2014.9.17(水)晴
穴虫の意味については、太陽の沈む穴道、風のアナゼ、穴地形、横穴、埋墓の穴、両墓制の詣墓(空無所)などなど随分遠回りをしてきた。現実の穴虫を訪ねる毎に候補が消えていき、最後には石塔以前、詣り墓に代わるもの、例えば恐山とかニソの杜とかそういったたものかと考え、それらの研究も進めてきた。ところが香芝市の穴虫を訪れ、古代の文献には現れないことを知り、また山田清吉氏の詩「藁葬」から、火葬場、火葬地ではないかと考えついた途端多くのヒントが出てきた。
前述の「中世の葬送・墓制」に記述の”穴”もそのひとつなのだが、やはり具体的に何を示すのか解らないと地名考証の根拠にはならない。何度も何度も本書を読み直していると、幾つかのことが解った。
1.『大乗院社寺雑事記』にある、御葬火所穴等拝見という文からは穴等を見たというのだから、穴は形のあるものと考えられる。
2.『観智院法印御房中陰記』の当初の見積もりと、火葬所を取りしきる善阿弥の苦情後の見積もりの差を見ると以下の様になる。
荒壒 3連(300文) →荒壒火屋代 1貫文
炭 3連(300文) →炭薪代 500文
棺 100文 →
穴賃 100文 →穴賃 100文
ハタツケ 100文 →膚付代 500文
僧衆十五人布施 1貫500文→僧十五人の布施 1貫500文
ワラウツ 100文 →同藁屨代 100文
絹一 800文 →覆天蓋絹代 800文
輿網代 200文
棺上結布代 100文
実際にかかる費用の大きさを表しているのだが、この中で値段の変わっていないのが藁屨代を含む布施と穴賃である。思うにこの二つは僧衆あるいは火葬管理人による定額の代金ではないか。そしてその他は他から仕入れる品々で値段の高騰が見られるようだ。穴賃と布施以外が全て〇〇代となっているのは、それらは購入してきて焼却、消耗するものと考えていいのだろう。さすれば穴賃とは労働の対価あるいは貸借の対価と考えられる。1.で穴が形のあるものと見られるので、火葬の施設で反復使用する設備と考えるのが妥当ではないか。
また、棺に対応するものが解らないのだが、輿網代ではなかろうか。
つづく
【作業日誌 9/17】
剪定白樫試し
【今日のじょん】相変わらず元気だワン