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ぽかぽか春庭「梅の宴蘊蓄」

2019-04-09 00:00:01 | エッセイ、コラム
20190413
ぽかぽか春庭ことばのYaちまた>令和(2)梅の宴蘊蓄
 
 桜満開のあと花冷えの日が続き、今年は満開を例年よりは長く楽しむことができました。さすがに花散らしの雨のあと、花の時節もすぎました。
 しかしながら今年の春、世間は当分「梅」の話題がにぎやかになりそうです。

 時ならず、九州大宰府へのお参りが急増。例年大賑わいは初もうで時期なのに、今年は「大伴旅人が梅の宴をした場所を見たい」という野次馬が押し寄せているとニュースで見ました。いえいえ、野次馬と言っては申し訳ない。日本の古式ゆかしい文化にひたるよき臣民たち。
 本屋では万葉集第二巻が大いに売れています。「令和」の出典となった梅の歌三十二首と序文の漢文が出ているからです。

 娘と息子の「令和」についての会話。
 「コンピュータの年号変換するプログラマーとか、ハンコ屋とか、もうかりそうな業種は予想していたけれど、正解は万葉集売っている出版社の株を買う、だったなあ」「それが予想できなかった我らに株をやる才能なし」

 たしかに、首相が「出典には日本の古典からも考慮」とか言い出した時点で日本書紀とか万葉集あたりを出版している会社にあたりをつけておくべきでした。
 令和になっても、株にも利殖にも縁なしの貧乏生活続きそうな我が家です。

 万葉集の俄かな売れぐあい。新元号「令和」の出典が、万葉集第二巻の「梅花(うめのはな)の歌」三十二首の序文」であることを、皆が確認したいのだと思いますが、全巻とはいわず、どの巻でもいいから、読んでほしい。

 令和の出典については、そこらじゅうに解説が出ているので、今さらの感もありますが、春庭流の蘊蓄を。

 「令和」は、大伴旅人(おおとものたびと。万葉集編纂者とみなされている大伴家持の父)が、730(天平2)年の正月に大宰府で開いた梅見の宴会に招いた客32人がそれぞれ梅の和歌を詠んだ、その序文が出典だそうです。序文を書いたのが旅人本人だったか、息子家持が万葉集を編集するとき書いたのかは不明。

 「令和」発表後の記者会見で、首相は「これまでは中国の典籍を出典としてきたが、今回は万葉集を出典とした」と自信満々でした。
 首相がどこまで万葉集原典の説明を受けたのかは不明ですが、この梅宴の序文は漢文で書かれており、しかもこの文章は、中国の古典「文選」を踏まえたものです。

 天平二年正月十三日 萃于師老之宅、申宴会成、于時、初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香
(天平二年正月十三日 師の老の宅に萃まりて宴会を申く。時に初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす。

現代語訳:今まさに初春のよき月、気はきよらかで風はおだやか。梅は鏡の前でおしろいをつけたように咲き、蘭は身に帯びた香りのように香っている(春庭拙訳)

 この「梅花(うめのはな)の歌三十二首の序文」は、後漢時代の張衡(78-139)の著作「帰田賦・文選巻十五)」にある句を引用しています。
「仲春令月、時和気清 (仲春の令月、時和し気清らかなり)」現代語訳:春もたけなわのよき月、時はなごやかであたりは清らかです

 張衡は、文学者としてもすぐれていましたが、古代中国では科学者、発明家として代表的な人物。発明品としてよく知られているのは、世界初の地動儀(132年)。500キロ離れた土地の地震も感知できる器械でした。文学作品として「帰田賦」のほか「東京賦(洛陽を描写)」「西京賦(長安を描写)」「四愁詩」「同声歌」など。

 漢字が日本に伝えられて以後、飛鳥奈良京都の貴族にとって、『文選』は基本中の基本の本。どこからでも引用ができるようでなければ、官僚も務まりませんでした。
 一方、現代では。
 万葉集をまともに読んだことはない、どころか「みぞうゆう未曽有」だの「でんでん云々」だのと公の場で言っても大臣が務まる時代です。

