20190402
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>2019十九文屋日記4月(1)罪とバツ
新元号が発表されました。「令和」
元号に「令」の字が使われるのは初めてということですが、「和」のほうは20回目とか。どことなく使いまわしの感じがする「昭和のスタル爺」を抱きしめている人たちに喜ばれそうな。
私は、内閣発表の15分前12時25分に知りました。中国のネットには出回っている、ということを中国人から教わりました。どうして日本でのプレスリリースより先に中国ネットに流れるのかはわかりませんが。
代替わりに伴うさまざまな行事の中、一般にはあまり論評されていないことのひとつに、「恩赦」実施があります。平成の恩赦では、昭和天皇大喪と新天皇即位に伴って1277万人に恩赦が出されました。
恩赦を受けるのは、選挙違反者などの「被害者が個人的な処罰感情を持っていない罪」に限られるようです。
私は袴田巌さん(83)の恩赦申請が通ればいいなあと思っています。死刑判決後、冤罪無実を訴えてきましたが、東京高裁は再審要求を棄却しました。袴田さんの健康状態を考慮して、恩赦がでるといいのですが。
選挙違反で服役している人がいたとして、そういう人には恩赦ださなくてもいいから、冤罪に耐え、現在健康状態が懸念される袴田さんが安心して余生をすごせるようにしてほしい。
2013年12月、長野県安曇野市の特別養護老人ホームで、女性入所者(当時85)がおやつをのどに詰まらせ、1カ月後に死亡したとされる事件がありました。介護にあたっていた准看護師の女性が業務上過失致死の罪に問われました。
食事の介助中に、高齢女性に十分な注意を払わなかったなどとして、長野地裁松本支部(野沢晃一裁判長)は3月25日、有罪判決を出しました。
複数の高齢者の食事を、少ない人数で介護していく現場。実は、同様の事故は、どの介護施設でも起きていないところはなく、無罪を願う署名は14万5千筆集まったそうです。被告側の「女性は脳梗塞により死亡」という主張は退けられました。
介護の現場は、「介護の仕事が罪に問われる結果になるなら、だれも介護の仕事などしない」と懸念しているそうです。
私の姉の長女も、シングルマザーとして4人の子を育て上げるため介護の仕事を続けてきましたから、私も、この裁判に関心を寄せてきました。
料理上手な姪は、おもに調理の仕事を受け持っているというのですが、食事介助もあると思います。
介護人が施設入居の高齢者に暴力をふるった、などは論外ですし、親が暴力を重ねて10歳の娘を死なせた事件など、やりきれない事件が続きます。介護の現場、児童養育の現場、さまざまな事故や事件が続いています。
北九州の病院で起きた「看護師による高齢者の爪剥がし」と呼ばれた事件では、一審で有罪になったのち、二審では無罪判決が出されました。典型的な冤罪事件と言われています。警察の執拗な追及に耐えられず、警察が作った供述書を認める自供をしてしまい、一審有罪となったのですが、有能な弁護士を得て無罪を勝ち取りました。
医療行為として高齢者の爪切りを施術したら、もろい爪のため出血してしまったという事態が、警察によって「爪をはがす虐待」として扱われたのです。無罪となっても、罪人として扱われた歳月に負った心の傷は残ります。
私も、万が一冤罪逮捕されたとき、家族のことなど持ち出されて「罪を認めれば軽い罰で済むから」なんていわれたら、警察が作った自白文に署名してしまうかもしれない。弱い人間ですから
人の罪とは何か、ということを考える春でした。
フィギュアスケートを見ていて、トーニャ・ハーディングによるナンシー・ケリガン襲撃事件を思い出したのも、その一環。
トーニャは罪を認め、服役し賠償もしました。しかし、1991年に女子選手として史上2人目のトリプルアクセルを成功させたスケートの実績が顧みられることはなく、スケート選手として復活はできませんでした。(史上初トリプルアクセルは1989年伊藤みどり)
同じ罪でも国によってその扱いはことなるし、罰の与え方はさまざまです。
一国の法律や規則は、その国の国民が納得する形で民主的に決めればいいことなので、外国の法律や規則がどうであれ、同じにしたほうがいい、ということはありません。
また、現在施行されている法律がすべて正しい、ということもないし、どんな悪法であれ法律違反は断罪すべき、ということも、ないと思います。法律は変わりますし、法解釈も変わります。悪法は、変える努力をしなければ。
「姦通罪」もそのひとつ。江戸時代、夫以外の男と妻の現場を見つけた夫は、両者を殺しても罪になりませんでした。1880(明治13)年の明治刑法でも、妻だけが姦通罪を負わされました。姦通罪が廃止されたのは、男女平等が憲法に記された1947年になってから。
現在世界の中では、さまざまな性自認を認める方向になってきて、同性愛者の法的結婚を認める国も増えてきました。世界198ヵ国の国連加盟国のうち、25ヵ国は法的に同性婚を認め、登録パートナーシップを認めている国を入れると、50ヵ国が同性パートナーを認めています。日本はまだ少数の自治体レベルで同性カップルの権利を法的結婚と同じように扱う、としたところも出てきましたが、国全体ではまだまだ。
