ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

福岡県岡垣町、高倉「高倉神社のクスノキ5本」です!!

2018-12-16 06:06:21 | 巨樹・大木
高倉地区は、岡垣町役場の西南西約2kmのところ

県道288号線を南へ入ると、西向きに高倉神社が鎮座します

神社の北側入口に駐車場が有りますので利用させて頂きました


観光案内図です

大原神社の銀杏や、これからお参りする高倉神社の樟や綾杉の案内もあります

由緒書です
 高倉神社御由緒
御祭神 天照皇大神・大倉主命・菟夫羅姫命
 當社は国史所載の古社にして第14代仲哀天皇8年正月
己卯朔  筑紫に行幸し給ひし時、岡の縣主の租熊鰐周防
姿歴浦に参迎え海路を導き山鹿岬より巡りて岡の浦に入ら
むとし給ふ。時に神異あり天皇勅して、挟抄者倭國菟田の
人伊賀彦命を祝部としめ給う、神功皇后摂政2年5月午の
日に、この地に神祠を建て神田千町を以って定めらる。即
ち大倉主命、菟夫羅姫二神の本宮なり。
 古来武人の崇敬厚く年中3度の大祭には、在廰の官人を
して祭儀を監察せしめられ、武家執政の後も検使を遣わし
て祭儀を授けせしめらき。天文5年九州探題大内義隆公社
殿の造営ありしも、永禄2年大友宗麟の兵火にかかり、壮
麗なりし社殿も貴重なる社宝と共に鳥有に帰せしが、天正
15年国主小早川隆景公之を再建、慶長18年黒田長政公
梵鐘及び鳥居の献納あり、以来歴代の国主・神田・神山を
寄進して、崇信の念珠に厚く、宝暦元年旧遠賀郡の惣社と
して定めらる。
 明治5年11月郷社に列せられ対症年に縣社に昇格す。
現今の神殿、幣殿は明治9年旧遠賀郡の造営によるものに
して、古は神傳院、千光院、總智院、勝業院、正覚院の6
坊あり又社家、五家、巫女四家ありしも、明治初年同時に
廃せらる。
 境内には御神木として、杉、楠、松、楓、柳の5樹あり
しが、今は神功皇后御親栽と傳えられる綾杉と楠のみ残せ
り。
  史蹟
伊賀彦命古墳・綾杉・大楠(縣重要文化財指定5本)



南側の入り口には橋が架かります

鳥居です

狛犬です

①境内で一番大きいと思われるクスノキです

社殿側石段前から

根元の石の上にはアオバズクの彫刻です

境内の楠に宿る「フクロウの一種」青葉の頃鳴き始める
「梟」七つのいわれ
  幸福・夫婦円満・不老長寿・交通安全・商売繁盛・
 悠々自適・学業成就


県指定文化財 天然記念楠の石碑です


文化財石碑です



東側から


②境内東側の楠です

北東側から見上げました


④稲荷神社の入り口のクスノキの大木です

東側から観ました

稲荷神社入口鳥居です

更に鳥居をくぐり参道が伸びています

稲荷神社境内入口です

稲荷神社の祠です


③厳島神社の祠の後に、境内西端のクスノキです

北東側から見上げました

根元には天然記念楠の石碑が有ります

馬の銅像です

また狛犬です

西側からの参道です

西側からの参道入口に出て来てしまいました

では、次は「綾杉」です
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福岡県岡垣町、原「大原神社の銀杏」(町指定)です!!

2018-12-15 06:46:29 | 巨樹・大木
原地区は岡垣町役場の北西約4kmのところ

県道300号線の終点に当たる

波津海水浴場の西側に大原神社が鎮座します

参道脇に車を止めさせて頂きました


参道入口鳥居ですイチョウの樹冠が見えています

社伝の石碑です
 この神社は大原神社と申し、國常立命・
武甕槌命・輕津主命をお祀りし明治15年
に再建の古い社であります。
 前は妙見宮と唱えていました、慶長年間
に国主・黒田長政公が入国され居城を福岡
に築かれました。
 当社はその城の丑虎の方位に当たるので
国主は鬼門鎮護の祈祷所として信仰が篤く
法印の胎臓院に、祭祀を奉仕させられまし
た。
 慶長17年11月に鳥居を建立され、そ
の後再建されました。
 天明2年3月には、浦奉行から石灯籠の
の寄進等があり、また、例祭には国主の御
代参等があって祭儀も盛大に行なわれてい
たのであります。
 殊に当神社は、寿命の神・農漁業の神と
して遠近の参拝がたえません。
 お日待祭    1月13日
 祇園祭     7月14日~15日
 例祭     10月12日~13日
 大祭     10月23日


