何度も主張していることだけれど、わたしのオールタイムベスト映画は故ロバート・アルトマンの「ロング・グッドバイ」(’73)だ。私立探偵フィリップ・マーロウをエリオット・グールドが演じ、ロフトに住んで近所のおねえちゃんたちに軽口をたたきながら事件に飛びこんで行く……そうです。松田優作「探偵物語」の元ネタですね。
残念ながら酒田のビデオ屋にはこの作品は見当たらないので(今がチャンスなのに!)、三十年近く前に観たっきり。すでにマーロウの年令をこえた中年男の目で再見したらどうなのかなあ。ハーモニカを使ってある人物への軽蔑をあからさまにしたラストなど、みごとなものだったが。まあ、アルトマンの「M★A★S★Hマッシュ」(’70)は久しぶりに観ても大感激だったのでだいじょうぶかも。
原作「The Long Goodbye」はレイモンド・チャンドラーの最高傑作。刊行当時はあまり売れなかったが、時代が下るにつれて評価はうなぎのぼり。日本でも「タフでなければ生きていけない。やさしくなければ生きている資格がない」(実は「ロング・グッドバイ」のセリフじゃない)や、「別れることは少し死ぬことだ」などのフレーズで有名だ。わたしが大好きなのはラストの一行だけれど、これはぜひとも作品にふれて味わっていただきたい。
さて、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」につづく村上春樹の夢の改訳第二弾。これまで流通していた清水俊二訳(わたしの世代には映画の字幕でおなじみ)との最大の差は、マーロウが若々しく、自省的に思えることだろうか。村上春樹が訳したことによって反響をよび、ふたたびチャンドラーの作品(大鹿マロイが出てくる「さらば愛しき女よ」は必読)が売れはじめたようでめでたい。
でもミステリファンは偏屈なので、90ページに及ぼうかという村上のあとがきのなかで、一度も“ハードボイルド”ということばが使われていないことに噛みついたりしている。わたしも村上訳にはちょっと違和感があるけれど、上質の文学の側面が強調されたということで、草葉の陰でチャンドラーもよろこんでいるのでは?まずは、読んでいただくことだ。おそろしく魅力的な脇役、テリー・レノックスの存在だけでもその価値はある。