刑務所から出所したばかりの大男、へら鹿(ムース)マロイは、八年前に別れた恋人ヴェルマを探しに黒人街の酒場にやってきた。しかし、そこで激情に駆られ殺人を犯してしまう。偶然、現場に居合わせた私立探偵フィリップ・マーロウは、行方をくらましたマロイと女を探して紫煙たちこめる夜の酒場をさまよう。狂おしいほど一途な愛を待ち受ける哀しい結末とは?読書界に旋風を巻き起こした『ロング・グッドバイ』につづき、チャンドラーの代表作『さらば愛しき女よ』を村上春樹が新訳した話題作。
(「BOOK」データベースより)
「長いお別れ」→「ロンググッドバイ」につづく村上春樹のチャンドラー新訳。前回はやけに老成したフィリップ・マーロウだったけれど、今回のマーロウは若々しい。っていうかやることが無茶。
プロットに弱点はあるがレトリックなら名人、というチャンドラーの特徴は村上訳によってむしろ露わになっている。秀麗な風景描写そのものが売り物になる作家はそうはいない。村上春樹はチャンドラーの翻訳を続けたいようなので(「かわいい女」が次作になりそう)楽しみだ。
映画版(監督ディック・リチャーズ。製作はなんとジェリー・ブラッカイマーでした)は池袋文芸座で観たっけ。ロバート・ミッチャムのもっさりとしたマーロウもいいが、今回の村上訳にはそぐわない感じ。まあ、マロイを演じたのがリチャード・キールだと誤解していたぐらいなのでえらいことは言えません。ミッチャムはその後「三つ数えろ」のリメイクでもある「大いなる眠り」でもマーロウ役を演じている。残念な出来でしたが。
大鹿マロイが夢見つづける歌姫を、映画ではシャーロット・ランプリングが華麗に演じてすばらしかったが、村上バージョンを映画化するとすれば、マーロウ→ジョージ・クルーニー、ヴェルマ→キャリー=アン・モスのコンビがお似合いかと。モスには退廃が似合うと思うんだ。
邦題は、旧「さらば愛しき女(ひと)よ」もいいが、今回の方が物語のテーマにかなっている。愛しき人、とは実は……