狛犬です

水盤です

拝殿です

本殿です

案内板です
 岡垣町指定文化財
大原神社の銀杏
 樹高  14,7m
 根元周囲 6,9m
 樹齢約600年
 平成12年3月
   岡垣町教育委員会

社殿前参道から見上げました

北西側から

拝殿脇から

北側から見ました


宝篋印塔です

境内社です

では、次へ行きましょう
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福岡県宗像市、横山「横山の大樟」(県指定天然記念物)です!!

2018-12-14 06:51:50 | 巨樹・大木
横山地区は、宗像市役所の北約5kmのところ

県道75号線から胡麻ヶ谷池への道路を上って東に入った

孔大寺山の南西面に観音堂があります

前の道路の西側にゴミ集積所があります

この前に車を止めさせて頂きました


案内板が有ります


大きな樹冠を南側の道路から見ました

観音堂へ行きましょう

観音堂が見えて来ました

観音堂です

御堂前の境内には観音像が並んでいます

こちらは弘法大師像です

大樟は観音堂の後に立って居ます

南西側から

説明版です
 横山の大樟
   福岡県指定天然記念物
   指定年月日 昭和31年7月28日
 クスノキは暖地に自生および植栽される常緑高木で、
関東地方以西に分布しています。宗像市にも本樹以外に
天然記念物の大木が二本あります。材は建築、家具、楽
器、彫刻などに用いられ、葉と材からは樟脳がとれます

 本樹は目通周囲8,2m、高さ26,5m、枝下5,
0m、枝張り東10,5m、西17,5m、南15,5
m、北10,5m、地上4,0m付近で二大支幹に分岐
し、西側に広く張り出しています。孤立樹でありながら
遠望すれば森のように見えます。



西側から

左側半分

右半分です

境内に戻って樹冠を見上げました

では、次へ行きましょう
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福岡県宗像市、田島「氏八満神社の大楠」です!!

2018-12-13 09:55:06 | 巨樹・大木
田島地区は、宗像市役所の北西約4kmのところ

県道69号線で宗像大社に向かうと

宗像大社のすぐ南側の山の東斜面に参道入口が有ります

参道入口前の道路脇に車を止めさせて頂きました


県道522号線のここを右に、氏八幡神社の入り口です


東向きに参道入口です、入り口から石段が始まっています

石段を上がりましょう鳥居がみえています

氏八幡神社平成の大改築事業の石碑です

説明です
  氏八満神社平成の大改築事業
 氏八満神社は宗像大宮司家に縁りの菊姫を主祭神と
する神社で、永禄8年(1565)大宮司宗像氏貞に
よって創建された。田島区民の氏神として厚く崇敬さ
れとります。
 創建以来、各時代の人達が大事にお守りして今日に
至っておりますが、四百年余を経て社殿の老朽化が甚
だしく早急な修復の要に迫られ、平成15年の夏から
翌年の秋までの間に、本殿・拝殿の全面解体修理を施
工して再建し、併せて参道の補修や狛犬の設置など境
内の整備を行って全工事を完了致しました。
 本事業には田島地区民を始め、関係各位より多くの
浄財が寄せられ、これにより初期の目的を達成するこ
とが出来ましたので、奉賛者の芳名を記して後世に伝
えることにしました。



