前号繰越。
アラン・ドロンなどの吹替声優にして、劇団薔薇座の座長だった(若い世代には野沢直子のおじさんと言ったほうがとおりがいいか)野沢那智と、「怪物くん」や「巨人の星」の明子ねえちゃんの声でおなじみの白石冬美(チャコ)がなぜコンビを組んだかというと、先に声優として売れ始めた白石に「誰かいい人いない?」とTBSのパック・イン・ミュージックのスタッフが声をかけ、あの人がいいんじゃない?と決定したのが当時新進だった野沢だったそうだ。
「小生……」で始まる投稿に、白石が無邪気につっこみ、それを野沢がたしなめるパターンが多かった通称ナッチャコパックは、今から思えば微温的、かつあまりにも生真面目だったかもしれない。しかしそれが70年代の空気というものだったし、ある意味、リスナーとDJの距離がもっとも近かった幸福な時代と言えたかも。
局アナの多くもこのパターンを踏襲していて、現在からは想像もできないくらいアイドル的な人気のあった“レモンちゃん”落合恵子などは、若い世代に真摯に向かい合おうとしていた。ベイシティローラーズ擁護論などでわたしにはとてもついて行けなかったが(つまりわたしが圧倒的にガキだったのだ)。
一方で、DJ(ディスク・ジョッキー)は、その名の通りレコードを回すことから発祥した以上、新譜をガンガン流してくれという需要は強かったはずだし、職人として「ゴーゴーゴー・ア~ンド・ゴーズオン!」の名調子で有名な故糸居五郎はその意味で最高だった。
でも、いっそのことミュージシャンにしゃべらせてしまえばいいんじゃないか?と最初に気づいたのは誰なんだろう。しゃべりのプロたちの独壇場だった深夜放送に、ある意味、素人でもあるシンガーソングライターたちを起用した作戦は当たった。
以下次号。