「ミズーリ州エビングの町外れにある3枚の広告看板」(原題)に、ある母親がメッセージを載せる。文面はこうだ。
"Raped While Dying"(娘はレイプされて殺されたわ)
"Still No Arrests?"(まだ犯人を逮捕できないの?)
"How Come, Chief Willoughby?"(どうなのよウィロビー署長)
うわ、なんかしんどそうな展開。哀しみのあまりに追い詰められた母親が、無能な警察を告発し、しかし悲劇的なラストを迎える……誰だってそう予想します。わたしだってそう思いました。ところがこの映画は、そんな観客の思いこみまで利用して、次から次へと意表をついていく。
主要な登場人物は三人。
母親(フランシス・マクドーマンド)は、娘が死んだのは自分のせいではないかと精神の均衡を失い始めている。
署長(ウディ・ハレルソン)は町民の信頼が厚く、しかしある事情をかかえている。
人種差別主義者で、無能を絵に描いたような悪徳巡査(サム・ロックウェル)は、老いた母親(ドナルド・サザーランドのファンなのが笑える)と二人暮らし。同僚に隠れてアバのチキチータを聴いているような男だ。
彼らは3枚の広告にそれぞれ対応しています。
絶対にストーリーを知らないで見た方が楽しめるので、これから先の展開は申し上げません。しかし爆笑の会話(四文字言葉の応酬がひたすらおかしい)とオフビートな演出、そしてなにより役者たちの名演に圧倒されることは確実。
いっしょに見ていた妻は、フランシス・マクドーマンドにノックアウトをくらい、すっかり彼女のファンになった模様。
わたしは彼女がベランダで足をのばすシーンで、こりゃ「荒野の決闘」のヘンリー・フォンダだし、強気一本やりだった彼女が本音をただ一度話す相手が、早朝に突然現れた鹿だったことに「スタンド・バイ・ミー」を想起して涙。
コーエン兄弟の映画が好きな人なら(あの人たちの作品は、マクドーマンドが出ているときは絶好調というセオリーはお知らせしましたね?)、特に「ファーゴ」が好きな人には絶対のおすすめ。こりゃあまいった。