参道左手の楠の大木です


石段はまだまだ続きます

右手に庚申塔などの石塔が並びます


右手に目的の大楠が見えて来ました


根元から見上げました

説明版です
 宗像市文化財第4号
  天然記念物(昭和49年10月19日指定)
名称  大楠    一本
所在地 宗像市田島2286番地 氏八満神社境内
説明  この大楠は樹齢約270年と推定され宗像市
   では最も古い楠です。
根廻り   7,3m
胸高廻り  6,0m
樹高   35,0m
枝張り東西20,0m
   南北25,0m
平成4年4月     宗像市教育委員会


石段上から見ました

参道を見下ろします、左右に大きなクスノキがあります


更に石段を上がりますが、大楠の背が高いので枝先は遙かに上です

間も無く拝殿です、根元が見えなくなりました

水盤です

狛犬です

拝殿です


本殿です

本殿の周りの境内社です

では、次へ行きましょう
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福岡県宗像市、宗像大社(辺津宮)の御神木楢と相生の樫です!!

2018-12-12 06:04:16 | 巨樹・大木
宗像市役所の北北西約4kmのところ

釣川左岸の県道69号線お進むと

観光地らしく案内板が数多くでています

北向きに鎮座していますので

北側に広い駐車場が有ります


本殿の西側に目的の楢の木が在ります

大きく倒れた様に枝を延ばしています、多くの支柱に支えられています

御神木です



背は低いですが、大きく枝を延ばしています



御神木と神紋についての説明です
  御神木と神紋について
 この楢の木は、当大社の御神木です。
 宗像大社の神紋は、皇統守護の神勅を戴く鎮祭の由緒
から、「菊の御紋」を表紋とし、この「楢の葉紋」を裏
紋として用いています。
 楢の葉に実をあしらった意匠で、歴代の宗像大宮司家
の家紋としても用いられてきました。
 この御神木の樹齢は約550年で、今もご参拝の皆様
を見守り続けております。

高宮参道への出口です

第二宮、第三宮へ行きましょう

御神木相生の樫です、真ん中の茶色の幹が左側の幹と繋がっています
   御神木相生の樫
二本の幹から伸びた枝が仲睦まじく交差し合った連理の
樹木は太古より男女が絆を深め恋愛が実り未来に夫婦円
満の福徳が有ると云い伝えられています。
 この樫の木は、御覧の通り堅い絆で日出大枝が結ばれ
ておりその神依により、御神木「相生の樫」と命名致し
ました。
            宗像大社社務所

では、次へ行きましょう
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福岡県宗像市、宗像大社(辺津宮)です!!

2018-12-11 08:06:20 | 文化財・寺社
宗像大社は言わずと知れた官幣大社です

宗像市役所の北北西約4kmのところ

釣川左岸の県道69号線お進むと

観光地らしく案内板が数多くでています

北向きに鎮座していますので

北側に広い駐車場が有ります



鳥居ですが、東側に太陽があって逆光になってしまいました

宗像大社ですが、大社宗像神社とあります

史跡説明版です
  史跡 宗像大社境内
 宗像大社は沖津宮、中津宮、辺津宮の三宮からなり、
宗像三女神を奉斎している。
 ここに祀られる宗像大神については、記載、風土記
にも詳らかにのべられており、沖津宮のある沖ノ島か
らは、古墳時代から平安時代にかけての貴重な祭祀神
宝(国宝)が多数出土している。
 また宗像大神を奉斎する宗像氏は古代の有力な氏族
であり、中世には院庁、鎌倉、室町両幕府らと関係を
もち、戦国記にもその地位を守り抜いた豪族であった。
 旧境内の概要は、現存する天正6年(1578年)
の造営絵図により想定できるが、現境内もなおよく当
時の形状を保っている。
  文部省   昭和46年4月22日指定


