平成22年10月に名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議において、「2020年までに侵略的外来種とその定着経路を特定し、優先度の高い種を制御・根絶すること」等を掲げた愛知目標が採択された。この愛知目標の達成に資するとともに、外来種についての国民の関心と理解を高め、様々な主体に適切な行動を呼びかけることを目的とした、「我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種リスト(生態系被害防止外来種リスト)」が、環境省と農林水産省によって作成された。
リストには、計429種類(動物229種類、植物200種類)が掲載されており、昆虫類では22種がリストアップされており、中でも今回は、総合的に対策が必要な外来種(総合対策外来種)「緊急対策外来種」に選定されているのチョウ類2種、ホソオチョウ(Sericinus montela)とアカボシゴマダラ (Hestina assimilis assimilis)について記しておきたい。
ホソオチョウとアカボシゴマダラは、人為的な放蝶行為によって、現在、日本国内に定着しているチョウである。この2種は、これまで、外来生物法の規制が課されるものではないが、生態系に悪影響を及ぼしうることから、適切な取扱いについて理解と協力をお願いするという「要注意外来生物」として扱われてきたが、先般の愛知目標によって作成された生態系被害防止外来種リスでは、「緊急対策外来種」に選定されている。
珍しい、美しい等という人間の勝手な欲によって持ち込まれ、繁殖し拡大しようとしている昆虫。昆虫に罪はないが、排除されなければならない外来種である。とは言っても、ここまで拡大し定着してしまうと難しいのが現状だ。
ホソオチョウ(Sericinus montela)
ホソオチョウ/春型オス(撮影地:埼玉県所沢市 2011.4.24)
ホソオチョウ/春型オス(撮影地:岐阜県大野町 2012.4.28)所沢市の本種とは、翅の赤斑と青斑が異なっている
ホソオチョウ/夏型オス(撮影地:埼玉県所沢市 2011.7.17)
ホソオチョウ/夏型オス(撮影地:埼玉県所沢市 2011.7.17)
- ●原産地と分布
- ロシア東部、中国、朝鮮半島
- ●定着実績
- 1978年に東京で確認されて以来、分布域は拡大し、これまでに関東、近畿の他、岐阜、岡山、山口、福岡で確認されている。
- ●評価の理由
- 在来種のジャコウアゲハとの食草をめぐる競合が懸念されている。植物防疫法で輸入が禁止されており、 これらの法令を遵守するとともに、放蝶に由来すると考えられる分布拡大を防ぐ普及啓発が必要。
- ●生態系に係る被害
- 幼虫期における在来種ジャコウアゲハとの競合のおそれがある。
- ●被害をもたらす要因
- (1)生物学的要因
- 本種の幼虫はマルバウマノスズクサとウマノスズクサを基本的な食草として利用しており、在来種ジャコウアゲハとの競合が懸念される。 オオバウマノスズクサがある場合にはジャコウアゲハはオオバウマノスズクサを利用するが、ウマノスズクサしかない地域では、両者が同じ資源を利用することになり、 競合がおこると考えられる。
- (2)社会的要因
- 日本への侵入、定着及び分布拡大の多くは人為的な放蝶行為によるものと考えられている。
- ●特徴ならびに近縁種、類似種について
- アゲハチョウ科ギフチョウ属の1属1種のチョウ。春型では全体に白い翅色を持ち、夏型は黒色と黄色を呈する、上記の特徴と長い尾状突起を持つ点で類似する種はない。
アカボシゴマダラ(Hestina assimilis assimilis)
アカボシゴマダラ/春型メス(撮影地:東京都青梅市 2012.06.10)
アカボシゴマダラ/夏型オス(撮影地:東京都三鷹市 2010.08.28)
- ●原産地と分布
- 中国、朝鮮半島、済州島、台湾
- ●定着実績
- 1998年に神奈川県藤沢市で確認されて以来、発生は続き、分布域は拡大している。2004年には藤沢市、横浜市、鎌倉市、逗子市、葉山町、綾瀬市、大和市、茅ヶ崎市で確認されている。
- ●評価の理由
