の英語は、スワヒリ語なまりのブロークンイングリッシュ」と言い訳していたのに、スワヒリ語もまったくダメなことがわかって、これからブロークンイングリッシュの言い訳をどうしようか。
<おわり>
ぽかぽか春庭「キッズオールライト」
2011/09/25
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記2011>夏のお楽しみ日記(1)キッズオールライト
夏休みのあいだ、ビデオでとっておいた映画や舞台中継の録画を見たり、映画館出かけたり、映画三昧というほどではないのですが、この3年間に比べればかなりの本数を見ました。
劇場中継の再録。「墨東綺譚」「にごり江」「放浪記」など。劇場チケットは高いので、テレビ録画で見るしかないけれど、舞台はやはり生で見たいと思います。
映画の録画は、BSでやっている「山田洋次監督が選んだ日本の名作百選」が中心です。名作を百作選ぶとして、選出基準は人により様々でしょうが、これまでに見逃していた映画もたくさん放映され、これまで何度も見た映画をもう一度みるのも、名作であるという評判を知っていても見たことがなかった作品も、新鮮な気持ちで見ることができました。
私は機械操作が苦手で、ビデオの録画予約も娘息子にいちいち頼むので、頼むのを忘れてしまったり、タブロクできないビデオなので「こっちのドラマを録画するから、この映画は録画できない」と、テレビチャンネル権を主張する娘に却下されてしまったり、見逃した映画も何本か。ジュディ・ガーランドの「オズの魔法使い」とか、アンソニー・クインの「その男ゾルバ」など、何度か見ているのだけれど、もう一度見たいと思っていたのに、録画できなかったのもたくさんあります。
録画して見ることができたのは、「雨月物語」「乳母車」「狂った果実」「めし」「煙突の見える場所」「名もなく貧しく美しく」「若者たち」「にごりえ」「浮雲」「ウホッホ探険隊」「午後の遺言状」「男と女」「サウンドオブミュージック」「若草の燃える頃」など。
飯田橋ギンレイホールは、夫の事務所の「福利厚生用」の映画カードがあるので、毎月4本は見にいきます。この夏の上映作品、ソフィア・コッポラ2010「SOMEWHERE」、イギリス マイケル・アプテッド2006「アメイジング・グレイス」、ファティ・アキン2009 「ソウル・キッチン」、マーク・ロマネク2010「わたしを離さないで」、ハル・アシュビー1971「ハロルドとモード 少年は虹を渡る」、ジョエル・コーエン&イーサン・コーエン2010 「トゥルー・グリット」、大森一樹 2010 「津軽百年食堂」、大森立嗣2010「まほろ駅前多田便利軒」、リサ・チョロデンコ「キッズ・オールライト」、周防正行2010「ダンシングチャップリン」などを見ました。
「津軽百年食堂」、ご当地観光映画としても、もうちょっと何とかならんかったのか。景色はきれいですし、オリエンタルラジオの中田敦彦・藤森慎吾もけっこうがんばっていたのですけれど。蕎麦屋も写真館も「オヤジの跡を継いで地元産業復興にかける若者像」という「ラストのクレジットにずらりと居並ぶ、議員さんだの地元有力者たちには大受け」のストーリーが、あまりにも出来合いっぽい。
「キッズオールライト」ママがふたりと息子と娘の家庭というので期待して見たのだけれど、ママふたりは完全に夫役割(女医)と妻役割(仕事を始めたがっている専業主婦)を分担していて、従来の家庭争議と何ら変わりなくて、これじゃ家庭というのは男女であっても女女であっても、役割分担を持つ家庭である以上同じような問題を抱えてしまうもんなんだなあという感想しか持てない。夫役割の女医さんは、自分の稼ぎで一家を支えていることに誇りを持ち、家庭内を支配したがるし、妻役割は専業主婦であることに飽きたらず、自己表現&浮気をしたがる。ジュリアン・ムーアの浮気シーンも色っぽくなくて、「仕事をして自立したいのを夫(役割)に押さえ込められている不満」の発散にしか見えないので、さて、これじゃ、浮気を反省してモトサヤに収まるのだろうと思っているとそうなるし。
「キッズオールライト」、「ママふたり」の家庭を「ごくフツウ」に受け止めて素直に育った子どもふたり。成長過程での葛藤はまったくなかったように描かれているのだけれど、本当にアメリカ西海岸では、「ママふたり家庭」がごく普通に受け止められているのかしら。日本だとたちまちイジメに遭いそうだ。ちょっとでも「フツー」と変わっているとイジメの対象になっちまう。フクシマから転校してきた子に、「ホウシャノー」というあだ名をつけていじめるという国ですから。
18歳までにひたすら勉強に打ち込んできて一流大学に入学する娘ジョニ(ミア・ワシコウスカ)。アメリカ西海岸に暮らしていながら高校卒業までステディボーイフレンドなしにすごしたというのは、ママふたりという家庭の「せい」か「おかげ」か。ママふたりとも、息子が親友と「もうヤッタのかどうか」を気にしているくせに、娘が「まだ」なのをまったく気にしていないのは、どうなん?