神苑の橋を渡ります

大きな手水舎です

こちらは何の建物でしょうか

神門です、皇族もここからは馬から降りたようです

狛犬です

境内案内です

拝殿です

本殿です



文化財説明版です
  国指定重要文化財 本殿・拝殿
 宗像三社の総社である辺津宮は往古より「第一宮」と
呼ばれ、全国約6200社の宗像神を祀る神社の総本宮
です。
 現在の本殿と拝殿は、約500年前の弘治3年(15
57)の焼失により再建したものです。
 本殿は戦国時代真っ只中の天正6年(1587)時の
大宮司田井80代宗像氏貞公が、拝殿は本殿再建の12
年後の天正18年(1590)毛利元就の三男で、「毛
利両川」の一人として知られ、当時の筑前国の領主であ
った小早川隆景公によって再建されました。本殿・拝殿
ともに国の重要文化財に指定されています
 平成25年には屋根及び社殿塗装の修復が実施され、
同26年12月8日には遷座祭を斎行しました。
   本殿 五間社両流造 杮葺
 五間とは建物の横幅のことで一間が六尺(約1,8m)
です。流造は屋根が流れるような曲線を描いた建築様式
で、前後対象ではなく後より前が長い神社独特の工夫が
なされた美しい建物です。全体の構造は豪壮で、戦乱の
時代に建立されたとは思えない程優美な姿は、桃山時代
初期の特色がよく表わされています。
   拝殿 切妻造妻入 杮葺
 切妻とは屋根を四方ではなく、左右二面に本を伏せた
ように葺き、前後を切り落としたような様式で、妻入と
は妻側に入口を設けて正面とする造りです。全体的な印
象は簡素且つ雄大です。




御祭神の説明版です
  御祭神について
 当大社は天照大神の御子神
   田心姫神(沖津宮)
   端津姫神(中津宮)
   市杵島姫神(辺津宮)
の三女神が、日本書紀に伝えられているように天孫降臨
にさきだち天照大神の御神勅を奉じて鎮座されました。
 この九州北辺の要衝の地に三柱の女神が勅祭された意
義はまことに尊く、道主貴く御別称が示すように国民道
の祖神として歴代の皇室を守護され国家鎮護の御神徳を
発揚され今日に至っております。
 また古くから皇祖天照大神をおまつりする伊勢神宮に
対して裏伊勢とも称され、皇室をはじめ国民の崇敬も厚
いお社です。宗像大神をおまつりする神社は全国に6千
余社ありますが、当大社はその総本宮であります。
              宗像神社社務所謹誌





  



本殿の後ろ側に数々の境内社が並びます

末社由緒説明版です
  末社由諸
 本殿を囲んで22の社殿に121の末社が鎮まってお
ります。
 現在の社殿は延宝3~4年(江戸時代前期)にかけて
整備されたもので、その由緒は古代の律令制度の時代ま
で遡ります。
 大化の改新(645)により公地公民となりますが「
神郡」と定められた地域のみ、神社の私有が認められま
した。神郡は全国の有力神社7社(伊勢神宮①内宮②外
宮③安房神社④熊野大社⑤鹿島神宮⑥香取神宮⑦日前・
国懸神宮⑧宗像大社)にのみ許され「八神郡」と称され
ました。。九州では唯一宗像のみが神郡と定められ、そ
の「神郡宗像」内に祀られた各神社を集合奉祀したもの
が、現在の末社群です。
 神郡宗像の領域は現在の宗像・福津両市を中心に、遠
賀・鞍手・粕屋郡の一部まで及び、各地域に鎮座した「
75末社108神」といわれる神が、宗像大社を総氏神
と仰いだ信仰を今に伝えています。尚、佐賀県の一部な
ど中世に宗像大宮司家が領有した地域の神も分祀され続
けたため121社に至っています。現在も各地に鎮まっ
ている神社がほとんどですが、なかには時代の経過とと
もに祭祀が営まれなくなり、もとの鎮座地が不詳となっ
た神社も、この末社群にはございます。


儀式殿です


高宮参道への出口です

第二宮、第三宮へ行きましょう



第二宮です

第三宮です

説明版です
  第二宮・第三宮
 宗像三女神のうち、長女神(沖ノ島)と次女神(大島)は
遙か玄界瀬洋上に鎮座されており、往古より総社(中心とな
る神社)である当地・辺津宮を[第一宮]と称し、その境内地
に両宮の御分霊をお祀りしてまいりました。そして第二宮と
第三宮まで詣でれば、沖津宮と中津宮まで、つまり宗像三宮
を拝したと信仰されてきました。
 宗像三女神は「古事記」「日本書紀」にある通り、天照大
神と素戔嗚尊との誓約の際に、天照大神の息吹より誕生され
ました。
 現在の社殿は、その格別の由緒を以て宗像三女神の御親神
を祀る伊勢神宮より、第60回神宮式年遷宮に際し下賜され
たものです。
 我が国最古の建築様式である「唯一神明造り」で昭和50
年5月に移築されました。
  御祭神
第二宮  田心姫神(長女神)沖ノ島・沖津宮の御分霊
第三宮  端津姫神(次女神)大島 ・中津宮の御分霊