- 在来種のコマダラチョウとの食草をめぐる競合が懸念されている。植物防疫法で輸入が禁止されており、これらの法令を遵守するとともに、放蝶に由来すると考えられる分布拡大を防ぐ 普及啓発が必要。
- ●生態系に係る被害
- 幼虫期における在来種ゴマダラチョウとの食草をめぐる競合のおそれ。現在は未侵入であるが、環境省レッドリストで準絶滅危惧のオオムラサキの生息地に侵入した場合、 オオムラサキと食草をめぐって競合する可能性も考えられる。
- ●被害をもたらす要因
- (1)生物学的要因
- 本種の幼虫は食樹エノキの枝の分岐、幹上でも越冬するため、落葉で越冬するゴマダラチョウ幼虫よりも早く新葉に到達し、到達した葉上で台座を作りその位置を占めることが できるため、アカボシゴマダラの方が優位ではないかと推察されている。アカボシゴマダラ同士の観察では、先に新葉に到達した個体がいる場合、後からやってきた個体が反転して 去ってしまう行動が観察されており、ゴマダラチョウとの間でもそのような行動が見られる可能性もあるが、実態は不明。
- (2)社会的要因
- 現在定着している地域では1997年以前にはまったく確認されていなかったので、侵入、定着は人為的な放蝶行為によるものと考えられている。
- ●特徴ならびに近縁種、類似種について
- 同属で在来種のゴマダラチョウとは後翅の亜外縁に赤色の紋を持つことで区別される。白化型では赤紋が消失するが、黒色部分が少なく、 ゴマダラチョウとの区別は容易。また、奄美大島、徳之島に産する亜種shirakiiとは春型など低温期に白化型がでることや、後翅の赤紋の色彩、形状が異なる。
参考文献
福田晴夫他 (1983) 原色日本蝶類生態図鑑(Ⅱ). 保育社. 325pp.
藤井恒 (2002) ホソオチョウ. 日本生態学会編「外来種ハンドブック」地人書館. P. 157.
桜谷保之・菅野格朗 (2003) 京都府木津川堤防におけるホソオアゲハの生態―特に在来種ジャコウアゲハとの比較―. 巣瀬司・枝恵太郎共編「日本産蝶類の衰亡と保護 第5集」
日本鱗翅学会, p. 181-184.
小路嘉明 (1997) 持ち込まれたホソオチョウ. 日本動物百科第9巻昆虫Ⅱ平凡社, p. 33.
岩野秀俊 (2005) 神奈川県におけるアカボシゴマダラの分布拡大の過程. 昆虫と自然, 40(4): 6-8.
福田晴夫他 (1983) 原色日本蝶類生態図鑑(Ⅱ). 保育社. 325pp.
中村進一 ・菅井忠雄・岸一弘 (2003) 神奈川県におけるアカボシゴマダラの発生. 月刊むし, (384): 38-41.
中村進一 ・菅井忠雄 (2005) 神奈川県におけるアカボシゴマダラの発生(2). 月刊むし, (409): 94-97.
環境省 自然環境局 野生生物課 外来生物対策室/ホームページ
国立研究開発法人 国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 侵入生物研究チーム/ホームページ
東京ゲンジボタル研究所 古河義仁/Copyright (C) Yoshihito Furukawa All Rights Reserved.
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コメントいただきありがとうございます。
アカボシゴマダラの生態については、地域によって、あるいは環境によって少し異なるかも知れません。Emickeyさんの観察結果も正しいと思います。
私も、それほど生態系には影響はないだろと思っておりますし、ゴマダラチョウと共存できるだろうと思っております。
ただし、アカボシゴマダラは人為的に放蝶された種で、本来、いてはならない外来種です。
今となっては、もう、どうしようもありませんし、チョウに罪はありませんが、
一部のマニアの身勝手な行為が始まりであることを多くの人々は知るべきだと思い、記事として掲載しました。
私の専門のホタルは、今や見世物状態です。
里山(自然)あっての存在にも関わらず、自然はそっちのけで、ホタルだけ無理やり飛ばそうとする取り組みが多すぎます。
自然界の掟を破ることなく、美しい自然環境を保全することが大切だと思っております。