フィギュアスケート界では、ジョニー・ウィアーやアダム・リッポンが同性愛者であることを表明しています。
しかし、同性との性行為を違法とし、見つかると死刑が適用される地域も残っています。おもにイスラム圏の国です。中国では、同性愛を犯罪行為とする法律は1997年に撤廃されました。しかし、異性カップルと同じ法的保護は与えられていないのです。社会の目は、まだまだ同性カップルを異端視しています。
2018年10月17日に、G7メンバーの国のなかで真っ先に、カナダが「全国で、大麻を合法とする」となりました。2001年に医療用大麻が合法化されたのち、社会の情勢を見て、医療用のほか、娯楽用として解禁して問題ないと判断されたためです。韓国では医療大麻が解禁されましたが、いずれカナダのあとに続くでしょう。
アメリカ合衆国は州によって大麻使用の非合法合法が分かれています。2018年の状況では、50ある州のうち、合法州は9州+ワシントンDCでしたが、2019年にはさらに合法州が広がる見通し。アメリカでの大麻産業は、3兆円規模を超えている一大産業です。
非合法時代には、違法な取引によって、粗悪な大麻も出回り、健康被害も起きやすかったのですが、合法化により、医療用と同じ良質な大麻が娯楽用としても提供されるようになっています。
禁酒法時代に悪質な酒が出回り、ギャング資金となったことと同様です。禁酒法の時代にお酒所持が見つかったら逮捕されましたが、法律が変われば違法ではありません。
私は、外国が解禁したから日本も大麻を合法化すべきだ、と言いたいのではありません。
何が言いたいか。
国が法律違反だと決めると、大麻所持も使用も「国家的大犯罪」のように断罪するマスコミの報道や一般の反応に疑問を感じるからです。国家が禁酒法を作ればお酒を飲む人を断罪する人々も出るでしょうし、煙草を禁止する法律が成立すれば、喫煙者を大罪人とみなす人がいるはずです。
依存性や心身の健康を損ねる度合いにおいては、タバコよりも大麻の有害性は少ないことが医学的保健疫学的にも認められていても、世間の目はタバコと大麻では大違いです。法律で禁止されているかいないかの違い。
現在のところ大麻は違法ですから、私は法律を守ります。しかし「大麻を合法にしてほしい」と主張した女優を袋叩きにするような風潮には加わらないでいたい。主張することは自由です。
コカインは?
医療用の使用は医者が処方する良質のものですが、国が違法としている限り、暴力団などの非合法団体が粗悪なコカインを扱い、健康を損ねることを承知で買う依存者もいます。違法麻薬販売は、いわゆる「シノギ」の稼ぎ頭のひとつです。素人をだましちゃいけないという昔ながらのシノギの鉄則が失われてきて、オレオレ詐欺を扱うところも増えてきたけれど。
コカインで逮捕されたピエール瀧が、ワイドショウの「天下の大悪人」と断罪されたことはつい最近のこと。彼のテレビ出演作は、出演場面カットや作品そのものの公開停止になりました。
出演映画の中には、「お金を払うのは見る人だから、見たい人の判断にまかせる」と、公開が決まったものもありました。拍手。
USAでは銃を所持するのは市民の権利で認められており、年間3万人の銃による死者が出ています。(自殺と他殺が半分ずつですが)
銃乱射事件も続いており、ニュージーランドクライストチャーチのイスラム教会への銃乱射事件もつい最近のこと。それでも、銃の所持は合法です。
さて、ここまでが枕です。ナガッ!
罪は時代により社会により変わっていくので、ある時期には違法とされたことが合法になります。その逆もあります。
ディズニークラシックコンサートを聞きにいったとき。演奏中の撮影禁止は当然のことですが、演奏終了後のカーテンコールの間は写真撮影が許可されました。さすがディズニー、高い入場料とるだけじゃありません。ファンサービスも考えています。
さて、今回5日間の会期中、3回通ったISU世界フィギュアスケート大会。さいたまスーパーアリーナの会場内は、全時間「撮影禁止」になっていました。
演技中の撮影禁止は当然です。しかし、競技中でない時間、競技終了後でも禁止の措置のままでした。
私は、エキシビションの演技が全部終わったあと、演技者がはけたあとのリンクを撮影しました。自分自身の判断により、この撮影によって迷惑を受ける人はだれもいないと判断したからです。
しかし、私の席の並びにいた観客は「撮影禁止です!」と大声で叫びました。
私はわたしの判断で、ISUが「場内撮影全面禁止」措置にしたことを「ISUにそこまでの権限はない」と、批判しています。
ISUがどのような法的根拠をもって全面禁止にしたのか知りませんが、だれにも迷惑がかからない、観客の顔がはっきり写るわけではなし、リンクだけを撮影したことが、誰かの迷惑になるとは思いません。
「競技終了後は、リンク撮影は可能です。ただし他の観客が映り込むことのないよう、配慮してください」というのが、私の考えです。
演技が終わったあとのあいさつや表彰式は、撮影許可にすべきだと思います。
ISUとしては、他の一般観客が映り込んだ写真がツイッターやインスタグラムに出回ってトラブルになることを避けたいのだと思います。
