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「国民的お荷物」農業は再生できるか? 安倍首相の全中改革で、できること、骨抜きなことを検証する

2015年02月17日 08時06分57秒 | 行政
高い関税をはじめとした貿易障壁を設ける一方、減反に参加した農家に補助金を払う「戸別所得補償制度」(2012年に自公政権が「経営所得安定対策」に名称変更)に必要な財政負担まで押し付け、消費者のお荷物になってきた農業を本当に再生できるのか。

安倍政権は、全国約700の地域農業協同組合から資金を吸い上げて政治力をほしいままにしてきた「JA全中(全国農業協同組合中央会)」の弱体化に狙いを絞り、その改革方針を呑ませることに成功した。

だが、具体策を盛り込む農協法の改正はこれからだ。JA農中や野党は巻き返しを狙っているうえ、西川公也農相に政治献金問題が浮上しており、事態は予断を許さない。株式会社の農業参入など、不可欠とされながら今回のメニューから早々に外された課題もある。

首相がこれまでに実際に実現できたことと、これからやるべきとされる課題、そして先行きを展望しておこう。

■ 無残な日本農業の衰退ぶり

今月12日の施政方針演説で、安倍首相自身が指摘したように、日本の農業の衰退ぶりは無残だ。戦後70年の間に、就業人口が8分の1の200万人に減ったばかりか、従事者の平均年齢は66歳を超えて民間企業ならば定年退職者が多数という高齢化にも直面している。

また、日本の農業が、高い輸入障壁を設けて、国内の農産物を保護してきた問題も見逃せない。コメを例にとると、1995年に始めた関税ゼロ枠での海外からの「ミニマムアクセス(最低輸入量)」を年間77万トンに限定し、これを上回る部分には778%の高関税をかけて輸入を制限、消費者に高い国内米の消費を促してきた。スーパーなどで欠品が目立つのに、一向に十分な輸入が行われないバターの問題など、農業と農政に不満を持つ消費者は多いはずだ。

そこで、安倍首相は施政方針演説の冒頭で邦人ジャーナリストの殺害事件を引き起こしたテロ組織ISLL(いわゆるイスラム国)を非難したのに続き、経済全般の「戦後以来の大改革」に踏み出すと述べ、その具体策の最初の項目として言及したのが農業改革だったのである。

首相は、農業が目指すべき方向は「世界のマーケット」だと述べている。農林水産省のまとめで、昨2014年の農林水産物・食品の輸出が6117億円と初めて6000億円の大台を超えたことを指摘したうえで、世界の食の市場が340兆円と桁外れに大きいことを強調して見せた。

■ 安倍首相の宿敵だったJA全中

ところが、その農業改革で、今回、首相が掲げたのは、農業への新規参入の促進でも、農地の転売規制の見直しでも、農家への補助金制度の見直しでも、競争力のある農産物の新種開発の話でもなかった。やり玉にあげたのは、JA全中だったのである。

いったい、なぜ、約200人の小所帯に過ぎないJA全中がヤリ玉にあがったのだろうか。

JA全中は、昭和29年(1954年)の農業協同組合法の改正で発足した。当時は、全国に1000以上が乱立し、経営危機が続発していた各地の農協の経営の立て直しが急務。個別に農協の経営を指導し、それを通じて農業の振興を図ることがJA全中の設立目的だったという。

しかし、JA全中は、政治圧力団体として強大な力を振るうようになった。地域農協の持つ投票権を束ねて、米価引き上げや貿易自由化阻止の圧力をかけ続けてきたのだ。1993年のガットのウルグアイ・ラウンドの国際合意の際に、巨額の補助金を引き出した話は今も語り草である。

安倍首相もJA全中には煮え湯を飲まされてきた一人と言ってよいだろう。

例えば、2代前の会長である宮田勇氏は、第1次安倍政権下の2006年12月、オーストラリアとのEPA(経済連携協定)交渉に反対する全国規模の集会で挨拶に立ち、「重要農産品の例外扱いが明確にならない限り、交渉入りは絶対すべきでない」と政府への徹底抗戦を主張した。この演説は、自民党農水族の首相官邸離れを促した。1期目の安倍政権が短命に終わる一因になったとされる“事件”だ。

