1月3日(火)
箕面市で保健所支所が2004年4月、廃止され、その後コロナ感染症が広がる中、支所の復活や池田保健所機能の充実を求める声を住民運動でもひろげてきました。しかし、今年9月には「池田保健所の建て替えで、池田市内に建て替えることが府から発表され、箕面市への移転はない」ことが明らかにされました。
12月の議会では、池田保健所の移転ではなく、保健所の拡充、支所の復活など機能の拡充を求めました。 質問の中味を順次ご報告します。
1,保健所の設置について
かつて箕面にあった池田保健所・箕面支所は2001年9月に策定された「大阪府行財政計画」で、保健所支所の統廃合が計画され、2003年の9月箕面市議会には、我が会派の黒山議員が委員会で「SARSだとか,感染病などに対する体制強化をする必要がある」と質問し、当時の芝助役が「医療・保健・福祉を進めてきた機能の保健の部分が箕面から撤退してゆくのは、箕面市民の感情として許せない。両府会議員の先生に中止を申し上げている」と応じられています。ところが2003年10
月の府議会での「府保健所条例一部改正」の可決で箕面支所を含む府内14か所の保健所支所の廃止が決定し、2004年3月末で廃止されました。
月の府議会での「府保健所条例一部改正」の可決で箕面支所を含む府内14か所の保健所支所の廃止が決定し、2004年3月末で廃止されました。
日本共産党箕面市会議員団は、新型コロナ感染症が広がる中、保健所機能がひっ迫するもとで、箕面市への保健所設置、支所の復活、保健所機能の拡充を何度も求めてきました。市民団体の要望や署名活動でも箕面市に保健所設置を求める声が提出されています。
上島市長は、市長就任直後の2020年9月25日の民生常任委員会の答弁で「保健所設置について、実現にむけて考えている。人の相互派遣とか柔軟に対応できることは大阪府もコントロールし安心安全な状況をつくる」とのべられました。すでに2年以上前のことです。
2021年、昨年の6月市議会の私の一般質問の「保健所設置にむけて大阪府との交渉の具体の取り組みは?」の質問に「庁内における検討」と答弁され、「庁内検討も交渉に向けたプロセスの一部」で、(「本市の担当」は、「公衆衛生の観点で、健康福祉部」で、しかし)「検討の進捗状況」ついては、「意思形成過程の途中であり、答弁は差し控えます。」としました。(「意思形成過程で、無用の誤解や混乱を与える、誘致に支障をきたす可能性がある」とまで述べました。)私たちは「保健所誘致に意思を形成の過程」いうことで前向きに受けとめてまいりました。(21年12月議会)
ところが、22年今年、9月29日、府から連絡があり、「池田保健所の移転用地の確保と、移転に向けた意思決定がなされた。所管する豊能町、能勢町など交通アクセスの点から池田市、医師会館跡地へと移転させる」と明らかにされました。
私たちは、箕面市に「保健所の設置や支所の復活など保健所機能の拡充」を繰り返し要望してきたもので。この要望は、「池田の保健所を箕面に移転させよ」との要望ではなく、保健所機能の拡充でした。
①箕面への保健所設置について
20年9月の市長の答弁や21年12月の一般質問への答弁の時点でも、箕面市は、はじめから池田保健所の移転の際に、保健所そのものを池田から箕面に移転させよ
うと考えていたのでしょうか?
うと考えていたのでしょうか?
今年9月の府からの連絡の添付の参考資料:府議会向け説明資料では「このたび、池田市から、池田保健所の移転用地として、池田市医師会館の跡地利用の提案があり、府で検討を行った結果、当該地、(池田市医師会館跡地)」を候補地として、移転に向けた検討・ 準備を進めてまいりますのでご報告いたします。」とありますが、現在の池田駅前から3分程度の便利な場所から、移転候補地は13分とかなり離れます。箕面市は箕面市への保健所設置や機能の拡充にどう府に提案や対応してきたのでしょうか?
また、今年9月の箕面市健康福祉部から箕面市議会への「大阪府池田保健所の移転について(ご報告)」資料では「本市における健康寿命の延伸に向けたソフト施策での連携については、同保健所及び府・健康医療部も含めて積極的に取り組むことで、府所管部から了解を得ています。」とありますが、「ソフトの施策」をどう積極的に取り組むとしているのでしょうか?
答弁;ただいまの名手議員さんのご質問に対しまして、ご答弁いたします。
まず、「池田保健所の移転に係る本市の提案と対応」についてですが、池田保健所の建物は、昭和36年の建設以来、築60年以上が経過し、建物躯体や設備の老朽化が進むとともに、バリアフリーへの対応ができていないなどの課題を抱えていました。このような状況のもと、平成30年2月に大阪府が池田市からの要望を受け、池田市保健福祉総合センターを移転候補地の一つとして検討が進められてきましたが、その後、池田市が計画を撤回され、改めて移転候補地の検討が進められました。
本市としては、令和2年前後から具体的な誘致先の検討を進め、船場地区への移転が決定していた旧萱野南図書館と旧教育センターの建物全体を府の施設として活用可能と考え、令和3年度に旧教育センターへの池田子ども家庭センターの移転が決定した後も、継続して保健所誘致の提案を大阪府に対して行ってきました。
この間、保健所誘致に向けては、市長自ら府知事及び府健康医療部長と面会し、当該地域が、令和5 年度末に延伸する北大阪急行線の新駅「箕面船場阪大前駅」から徒歩6分、大阪市内まで乗り換えなしの好立地であること、同駅周辺において健康寿命の延伸をめざしたまちづくりを積極的に行っている場所であること、保健所として重要な災害拠点病院である大阪大学医学部付属病院、済生会千里病院が近接していることなど、積極的にPRし、誘致を図ってきましたが、先般、ご報告したとおり、大阪府として池田市医師会館跡地を移転候補地として意思決定されたものです。
次に、「ソフト施策の取組」についてですが、本市においては、船場地区において、(仮称)関西スポーツ科学・ヘルスケア総合センターの設置を検討するとともに、本市と大阪大学、大阪船場繊維卸商団地協同組合、民間企業が連携し、産官学民による市民の健康寿命の延伸を目的としたソフト施策の展開をめざしています。
今後、同地区がヘルスケアの拠点へと発展していくため、健診医療データなどの活用による健康課題の分析や高齢者等の健康の保持増進、生活習慣病の発症予防や重症化予防などについて、大阪府と連携して取り組む予定です。以上でございます。__
名手;池田の保健所を旧教育センター建物へ移転誘致させようとしていたとの答弁でした。 続く
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