私がこれまでに見学してきた場所などで、「撮影希望者は住所電話番号などを記入した撮影許可願を提出し、見学時には身分証明書を提示する」というところもありました。
18000人が入場する会場でそれをやったら大混雑になるでしょうけれど、私は、事前にこの措置をすべきだと思います。1週間前に、メールで申し込みをして、当日は身分証明書を提示して、競技中でない時間の撮影を許可する。
「禁止!」と私に叫んだ観客は、禁酒法時代に生まれていれば、酒飲みを蛇蝎のごとく扱う人であるでしょうし、銃所持が合法である国にいればそれを当然として「銃所持禁止運動」などには決して加わらない人であるでしょう。決められたことに忠実に従う人は、それを変えようとはしない人ですから。
私は深夜の横断歩道で、左右みて車の接近がないなら、赤信号がついていても自分の判断で渡ってしまうほうです。息子は赤信号なら、車がみえてもいなくても、赤信号を守ります。なぜなら、赤信号に従ったほうが、「自分で判断する」必要はないからです。息子の考えでは、判断力はそれを必要とすべき時に使えばいいのであって、横断歩道の通行をどうするかなんてことに使わないで、決まりに従うほうが「楽!」だといいます。
そうなのです、決められたことに疑問を抱かずに従うのは、「楽!」なのです。フィギュアスケート会場では、「写真撮影禁止」に全面的に従ったほうが楽。
「他の観客の顔も映り込まず、リンクに演技者がいない状態なら、撮影禁止措置にする必要はない」と、自分で判断するのは「判断力」のエネルギーを無駄につかったことになります。
私は、法律や社会常識の決まりは、人のまっとうな暮らしを守るためにあると思っています。人の暮らしを守れないような法律は悪法ですし、悪い政治です。
原発に税金から補助金が投入することが決まりました。原発維持のために電気代もあがります。(現在も原発のための料金は電気代に含まれています)
私は原発維持に公費を投入することに断固反対。沖縄の海を埋め立てるのも断固反対。
国が決めたことだから素直に従えと、「撮影禁止!」を叫んだ人なら言うかもしれません。私は、私の考えで従うか従わないか考えたい。
私は、ひとつひとつ自分で考えたい。子供が周りにいるときには、車が来なくても赤信号を守ります。判断力のない子どもが、赤信号で渡るのをマネしないように大人が配慮すべきですから。でも、子どものいないド深夜に、車が通行していない道路なら、私は私の判断で横断歩道を渡ります。それで急に飛び出してきた車に牽かれたら自己責任。
ISUの写真撮影禁止につき、さらにひとこと。
世界では、アマチュア競技中での選手撮影につき、肖像権が及びません。むろん、悪意ある写真掲載や不適切な写真使用は許されませんが、競技の正当な報道や選手紹介に写真を使うことは、許されています。
法律の専門家による意見では
「
スポーツ大会のような公共的なイベントにおいては、
参加者は、開会式や競技風景を撮影されることについて事前に許諾していると考えることができます」https://www.bengo4.com/c_23/b_320362/
私が判断の根拠としたのは、以下のオリンピック憲章によります。
オリンピック憲章よると。
「
私はオリンピック競技大会に参加するコーチ/トレーナー/役員として、国際的および歴史的に意義のある行事に参加するということを理解し、また、そこに私が参加することを考慮したうえで、国際オリンピック委員会(IOC)によって現在、もしくは今後認められる条件のもとに、またそのような目的のためにオリンピック競技大会の開催期間中の撮影、テレビ放送、写真撮影、その他の形で記録されることを、これらがオリンピック競技大会とオリンピック・ムーブメントの推進に関連していることから同意いたします。」
これはコーチたち用の同意書ですが、選手用も同様です。
スケート競技の推進に関連して。選手の名誉を守り、節度を守る写真掲載であるなら、上記オリンピック憲章にならい、選手の姿を掲載することは、商業使用でない限り、また、選手の名誉を棄損することがない限り許されるべきだ、というのが私の信念です。
以上、さいたまスーパーアリーナで3日間に私が撮影したアイスリンク会場の写真、また借り物画像による選手の紹介についての私の考え方を述べました。異なる意見もあることは当然です。いつだって、どんな決まりであれ従う人はいるし、従わない人に「禁止!」と叫びたい人がいることも承知しています。
私は、「決められたことに黙って従う」というだけなら、必ず「赤紙が来たら黙って応召する」という社会思潮につながるだろうと懸念しています。自分で考え自分で判断する、「考える自由」を失いたくないと思っています。
税金をどう使うか自分で考え、自分の考えに近い政治家に投票したい。自分の考えは必要なく従うのみなら、奴隷や農奴と同じです。
ハハハ、ただユヅ君の写真残しておきたいだけだったりもするけれど。
2019世界フィギュアスケート選手権 男子ショート演技中。(画像借り物)
エキシビション演技中(画像借り物)
エキシビションエンディングで客席の前の最後の一周
<つづく>