泥沼化する日中戦争。探偵小説作家の小栁は、従軍して戦地のレポートを書いている。軍人でも捜査のプロでもない彼が、なぜかある事件の捜査を要請される。その事件とは、万里の長城の上と下で、守備隊の分隊全員が死んでいるというものだった……
意外なほどまっとうなミステリ。もっとも、浅田次郎がミステリの書き手ではなかったというわけではない。確かに「蒼穹の昴」などの歴史小説や「鉄道員(ぽっぽや)」に代表される人情ものがメインであっても、彼のブレイクには、「このミステリーがすごい!」でプリズンホテルがランクインしたことが確実に影響したはずだし。
しかし最初に派手な“謎”を提供し、“名探偵”が解決するという王道のミステリを、大ベテランがここで持ってくるとは思わなかったなあ。そしてこの王道ミステリのキモは、軍人でも捜査のプロでもない人間が捜査するという点にあるあたり、うなる。
主人公はどう考えても浅田自身。ベストセラー作家なのに、文学青年である憲兵(彼がワトソン役になる)に原稿を徹底的に書き直させられるのがおかしい。
にしても、万里の長城が北方からの蛮族の侵入を防ぐためのものだということを考えれば、こういう急峻な場所に存在することもあると(主人公も)忘れていて、なるほど現場に行かなければわからないことってあるなあ、としみじみ。
宇宙船からも目視できるというほどの長く高い壁を、一度は見てみたいものだけれど。ただし、講談社の金で長城に行ったのに、それを角川で作品化したのはさすがにいかがなものかと(笑)