ホタルの独り言 Part 2

ホタルの生態と環境を52年研究し保全活動してます。ホタルだけでなく、様々な昆虫の生態写真や自然風景の写真も掲載しています

ホソミモリトンボ(初)

2023-07-31 14:27:12 | トンボ/エゾトンボ科

 ホソミモリトンボ Somatochlora arctica (Zetterstedt, 1840)は、エゾトンボ科(Family Corduliidae)エゾトンボ属(Genus Somatochlora)で、1840年にヨハンウィルヘルムゼッターシュテットによって最初に記載された。体長50mmほどの細身で、同属の他種とは、オスの尾部付属器が上から見ると弧状に湾曲すること、メスの腹部第3節背面に独特の丸い黄斑があること、産卵弁が後方に板状に突出することで区別できる。
 本種は、ヨーロッパ北部から中国東北部、シベリアなどに広く分布し、国内では北海道と本州に分布する。北海道では平地の湿地でも見られるが、グループの中では最も好寒性が強く、本州では、高冷地のミズゴケ、スゲ類が繁茂する遷移が進んだ浅い湿原に生息し、これまで福島、栃木、群馬、長野、新潟、岐阜の6県で記録があるが、いずれも局所的であり、近年では確認されていない場所も多い。
 環境省版レッドリストには記載されていないが、都道府県版レッドリストでは、栃木県で絶滅危惧Ⅰ類に、群馬県で絶滅危惧Ⅱ類に、新潟県と長野県で準絶滅危惧種としている。

ホソミモリトンボの分布図
図:ホソミモリトンボの分布図(環境省 自然環境局 生物多様性センター/ 「日本の動物分布図集」第3部 動物分布図(昆虫類 トンボ類)より)クリックで拡大表示

 ホソミモリトンボは、2011年7月に尾瀬で見たのが最初であるが、証拠にもならない写真しか撮れなかった。その後、毎年のように文献に記載された場所を訪れ探索を続けてきたが、一昨年、上高地の田代池で目撃できたのみで、他では確認すらできていなかった。
 さて、今年はどうするか。北海道に遠征すれば、撮影できる確率は高いのだろうが、本州で見つけたい。何回通っても確認できていない湿地に再訪して探索を続けても徒労に終わる可能性が極めて高い。それなら生息が確実な上高地へ行くか。しかし、上高地は観光客が非常に多く、限られた撮影場所に飛んできてくれる確率はかなり低い。そこで今年は、文献にも載っておらす、これまでに訪れたことがない湿原をgoogleマップで探し行って見ることにした。これまで訪れた中で、一番標高が高い場所になる。

 現地には6時半に到着し、まずはロケハン。誰もいない。生息環境に適していなければ、すぐに帰ろうと思ったが、生息の条件に合致していたため、カメラを準備して7時より探索を開始した。すると、すぐさま2頭のエゾトンボ系のトンボが飛び回っているのが目に入った。朝の食事タイムのようである。時折、目の前を通過する。どうも、これまで見てきたエゾトンボの仲間とは違ってスリムである。しかし、種類が判別できない。
 9時半頃になると、湿地の草原で短いホバリングを行うようになった。しばらくするといなくなり、数十分後にまた現れ、決まった場所で数秒のホバリングを繰り返していた。距離は6m。カメラを向けるが、ピントが合う前に移動してしまう状況。
 10時半頃になると、交尾をしながらタンデム飛翔する個体が遠くに見えた。この日は、全部で3組のタンデム飛翔を確認。すべて低空で飛翔し、近くの低木の枝に止まっている。ただし、距離は10m以上もあり撮影はできなかった。そのうち1頭が目の前の草むらに入って行くのが見え観察していると、メスが産卵に訪れたようである。完全に草むらで、地面が濡れているのかも分からない。何カ所か移動しながら草むらの潜っていく。長いと3~4分ほど出てこない。どのように産卵しているのかも見えなかった。その時に写した写真をモニターで確認すると、腹部第3節背面に独特の丸い黄斑がある。この特徴でホソミモリトンボであることが分かった。
 この個体は、見失ってしまったが、正午近くなって別のメスが産卵に訪れ、この個体も草原の中の非常に小さな窪みに降りて行くことが見られた。その時刻には、オスはまったく現れることはなかった。夕方にもオスのホバリングが見られると思い待機したが、この日は現れることはなかった。
 10年間探して求めていたホソミモリトンボをようやく間近で確認でき、証拠程度ではあるが写真に撮ることができた。たまたまこの湿原に飛んできた個体ではなく、数頭を確認したこと、タンデム飛翔と産卵も確認しているので、確実な生息地であろうと思われる。エゾトンボ科では、これまでタカネトンボ、エゾトンボ、ハネビロエゾトンボ、カラカネトンボを観察し撮ってきた中で、本種は、生息環境が他の種とはまったく異なっており、また昨年まで本種を探索していた湿原や湿地とも異なっており、改めて生息できる環境を学ぶことができた。
 ホソミモリトンボは、写真初掲載のトンボで、ブログ記事「昆虫リストと撮影機材」「蜻蛉目」で113種類目となる。