「女・女」のカップルが築いた家庭でも、専業主婦の自己確立志向と子どもの自立志望が重なると、同じような問題が起こる。アイデンティティ確立期に「生物学上の父親探し」したくなる子どもの気持ちは当然のこと。そこからひと悶着が起こる。セックスフレンドと楽しくその日を暮らしていればよかった精子ドナー父が、子どもと過ごしたくなってしまい、女医ママは彼が家庭に入り込むことに拒否反応を起こす。逆に主婦ママは彼と意気投合してしまう。
アメリカ映画は、「パートナーがどちらも自立し、かつ支え合う」という家庭を描いても受けないのかと思う。あるいは、「女・女」の家庭生活をフツウに描くには、フツウの家庭で起きる問題という体裁をとるのが一番受け入れられやすいスタイルだったのか。フェミニストたちの受けはどうだったのだろうか。
映画の中で、女医ママ&主婦ママがベッドで「男&男カップルポルノ」を見ていることが息子にばれてしまったときのいいわけ「女女カップルのポルノを演じているのはストレートのAV女優のことが多くてウソッポいから興奮できない」
じゃ、この映画を見て本当のレズビアンカップルは「ウォーレン・ベイティと結婚しているアネット・ベニングやバート・フレインドリッチと結婚しているジュリアン・ムーアがレズビアン演じてもうそっぽい」と感じたかどうか。ストレートの私からみると日常生活での演技はとてもよかったと思うのだけれど、ベッドシーンはうそっぽかった。
<つづく>
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2011年09月27日
ぽかぽか春庭「キッド・子役のあれこれ」
2011/09/27
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記2011>夏のお楽しみ日記(2)キッド・子役のあれこれ
「キッズオールライト」の息子15歳を演じたジョシュ・ハッチャーソンは、4歳から映画出演をしている、いわゆる「子役あがり」。「キッズオールライト」出演時には18歳だけれど、順調に「大人の俳優」へ移行していくように思います。リバーフェニックス早死に以後、子役の成長管理は徹底するようになっている。
「わたしを離さないで」、ロケはきれいだったし、これはこれでとてもよい映画だったと思うけれど、原作を読んでから映画を見ると物足りなさが残る。子ども時代の分が大幅にカットされているせい。そりゃ、子役よりはキャリー・マリガンやキーラ・ナイトレイが大半を占めないと映画が売れないだろうから仕方ないけれど、映画を見てから原作を読んだほうが不満が残らずすんだかと思います。
その点、「トゥルー・グリット」は映画出演時14歳のヘイリー・スタインフェルドや、「サムフェア」に出演時12歳のエル・ファニング、がんばっていた。
エル・ファニング、6歳のとき英語版「となりのトトロ・ディズニー板」のメイの声を吹き替えたの、かわいい。サツキ役の姉のダコタ・ファニングといっしょに吹き替えをしているメイキングyoutube。
http://www.youtube.com/watch?v=FcMwpNidCYM
スピルバークも「子役への演出」が気にいったという『泥の河』の子役、朝原靖貴(信雄)桜井稔(喜一)柴田真生子 (銀子)の3人は、成長してから役者にならなかったようだけれど、この映画が成功した第一の要因は子役がよかったことでしょう。
今年見て来たドラマ、子役におんぶにだっこの内容が多かった。どの子も役者続ける気があるなら大事に育ててほしい。
「ダンシングチャップリン」併映の「キッド」「犬の生活」も見ました。「キッド」、子役、達者やなあ、という思うのは前に感じたのと同じ。キッド役のジャッキー・クーガン、出演時7歳。8歳のときは週給2万ドル。(当時と物価価値が違うけれど、現在の日本円への単純変換でも年収1億円くらいか)しかし母親とその再婚相手に収入の全てを浪費されてしまい、大人になったときには何も残されていなかったことで、親を提訴。それ以後、アメリカでは子役の収入を成長後の子どものために管理するクーガン法という法律ができた。