                 宗像大社社務所

では、次へ行きましょう
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福岡県宗像市、光岡「光岡八幡宮の大樟」(県指定天然記念物)です!!

2018-12-10 05:30:10 | 巨樹・大木
(2018年11月4日、仕事で福岡県宗像市に行ったときに

休日を利用して、巨木を見て回りました、

宗像市、遠賀郡、直方市、北九州市小倉南区などを廻りましたよ



光岡地区は、宗像市役所の南南東約3kmのところ

県道79号線が国道3号線に出る南西側です

地区の西側に参道を東に向けて八幡宮が鎮座します

訪問当日は秋の祭礼日のようで

朝から境内の掃き掃除が行なわれていました

(泊まっていたホテルの近くだったので、歩いて訪問しました



参道入り口です、この日は秋の祭礼日です

参道です、まずは一の鳥居でうす、境内を掃き掃除している方々がいらっしゃいます

二の鳥居です

参道北側の境内社の天満宮です


参道左手に目的のクスノキが見えて来ました

水盤です

社殿前です

大きく根鉢を露出してクスノキです

社殿前から見ました

社殿の軒下から

社殿脇から

説明版です
  光岡八幡宮の大樟
     福岡県指定天然記念物
     指定年月日 昭和31年7月21日
 クスノキ科クスノキは暖地に野生する常緑喬木で、
日本に産する樹木中最大のものです。病害虫が少なく
て生育しやすく、寿命も長いので巨木も多く、宗像市
内に天然記念物に指定されているクスノキが他に2本
あります。宗像市の”市の木”もクスノキです。
 本樹は、目通り周囲7,0m、高さ29,5m、枝
下5,1m、枝張り東18,0m、西24,0m、南
22,5m、北19,5mで、地上8m付近までは幹
がまるく、凸凹も少なくて見映えし、その上部は三大
支幹に分岐して大きく枝を張っており、樹勢は盛んで
す。
 当八幡宮境内には古木が多く、クスノキも他に数本
あり、カゴノキ、ムクノキ、イチョウなどの大木もあ
ります。   




拝殿です

本殿です

社殿北側には境内社がまとめられています

社殿の南側の境内社には立派な石鳥居があります

額ですが、字が一部薄くなって読めませんね~

こちらも神様でしょうか

東側から見上げました

大楠の東側の境内社とカゴノキ(鹿子ノ木)です

社殿前のイチョウです

では、次へ行きましょう

(JR鹿児島本線あかま駅まで歩いて40分ほど、レンタカーを借りて廻りました)
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栃木県足利市、西場の百観音です!!

2018-12-09 06:38:29 | 遺跡・史跡
西場地区は、足利市役所の東約8kmのところ

正月登山んでおじゃました大小山の登り口です

(大小山のブログコメントに、Aちゃんさんから・・・

「西場百観音も紹介してください」と有りましたので

この度、ようやく紹介できることになりました)

県道67号線から県道175号線を北へ

大小山の「大小」の文字が見えて来ます

妙義山の東稜線の先端の丘の上に百観音が有ります

丘の東側の道路脇に車を止めさせて頂きました


大小山です

この丘の上に百観音があります

丘の下の通りです

案内板です






丘の下の通り脇には石塔等が並びます

足利市の重要文化財です

説明版です
  足利市重要文化財(考古資料)
 石造 勢至菩薩供養塔 一基
  総高190.0cm、坐像の高さ58.0cm、塔身
 の高さ80.0cm、光背をつけた勢至菩薩坐像、蓮座
 、敷茄子、塔身から構成され、保存状 態は良好でうす
 。銘文から「寛政8年」(1796)「西場村寿福山勧
 行寺 願主 大阿闍梨円海」の造立になることが判りま
 す。勧行寺の存在を示す資料としても貴重です。

