2012.5.18(金)曇、晴
雪が解けて田植えも終わったら行こうよって桜井さんが言っていた大栗峠行が実現した。昨年に瀬尾谷道、志古田道、和知道とシデ山からの道を歩いていたので、残るは山田道、竹原道、弓削道である。今回山田道、弓削道を歩く計画をした。参加者は桜井(克)夫妻、桜井(儀)、村上、井上そしてわたしの六名となった。
9:00 観光センター集合 車で山田の作業所まで
9:16 山田作業所出発
9:35 林道分岐 迷わんの道標
9:59 林道から右方へ街道分岐
10:29 休憩10分
11:02 582mピーク附近
11:22 弓削道合流点 南無大師遍照金剛の石碑あり、8分休憩
11:43 大栗峠着 昼食
12:40 大栗峠出発 大栗峠の頭経由弓削道
13:55 瀬尾谷道分岐
14:20 弓削着
15:25 山田作業所で解散
昨夜からの冷気と雨が朝まで残っている。微妙な空模様の中を出発するが、なんとか天気は持っているし、好天のきざしという予報なので安心して出発する。山田をはじめ瀬尾谷、弓削、志古田の上林川中流域の左岸の扇状地(扇子は満開ではないのだが)は緩やかに傾斜しており、上林川および右岸の山に対して開放感がある。府道が右岸を通っているので、左岸からの景色はそこに住まない者にとっては普段見慣れない景色で余計感激してしまう。「ええとこやなあここ」なんて口々に言ってるのは単に隣の畑が青いだけではないようだ。
村の外れで例の防獣柵の扉を開け、中に入る。もう慣れっこになった行為なのだが、なにか異界へ入り込む、娑婆とおさらばするというような妙な気分になる。
雑草、ゴミ、えぐれた溝の無いきれいな林道を登って行く。すると左手に急な林道が登っており、写真などですっかり憶えのある「迷わん」の道標がある。わんの部分は絵のお椀が描いてあり、いわゆる絵文字となっている。わたしはこういう洒落が大好きで、店にも「鎌椀入れ」の看板を作ったぐらいだ。こういった絵文字の道標は江戸時代のものかと思っていたら、明治12年の銘があった。
今冬の積雪で数本の倒木となっている。老富の倒木とは比べものにならないくらいなのでなんとか取り除きの作業をして頂きたい。
左に貯水池を過ぎると林道が分岐する。ここには道標が無いのでどちらに行けば良いか解らない。ままよとばかり右に行き、後で写真を見るとピンクのテープが写っている。実はこのテープが目印で、どうやら昨秋の里山ねっとの一行が着けたものでは無かろうか。
ピンクテープを目印に。
植林の中の林道を登っていくがかなりの急登で、あえぎあえぎ登る。時々本来の街道が傍らに現れたりするので、この林道は街道に沿って作られたもののようだ。
植林の中に大きな赤松が数本見られると思うと、植林が途切れ、闊葉樹の本来の道となる。予想どおり弓削道同様の広い街道だ。二万五千の地図の582mのピークに向かう尾根の部分で、とても感じの良い道だ。途中少し瀬尾谷側の展望の開けたところで休憩する。竹原道は気付かなかったがかなり下で合流するようで、ひょっとしたら池のあったあたりではなかろうか。
弓削道同様広くて気持ちの良い街道だ。
道は尾根を左右に行ったり来たりする。右に行くと引地あたりの景色が見え、左に行くと山内あたりが見える。
やがて582mのピークが右手に現れ、ゆるい尾根歩きとなる。左手の源頭は瀬尾谷の源頭のようだ。瀬尾谷(しょうだに)と言えば小さな谷のように思えるが、逆S字になって遍照金剛の分岐あたりまで来ているのだ。
582mピーク
もっと以外なのは浅原谷(あずらだに)で大栗峠の頭まで来ており、上林側中流域では最も大きな谷だと言えよう。右手に立派な踊り松があったり気持ちの良い道を歩いて行くと、南無大師遍照金剛の弓削道分岐に飛び出る。 つづく
今日のじょん:今日はほとんど留守番をしていたようで、様子が解らない。毛抜けの季節で、見るたんびにカイカイしている。ファーミネーターでクッションができるほど毛が抜けている。
カイカイじょん。