 ホソミモリトンボを撮るまでに10年以上を要したが、残念ながら今回はピンボケ写真が多く、オスの決定的図鑑写真ではない。近いうちに再度訪れ、ホバリングや静止写真、運が良ければ交尾態の写真を狙ってみたいと思う。(後に静止とホバリングの写真撮影は叶った。参照投稿記事をご覧頂きたい。)
 他の昆虫でも、撮影までに時間を要した種は多い。例えば、オオキトンボを撮るために兵庫県に、ヒロオビミドリシジミは大阪府まで何度も通ったが、ゴマシジミ(青ゴマ)の開翅を撮るためには、長野県に5年間で10回通い、サツマシジミの開翅を撮るために和歌山まで8年間で10回通って撮影した経験がある。これらは確実に生息している場所で、目前に多くの被写体を前にしている状況での事である。ヒサマツミドリシジミは、北陸まで8年間で9回通い撮影できたことを思いだす。ヒサマツミドリシジミでは、生息地ではあっても、一度もオスを確認できておらず、9回目でやっと出会うことができた。これらすべて、各種生態の基本的知識を学ぶことは勿論、遠征の経験から得た知見が何より役立った。これらは、「撮影できた」という結果だけではなく、各種の保全にも役立つものである。
 今回撮影できたホソミモリトンボでも同様で、10年以上探索した経験と今回得た知見は、本種の保全に欠かせないものであると思う。今後も継続して訪問し、本種の本州における生息環境と生態を調べていきたい思う。
 尚、今回の撮影場所は、論文などで発表すれば、ホソミモリトンボの生息地としては、分布上かなり貴重な場所であると思われる。しかしながら、本種の幼虫期は3~4年と推定され、同属よりも比較的長いこと、湿原の遷移という環境変化が進行していることから、あと何年生息できるか分からず、また、インターネット上で地名がある程度公表された場所では、採集者も多いため、保全の観点から生息地の情報は一切、記さないこととしたい。
 帰路は中央道を使ったが、談合坂SA手前5km地点から小仏トンネルまで20kmの渋滞。特に談合坂SA手前から上野原ICまでは、まったく動かないことも多々あり、拷問のような渋滞であった。八王子JCからはスムーズであったが、八王子の料金所からは、また渋滞。今度は事故で、降りる国立ICまで50分の表示。仕方なく、八王子から一般道で自宅に帰った。

参照投稿記事

引用:環境省 自然環境局 生物多様性センター / 「日本の動物分布図集」第3部 動物分布図(昆虫類 トンボ類)

以下の掲載写真は、1920*1280 Pixels で投稿しています。写真をクリックしますと別窓で拡大表示されます。

ホソミモリトンボの写真
ホソミモリトンボ
Canon EOS 7D / Tokina AT-X 304AF 300mm F4 / 絞り優先AE F8.0 1/500秒 ISO 160 -2/3EV(撮影地:本州中部 2023.07.30 7:43)
ホソミモリトンボの写真
ホソミモリトンボ
Canon EOS 7D / Tokina AT-X 304AF 300mm F4 / 絞り優先AE F8.0 1/500秒 ISO 250 -2/3EV(撮影地:本州中部 2023.07.30 9:53)
ホソミモリトンボの写真
ホソミモリトンボ
Canon EOS 7D / Tokina AT-X 304AF 300mm F4 / 絞り優先AE F8.0 1/400秒 ISO 250 -2/3EV(撮影地:本州中部 2023.07.30 9:58)
ホソミモリトンボ(メス)の写真
ホソミモリトンボ(メス)
Canon EOS 7D / Tokina AT-X 304AF 300mm F4 / 絞り優先AE F8.0 1/400秒 ISO 200 -2/3EV(撮影地:本州中部 2023.07.30 10:33)
ホソミモリトンボの産卵場所の写真
ホソミモリトンボの産卵場所(湿原の中に細流がある)
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