 石造 廻国供養塔 一基
  総高197.0cm、塔身の高さ172.0cm、幅
 36.0cm、台石の高さ25.0cmです。塔身は方
 柱形状で、台石上に直立しています。銘によれば本塔は
 「西場村願主 行者 源蔵」の日本二返廻国を成し遂げ
 た記念碑として、文政10年(1827)に建立された
 ものです。
  昭和57年3月15日指定
          足利市教育委員会

庚申墓を中心とした石塔群です

  民俗文化財
 西場の百観音
  この百観音は、観音山の南斜面勘行寺(廃寺)跡にあ
 る石造観世音菩薩像百体で、前列に西国33番、中列に
 坂東33番、後列に秩父34番の霊場の石仏が南面して
 三段に整然と並んでいる。
  百体の観音像は全体に同じ規模に彫刻され。船形光背
 を備え像要も美しく見事である。
  石仏の造立年代は、観音像の台座七基に記された紀年
 銘から寛政2年(1790)から同10年(1789)
 にわたっている。
  西国、坂東、秩父の霊場巡礼の功徳を分かちあおうと
 した勘行寺僧侶の布教姿勢とそれに呼応した村人の信仰
 の姿をしるすことのできる貴重な文化財と言える。
  (昭和62年5月20日 足利市指定)
 平成2年3月
    財団法人足利市民文化財団
    足利市教育委員会

丘に上がりましょう

御堂が有ります

 勧行寺跡と百観音の説明版です

更に上へ行きましょう

百観音の説明版です、下に有った説明版とほぼ同じ内容のものです

文化財標柱です

前列

中列

後列です

実は、全100体の観音像を1体ずつ撮影しましたが、全てを紹介するのは後日にしたいと思います

では、次へ行きましょう
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新潟県阿賀町、国指定史跡「室谷洞窟」です!!

2018-12-09 03:32:57 | 遺跡・史跡
室谷地区は、阿賀町役場の南西約18kmのところ

国道49号線から県道227号線を南へ

県道の終点、林道の始まるところの

北側岩壁に室谷洞窟が在ります

県道終点の広場に車を止めさせて頂きました


県道の終点です

会越街道 林道本名室谷線(38、979m)の終点標柱です

すぐ右手に洞窟の口が開いています

説明版です
 国指定文化財 史跡
  室谷洞窟
    指定 昭和55年2月4日
 この史跡は阿賀野川支流室谷川(現常浪川)の側方
浸食によって形成された洞窟である。洞窟内の堆積層
は15層に及び縄文時代草創期(約9千年前)から早
期への文化の推移を整然と示しており堆積層の下部か
らは草創期の特異な方形平底土器や石鏃のほか、多く
の獣骨片の抉出は、山岳性洞穴の生活実態と動物帯の
分布を明らかにするものである。
 さらに半環状配石に囲まれて成人女性の人骨が屈葬
の形で発見され、縄文前期の埋葬形式が確認されてい
る。
 このように縄文時代の生活を知るうえで極めて重要
な遺跡である。
                 文化庁
                 阿賀町県教育委員会





深さは有りませんが、雨風を防げるだけには十分なものだったようです

では、次へ行きましょう

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新潟県阿賀町、日野川「熊野神社杉」です!!

2018-12-08 07:56:10 | 巨樹・大木
日野川地区は、阿賀町役場の南約5kmのところ

国道49号線から県道227号線を南へかつての川上村です

上川支所を過ぎて約2kmで常浪川を左岸側へ広域農道を進みます

橋を渡って農道は右にカーブしますが

田圃の中の農道へ真直ぐに進みます

正面の杉林の中に熊野神社が鎮座します

前の農道脇に車を止めさせて頂きました

熊野神社の入り口です、小さな桜の木が目印です

参道の先、杉林の中に鳥居と社が見えます

立派な石鳥居です

社殿です

社殿の西側に目的のスギが在ります


村指定天然記念物の標柱です

村指定文化財 天然記念物
 熊野神社杉
昭和55年11月12日指定

平成13年3月21日建立

社殿脇から見上げました

北東側から見上げました、目通り幹囲6,0mの巨木です

直ぐ南側の大木です

では、次へ行きましょう
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新潟県阿賀町、両郷「高清水大カヤ」です!!