 せめてこの機会に、万葉集の第1巻と2巻だけでも、本を読む人が増えるのは大歓迎です。万葉仮名(当て字漢字)で書かれていることだけでも知ることは、日本語について思いめぐらす元になります。

 たいていの人は、教科書に出ていた漢字かな交じり表記になっている万葉集の数首を眺めただけです。額田王の船出の歌と持統女帝の衣ほしたりの歌とか。
 この際に「日本文化の元」となった本は、全部漢字で書かれていることを知りましょう。

 万葉集第一巻のはじめの一首は、雄略天皇を詠み手として仮託しています。(広く知られてきた求婚の古歌だったと思われる)
篭毛與 美篭母乳 布久思毛與 美夫君志持 此岳尓 菜採須兒 家告閑 名告紗根 虚見津 山跡乃國者 押奈戸手 吾許曽居 師吉名倍手 吾己曽座 我許背齒 告目 家呼毛名雄母こもよ みこもち ふくしもよ みぶくしもち このをかに なつますこ いへのらせ なのらさね そらみつ やまとのくには おしなべて われこそをれ しきなべて われこそをれ われにこそは のらめ いへをもなをも

 この万葉仮名の崩し字から草仮名が生まれ、平仮名が成立しました。
 この漢字当て字で自国の発音を書き記す方法は、朝鮮半島で行われていた古代朝鮮語を漢字で書き表す方法「吏読(りとう이두イドゥ)」が渡来人によって伝えられたものと思われます。

 万葉集は、わが国最初の歌集であり、国の宝と思いますが、その成立には、さまざまな文化の流入があったゆえであることをまず知っておきたいと思います。
 そして、万葉、古今新古今と続く和歌の流れの中にも、源氏物語枕草子の和文の中にも、漢字文化の影響をうかがうことができます。

 万葉集の時代から、知識人はみな漢詩漢文の知識を持っており、平安文学の清少納言も紫式部も、女性ながら漢詩漢文に通じていたことを枕草子や紫式部日記に書き残しています。
 枕草子の「香爐峰の雪」は。
 白居易の
 日高睡足猶慵起
 小閣重衾不怕寒
 遺愛寺鐘欹枕聽
 香爐峰雪撥簾看
 匡廬便是逃名地
 司馬仍爲送老官
 心泰身寧是歸處
 故郷何獨在長安

 「香爐峰の雪は御簾をかかげて見る」を、中宮定子も清少納言もそらんじていたから、さっと御簾を上に巻き上げて外の雪を眺めることができたのです。

 首相は「我が国の悠久の歴史、香り高き文化、四季折々の美しい自然。こうした日本の国柄はしっかりと次の時代に引き継いでいくべきであると考えています。」と記者会見で述べています。

 我が国の歴史や文化、自然を大切にして次の時代に引き継いでいくべきである、というのは、その通りです。しかし、現実には原発放射能はいまだにフクシマから取り去ることはできず、自然を破壊しています。引き継いでいくべき日本の文化を大切にしていないのは、だれなのか。

 「中国典籍ではなく、日本の古典を出典にしたい」と、首相が強調したことに、違和感を覚えました。
 戦前の政治家や軍人が「伝統の、、、」とか、「周辺諸国とは異なる我が国独自の、、、、」と強調しだしたあとのことが繰り返されるかと。
 さきの大戦中、兵士が戦場に携えていくときの一番人気は『万葉集』でありました。軍の検閲にひっかからない最も適切な「ますらおぶり」の本でした。暗記すべき箇所は「大君の辺にこそ死なめかへり見はせじ」

 出典「万葉集」と言っても、結局のところ、選ばれた部分は漢文であり、中国の『文選』を引用した語句でした。
 「令」も中国語由来であるし、「令和」の出典はもとをただせば文選なのに、「日本の万葉集が出典である」と強調したがることの意味することはなにか、と深読みしたくなります。