また、第2次政権の樹立に漕ぎ着けた安倍首相が参加を決断したTPP(環太平洋経済連携協定)交渉でも最も執拗な反対運動を展開してきた団体がJA全中だ。首相官邸は、「アベノミクス」の目玉と位置づける農業改革に猛反発を続けるJA農中への苛立ちを次第に強めていった。

そして、大方の予想に反し、1月11日に行われた佐賀県知事選で、与党推薦候補が農協の支援した候補に敗れたことが、官邸の怒りの火に油を注ぐ結果になった。新聞報道によると、首相の女房役の菅義偉官房長官は、自民党議員に「選挙活動ばかりやっている農協の改革は徹底的にやった方がいい」と怒りを露わにした。自民党農水族の間では、蜘蛛の子を散らすようにJA全中と距離を置く動きが広がった。

こうして、首相自らが施政方針演説で、JA全中に「脇役に徹してほしい」と求め、「60年ぶりの農協改革を断行し、農協法に基づく中央会制度を廃止」すると宣告する環境が整っていったのだ。

額面通り実現すれば、JA農中は、農協法に基づく強固な存立基盤を失って一般社団法人に移行する。加えて、地域農協に対する監査・指導権限も廃止の憂き目をみることになる。総職員21万人、組合員数461万人を数える下部組織との強固な繋がりを絶たれれば、各地の700の農協に課していた資金(賦課金、年間約80億円)徴収の道も閉ざされることになる。

そもそも全中支配の下では、各県の中央会(県中)や個別の農協に自主独立の気風が育たず、地域の実情に応じた農業を育成しようという機運が出て来にくい状況があった。今後、各地の農協が独自の知恵を絞って、地元の農家の手助けをするようになれば、衰退する一方だった農業に一石を投じる可能性はある。

■西川公也の政治資金問題が農協改革のネックになる

だが、反対勢力の抵抗が完全に終わったわけではない。政権担当時代に、戸別所得補償制度で農家の支持を取り付けた民主党は、2月13日の農林水産部門会議(岸本周平座長)の会合で、出席議員たちが口々に「本当に農家のための改革なのか」「農業者の所得が拡大できるのか」などと政府・与党を批判しておおいに気勢をあげたという。5月の統一地方選後に本格化するとみられる農協法改正論議で、政府と対決していく姿勢を鮮明にしているのだ。

実際のところ、統一地方選の勝敗や、西川農相の政治資金問題で、農協法改正論議の推進力が衰えるリスクの存在は看過できない。

特に、西川問題は、同大臣が代表になっている政治資金団体が、国からの補助金を受けている企業から300万円の政治献金を受けていたというものだ。

西川大臣は事実関係を認め、返金したと説明しているものの、野党は厳しく追及してくるだろう。

専門家の間で、農業改革に不可欠と見られていた農協組織全体の解体などが早々にメニューから外れて実現しなかった問題も、今後の農業改革を制約しかねない面がある。

例えば、「全農やホクレンなどの連合会の株式会社化」がすっぽりと抜け落ちていることは、そうした気掛かりの一つだ。

これは、全農やホクレンが協同組合の連合会のため、優越的な地位の乱用を禁じた独占禁止法の規制対象にならず、高い価格で農家に資材を売り付け、日本の農家のコストを押し上げてきたことを是正するための措置であり、昨年春の段階で、政府の規制改革会議が実現を目指していたものだ。

しかし、今回、首相官邸が改革の対象をJA全中に絞り込んだため、改革そのものの効果が疑問視される事態を招いているのである。

冷静に結論を言えば、安倍官邸が漕ぎ着けたのは、当初よりメニューを限定した改革方針の表明に過ぎない。もちろん、ここまで辿り着くことの難しさを考えれば、高く評価したいところではある。しかし、首相には、まだ何も実現していないことを肝に銘じ、指導力を発揮し続けていただく必要があるだろう。