2018-12-07 20:09:27 | 巨樹・大木
両郷地区は、阿賀町役場の南約4kmのところ

上川支所(かつての上川村役場)のある集落です

県道227号線の西側に上条小学校が有ります

小学校の北側が高清水です

地区の西側道路脇に目的のカヤがあります

しかし、高清水大カヤはハイマツのように背の低いカヤです

カヤの側の道路脇に車を止めさせて頂きました


北側から

村指定文化財天然記念物の標柱です

西側から沢山の支柱で枝が支えられています

南側から幹を確認することが出来ません、主幹が倒れてしまったのでしょうか

足元には、沢山の種が落ちていました、樹勢は良好なのでしょう

では、次へ行きましょう
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新潟県新潟市秋葉区、古田「八珍柿原木」県指定天然記念物です!!

2018-12-07 07:47:44 | 巨樹・大木
古田地区は、新潟市役所の南南東約14kmのところ

秋葉区役所のすぐ北西側にあたります

国道403号線と国道460号線の交差点が古田信号です

信号の西側で国道460号線と県道127号線が合流します

県道を南へ入って間もなく右手奥に「八珍柿」の原木が見えます

県道脇に車を止めさせて頂きました


県道から見る事が出来ます

東側から近付きます

北側から見上げました

新潟県文化財標識です

 カキ(柿)
Kaki Persimmon
  D1osupyros Kaki
カキノキ科 カキノキ属
所在地 新津市大字古田1336
所有者 川崎栄作
品種  平核無
樹齢  約320年
大きさ 幹周(m) 2.03
    樹高(m)16.00
新潟県文化財(八珍柿原木)
昭和37年3月29日指定 天然記念物

(樹齢は約370年を越えているようです)

八珍柿の説明版です
  「八珍柿」名称の由来について
 「平核無(ヒラタタネナシ)」の原産地は、
昭和の初め頃まで山形県の庄内地方とされてい
ましたが、新潟県農事試験場の安藤・田野両技
師によって詳細な調査が行なわれ、昭和6年
10月、新津市古田の川崎家屋敷内の「タネナ
シ」と呼ばれていた柿の古木が実生樹であるこ
とがわかり、「平核無」の原木と確認されまし
た。
 果実は渋柿で、種子が無いのを特徴とし、「
八珍(ハッチン)柿」という名前は、「越後七
不思議」に次ぐ、八番目の大変珍しい柿という
意味で、原木発見後に命名されました。
 「八珍柿」は、新潟県や山形県を主産地とし
て栽培され、「おけさ柿」「庄内柿」の商品名
でひろく知られています。
           新潟県教育委員会

では、次へ行きましょう
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山梨県甲州市、塩山平沢「船宮神社の大ヒノキ」です!!

2018-12-06 10:30:56 | 巨樹・大木
塩山平沢地区は、甲州市役所の北北東約5kmのところ

国道411号線から県道207号線を北へ

県道から林道へ入って川を越えて直ぐを南へ

田圃の中の細い道路を道なりのに下って行きます

船宮神社境内に入りました、車を止めさせて頂きました

県道からの甲州市営林道上条沢線入り口です

案内板に従って南へ下って行きます

田圃の中の細い道を進むと間も無く船宮神社です

小倉山ハイキングマップが有ります

拝殿です

本殿です

大ヒノキは何処かと見渡しました、本殿北西側の土手の上に幹が見えます

土手の上に上がって来ました、祠の後側に注連縄の巻かれた御神木です

説明版です
 山梨県指定天然記念物
  船宮神社の大ヒノキ
    平成6年11月7日指定
    船宮神社
 規模は根廻り7,1m、目通り2,6m、樹高30、m
枝張りは東5,2m、南6,5m、北4,5m(西は断崖
のため測量できず)を測る、地上2,1mのところで南・
中・北の三支幹に分岐し、南支幹はすでに枯れている。
 北支幹の地上から0,5~1,0mの範囲に空洞がみら
れ、さらに上部まで腐朽が進んでいるが、樹勢は極めて旺
盛である。
 ヒノキの巨樹として、本県においては代表的な物である。
                 山梨県教育委員会
                 甲州市教育委員会
*目通り2,6mとありますが、直径とすると8mを越えて
 しまいますので間違いのようです