『キッド』、前に見たときと異なる感想もありました。前は「夢の天使」ドタバタシーンは無駄なんじゃないかと思いましたが、今回、これは「夢のような天国、天使のような極楽」が、実は殴り合いあり天使の羽もぼろぼろになるような、天国は天国じゃないことの風刺として必要なのだろうと思いました。
これがあるから、キッドとともに迎え入れられる豪邸のドアも、実は天国のような地獄かも知れず、単なるハッピーエンドではなくなる。ハッピーエンドを好むアメリカ人観客のためには「金持ちの実母と出会えて良かったね」というラストシーンで終わり、そうでない観客には、天使の羽もボロボロになるかもしれないという地獄へと反転する可能性を持たせるためには、必要なシーンだったのだと遅まきながら感じた次第。
天使たちのドタバタ、チャップリンに未来を予測する予知能力があったとすれば、誘惑してくる天使リタ・グレイが、やがて彼を地獄に落とすことを暗示するシーンでした。
実生活のチャップリンは「美少女趣味」で、10代美少女との恋愛&結婚を4度繰り返した。「キッド、夢の天使」シーンで彼を誘惑する天使役のリタ・グレイとも、結婚と泥沼離婚裁判という地獄を経験しています。
リタ・グレイが出版した暴露本の中に、裁判所に提出した公式文書として「彼はフェ○○オを強要した」という記録があり、当時このラテン語の意味が知られていなかったアメリカ社会で、ラテン語辞書が品切れになる騒ぎだったとか。おかげで、元はラテン語で英語経由のこの語、日本語外来語として片仮名で書いてもみな意味がわかるようになったというわけ。えっ、意味がわからない、ですって。ラテン語の語源は「吸う」という意味の動詞 fellareですよ。お勉強なさい!
と、思わぬ所でラテン語の復習もできて、お得な春庭映画談義。
<つづく>
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2011年09月28日
ぽかぽか春庭「ダンシングチャップリン」
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記2011>夏のお楽しみ日記(3)ダンシングチャップリン
9月22日は、ミサイルママといっしょに周防正行「ダンシングチャップリン」を見ました。
96年の「Shall we ダンス?」で草刈民代と結ばれてから早15年。監督が、妻を生かす企画として選んだのが、フランスのローラン・プティがチャップリンを題材にして振り付けた「ダンシング・チャップリン(バレエ原題:「Charlot Danse avec Nous(チャップリンと踊ろう)」。
1991年の初演から主役のチャップリンを踊ってきたのは、ルイジ・ボニーノ。彼が60歳になり、肉体的に衰えないうちに映像に残したいと考え、監督が自分自身の「バレエ入門」というコンセプトで撮影したのだという。
第一幕はリハーサル風景。ダンサーたちの舞台裏60日間の記録。入念な準備運動やリフトへのダメ出し、演技への討論など。第二幕は、プティの「ダンシング・チャップリン」全20演目のうち13演目を監督が映画のために再構成・演出・撮影したもの。
監督はローラン・プチに「警官たちのダンスは公園で撮りたい」と提案したのだけれど、老振り付け師は「全部スタジオで撮らなければダメ」と拒否。「舞台中継のように撮るのだけは避けたい」という監督もお手上げ状態。
どのようにプチを説得したのかは第一幕で語られていなかったけれど、結果、公園でとった警官達のダンスが一番いきいきした踊りに感じられました。プチはパソコンでラッシュを見て涙をぬぐっていましたから、OKが出たと言うことでしょう。
すでに舞台ではバレリーナを引退し、女優業に専念することになった草刈民代ですが、『ダンシング・チャップリン』では、『街の灯』の盲目の花売り娘、『キッド』のキッド役など、7役をバレーダンサーとして演じました。
草刈はこの映画が「私のラストダンス」というのだけれど、マーゴ・フォンテーンは58歳で引退するまで踊り続けたし、森下洋子も現在63歳で現役ダンサー。それを思えば、あと10年はいける気がするのだけれど。バレエダンサーは激しい肉体消耗の仕事だから、46歳でバレリーナ引退というのも仕方ないのでしょう。
私とミサイルママは「80歳まで踊り続けようね」と誓い合っているのだけれど。