 私は万葉集大好きです。万葉仮名をチェックしたのは巻一と東歌の部分だけで、あとは漢字かな交じり文にしたものを読んだのですが、一応全巻の歌を読みました。

 「我が国の誇り高き文化が、、、」というなら、「種々の文化を取り入れて融合してきたわが国の文化が、、、」と言ってほしいです。
 我が国は雑種文化(by加藤周一)。雑種という語の響きが悪いなら、「融合文化」はいかがでしょう。音楽分野ではフュージョンは定着していますから、カタカナ語のフュージョンカルチャーのほうが、若い世代にはわかりやすいかもしれません。

 いろんなものが混じった文化によって日本の社会文化は成立し、いろんな語彙をとりいれて日本語は日本語として成り立っている。
 日本の文化は、さまざまな文化の影響を受けながら、それを自分のものとして受け入れ新しいものを作り上げてきた、ということです。

 今回の出典から思うこと。
 日本の文字文化は、漢字の使用によって発達し、中国漢詩漢文の影響下に成り立ってきた、ということです。明治の露伴鴎外漱石にしても、昭和の中島敦武田泰淳井上靖、みな漢文の素養が文学の基礎となっています。
 私のような漢文の素養のない世代にとっても、一番大事なことは何か。現代日本語語彙の70%は、中国由来の漢字熟語だということです。

 第一に「令和」の「レイ」という発音。古来の日本語には、「らりるれろ」が語頭に来る語彙はありませんでした。現在日本語で使われているラ行のことばは、ほとんどが漢語か外来語です。りす、りんどうも中国語から。
 令和の考案者と噂されている中西進は、むろんのこと、令という語は本来の日本語古語にはなかった語であったことは承知でしょう。
 
  令和は「世界各地の文化を取り入れ融合してきた日本の混種文化の伝統」を示す語であると、私は思います。

 春、4月。さまざまな花が咲きそろいます。首相も記者会見で話したとおり、ひとつひとつの花がそれぞれきれいなんです。「日本古来の花を美しい花とする」なんてことを言いだしたら、チューリップもコスモスもひまわりも、みんな元は日本の花ではない。
 そもそも、出典となっている万葉集の梅の宴。梅だって、1500年ほど前、中国に朝貢するようになると、貴重な薬として「烏梅(焼いて黒くした梅の実)」が伝わった外来の植物。飛鳥奈良時代には飛鳥奈良周辺にも梅の木が植えられ、花を咲かせるようになった、外来の花木です。

 日本は、さまざまな言葉を取り入れ、さまざまな花を野に咲かせ、自然も文化もできあがってきました。新元号の「令和」は、「外来の移入と混成こそが日本文化の基本」ということを表している」ということを、皆で認識する機会だと思います。

 2019年4月1日から、「改正入管法」が施行されます。事実上の「移民法」施行によって、今後、日本は(事実上の)移民国家となります。
 日本で働く人々が「日本の安全と文化」を、きちんと享受でき、真の共生社会国家をつくりあげてほしいです。奴隷のように働かせるだけ働かせて、何の補償もなく、子女の教育もしない、ということのないように。外国の労働者を受け入れるなら、その子弟は「日本語教育と母語教育の両方をきちんと受けられるようにしてほしい」というのが、春庭の春の願い。
 現在の改正入管法は抜け穴だらけで、これから日本は「外国人マフィア支配」の裏社会国家になっていく、とまで心配する人もいます。私は仕事を通じて共生社会をめざしますが、私の知り合いのひとりは、「日本人店員がひとりもいないコンビニで買い物したくない」と言っていますし、「美しいハーモニー」の令和は、ほとほと遠い気がします。

 令和に決まった元号。私としては、お笑い芸人にしてクイズ大得意のカズレーザーにお祝いを言いたいと思います。本名:金子和令(かねこかずのり)。相方のアンドーナツといっしょに、これで当分ネタが作れる。逆立ちして「和令」をかかげ、「本名かずのりです」と名乗りをする芸を身につけたらどうだろうか。アンドーナツのつっこみどうしようか。

<つづく>
コメント
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