南側根元から見上げました

南東側から

北側から目通り幹囲6,0mの巨木です

境内社です

では、次へ行きましょう
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山梨県甲州市、塩山下萩原「柏原神社のケヤキとムクロジ」です!!

2018-12-05 06:17:21 | 巨樹・大木
塩山下萩原地区は、甲州市役所のすぐ東側のところ

南北に流れる重川の左岸で、JR中央本線えんざん駅の東約1kmの

線路が東京方面から来ると北向きから西向きに変わるカーブの外側

線路脇東側に柏原神社が鎮座します

鳥居前に車を止めさせて頂きました



参道入り口の鳥居とすぐ後には目的のケヤキが在ります

柏原神社です

鳥居前から見上げました

東側から

境内側から見ましたが逆光ですね目通り幹囲5,7mの巨木です

随身門です、屋根にビニールシートが張られています、鳥居の四脚の屋根にもへっこみが有ります

境内の柏原神社碑です
 

随身門西側境内のケヤキの大木です

境内側から見ました

随身門東側のケヤキです

境内の水盤です

水盤の後(東側)には、藤棚が有ります


拝殿です

軒下の懸額です仔柏原神社となっています、奥の額には正一位白山大権現となっています、幣殿が無いので本殿も見えています

本殿です

境内西側、線路沿いに目的2のムクロジです

近付いて見ました

目通り幹囲4,3mの大木です

ムクロジの案内板です
 塩山(甲州)市指定文化財
  天然記念物
下萩原のムクロジ
 昭和59年10月11日指定
 塩山市教育委員会

山梨巨木・名木100選です

北東側から、線路上から先に何もないのでやはり逆光気味です

本殿西側のケヤキです

では、次へ行きましょう
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山梨県甲州市、勝沼町菱山「三光寺のスギ」が大変なことになっていました!!

2018-12-04 08:28:27 | 巨樹・大木
勝沼町菱山地区は、甲州市役所の南南東約4kmのところ

県道38号線の東側に三光寺があります

南側から近付くと目的の大スギが大変なことになっていました

台風24号の強風で、大枝がねじれるように倒れて

幹の3分の1を剥ぎ取ってしまっていました

山門前に車を止めさせて頂いて、大杉を見ました


三光寺の大杉の半面が大枝と共に剥ぎ取られてしまっています

近寄ってみました、三光寺の駐車場に大枝が崩れてプレハブの小屋を押しつぶしています

大枝がねじれるように崩れています

説明版です
  三光寺の大スギ
   (町指定天然記念物)
 このスギは三光寺が宮宕山から、この地に移された
康永元年(1342年)頃この場所に植えられたもの
と推定されている。その間いく度かの風や雪や雷等の
被害を受け乍らも、よく耐えて今日に至っているこの
町第一のスギの巨木である。
・目通り   6,0m
・根幹の周囲 7,7m
・根周り  11,0m
・枝張り 東枝7,9m
     西枝8,5m
     南枝6,5m
     北枝6,5m
・枝下    4,2m
・高さ   20,0m
 昭和52年3月    勝沼町教育委員会

山門です

浄土真宗 本願寺派 三光寺です

説明書が有ります
  



こちらが正式名称、浄土真宗本願寺派 菱渓山 上宮院 三光寺です


手水舎です

本堂です

本堂前には親鸞尊像です


三光寺庭園説明版です

太子堂です

太子堂説明版です



扉の四神の浮彫です



では、次へ行きましょう


山門前から振り返りました
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