監督は、さすがにバレエシーンでは草刈を美しく撮っている。そして、リハーサル部分では、たくましく強くかしこい妻の姿も映し出していて、「うふふ、監督、妻にベタ惚れですなぁ」という感じでした。
「黄金狂時代」のバーで踊る女、「キッド」の男の子役、「街の灯り」の花売り娘役、どれも魅力的な草刈民代でした。
チャップリン役のルイージ・ボニーノはこの役を初演以来170回以上演じていると第一幕リハーサル風景の中で草刈が紹介している通り、達者な動き。「チャップリンの物まねは避けたい」というボニーノですが、チャップリンの「微笑みと一粒の涙」を身体と表情で表現していたと思います。
後期授業がはじまって、映画を見る時間も無くなってきましたが、10月は『軽蔑』11月は『ブラックスワン』を見る予定です。
<つづく>
2011/09/30
ぽかぽか春庭十一慈悲心鳥日記2011>夏のお楽しみ日記(4)映画「小学1年生」
岩波ホールで「おじいさんと草原の小学校(原題:The First Grader小学1年生)」、を見ました。
この映画は、ギネスブックにも掲載されて世界中で話題になった80代で小学校に入学したケニア片田舎のおじいさん、キマニ・ンガンガ・マルゲKimani Ng'ang'a Marugeの実話をもとにしています。
2005年9月に、マルゲは国連ミレニアム・サミットで初等教育無料化の重要性を訴えるためにニューヨークで演説しました。
84歳の小学生キマニ・マルゲの姿を伝えるニュース番組。
http://www.youtube.com/watch?v=z1RcBZSS9oI&feature=related
夫が「実際のケニアとは違う気がしたけど」と、見て来た感想を述べていたのですが、パンフレットを買って確かめたところ、ロケ地は南アフリカでした。映画が撮影された頃、主人公マルゲが通っていた小学校のあるエルドレッド近辺は、部族の対立が大きくなり、映画ロケ地としては適切ではなかったからだろうと思います。実在のマルゲも、部族対立の選挙暴動により資産を失ってしまったそうです。
映画は実話とはだいぶ話が違っていて、よりドラマチックに仕立てられている分、ケニアの現実から見ると不自然な部分もありました。でも、実話とは別のドラマと思えばよし。いい映画でした。
実際には、ケニアでマルゲおじいさんがあれだけ英語が話せたのなら、マウマウ団(ケニア独立運動の一団)であったことへの補償について全く知らずに80歳まですごすことは難しいだろうと思います。戦地から帰って田舎で孤独に暮らす日本のおじいさんが、軍人年金受領について全く知らずに生きて行くことが難しいのと同じことです。ケニアの人たち、隣近所や一族での助け合い精神が旺盛なので、いくらマルゲが孤独に暮らす独り者だったとしても、マウマウ団の戦士に補償金が出ていたことを、彼に知らせないってことはないからです。
まあ、そこは英国映画であってケニア映画でないのでしかたありません。
実在のマルゲは孫30人がいたのですが、映画では白人に妻を虐殺されたのち、生涯孤独な生活をおくったように描かれていたし、マルゲの担任の先生はとっても美人。パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで占い師ティア・ダルマを演じたナオミ・ハリス。
映画の公式サイト
http://84-guinness.com/
映画では、マルゲおじいさんはちゃんと通じる英語を話し、英語圏観客用にスワヒリ語部分に英語の字幕をつけるところは最小限におさえてありました。(欧米の客は字幕を読む映画に慣れていなくて、外国語映画のほとんどは吹き替え板になる)。
見ていてわかったことのひとつ。私はスワヒリ語をすっかり忘れていて、理解できるのは挨拶程度であり、映画のスワヒリ語会話の部分、字幕を見ないとまったく理解できませんでした。日頃、「私は英語は下手ですが、スワヒリ語ができます」と留学生に言っていて、「私の英語は、スワヒリ語なまりのブロークンイングリッシュ」と言い訳していたのに、スワヒリ語もまったくダメなことがわかって、これからブロークンイングリッシュの言い訳をどうしようか。
<おわり>