散歩日記X

札幌を中心に活動しています。食べ歩き・飲み歩き・ギャラリー巡り・読書の記録など

ワインづくし

2012年06月16日 16時55分01秒 | 飲み歩き・大通、札幌界隈
さて、午前中は肌寒いくらいだったが、だんだん暖かくなってきてのどが渇いた。さて、どこ行くかなと思ったが、あの店があると便利だね。ということで、札幌駅北口の「SZ」へ。



軽くポップコーンシュリンプと白ワイン250ml。さすがに16時ちょっと前とあって、あまり混雑していない。


→写真が変なのは、向こう側に置いたワインのデキャンタを入れようとしたためのようだ。



本屋さんに立ち寄ってから、北海道ワイン&チーズ 街道サロンへ。北海道のワインが試飲(ワイングラス500円、試飲グラス250円)できる、ホテルのコーナーである。好人物そうなお店の方にお勧めを聞いて、マオイワイナリーの菜根というのを飲む。





結構しっかり酸味と渋みのあるタイプだ。2杯目は鶴沼葡萄畑のセイベル新酒。





新酒のフレッシュな感じもあるが、まろやかなふくらみを感じる味。

これはなかなか良いかも。同時に入店した観光客らしい人が、マオイのワインを気に入って「3本下さい」(そりゃ、すごいな)というと、店の人が「売りたいんですけど、売れないんです」と言っていたので、私も一緒にズッコケてしまった。どうも、何らかの取り決めがあるらしく、ボトルでの販売はできないのだとか。味が気に入った人は、ぜひ現地に買いに行って下さいとのことであった。


20120616ギャラリー巡り

2012年06月16日 16時14分20秒 | ART
本日は芸術の森→趣味の郷→ARTスペース201→ivory→さいとう→スカイホール→三越→市民→富士フイルム→大通→道新→時計台→STV北2条→たぴお→エルプラザ→エッセ→大丸の17か所。力尽きてミヤシタと法邑に行けなかった。

■札幌芸術の森美術館「立体力」。仏像から人形、フィギュアまで、広く立体(主に人型)を取り上げた展覧会。エントランスには、以前「海洋堂の軌跡」展でもいたような気がする人たちがいる。



円空「観音菩薩坐像」:長万部町が所有しているもの。平和祈念館で見たかなあ?
木喰「子安地蔵菩薩立像」:衣の流れがなかなか美しい。顔から体にかけて、スパーンと割れているが、そこも何だか、罪を引き取ってもらったようで、ありがたい。
木喰「地蔵菩薩立像」:高さ203センチというなかなかの大きさだ。そして熱く(厚く)パンチのある顔ながら、何とも言えない暖かみがある。ついおすがりしてしまうような、そして「いいんだよ。全部分かっとる」と言ってくれそうな仏像なのだ(←私、ちょっと疲れてる?)。背中には梵字が沢山書いてあり、ありがたみもたっぷりだ。

山崎朝雲「龗 たかおがみ」:あまりに文字が見辛いのだが、あっているだろうか。下半身は台座にやや埋もれつつ、半眼で玉を捧げ持つ怪作。
山崎朝雲「雪舟像」:これは表情がすごい。なぜ芸森で所蔵しているのだろう。
萩原守衛「女」:超古典的な見方とはいえ、「女」を具現化するとこうなるのだろうという見本。

高村光太郎「薄命児男子頭部」:この子はいかにも薄命そうだ。悲しい目をしている。
澤田政廣「赤童子」:古典的なテーマだが、顔とスタイルはかなり現代的。
鈴木吾郎「若い女 XIAOSYU」:絵画で浮遊感があるといえば塚崎聖子とくるが、彫刻で浮遊感を感じさせるといえば鈴木吾郎だろう。表情の柔らかさと体の力の抜け具合がそうみせるのか。

「サイボーグ009 ヴィネット 004アルベルト・ハインリヒ」:サイボーグ009には何とも言えない悲しさを感じるよね。今の人はエヴァンゲリオンにそれを感じることができるのだろうか。
「ケンシロウ」:顔が小さい、腰から腿のへんの厚みがすごい。
「ユリア」:この人もデカイなあ。南斗最後の将編のファッションだね。
砂澤ビッキ「神の舌」:ある意味、仏像級のありがたみがある。

私は少々心が狭いので、人形の類は一切受け付けない。あれは何でダメなのだろう。それからちなみに、エヴァはアスカファンですね(見たことないけど)。



会場の外に出て、和泉正敏の彫刻3点。まずは「内と外」。



「石のやさしさ」。



「ゆくえ」。



これを見ながら、関口雄揮記念美術館方面へ。





前庭で澁谷俊彦「風の森2」というインスタレーション展示をやっているのだ。まだ肌寒さを感じさせる風に、オブジェがしなる。



背の低い人には少々見辛いかもしれないが、ポールの上が色付けされているのだ。近くに寄って見ると、風でうなる音も聞こえた。



後は工芸館で「ビアマグランカイ」(Finalと書いてあるので、最後なのかもしれない)を見て、札幌中心部に戻る。





■さいとうギャラリー「千展」。
梅木美呂「回想」:何が描かれているのか分からないが、形と色彩はいい。
吉村千加子「空曲」:緑青がでた銅の扉のような圧力のある大作。500号くらいあるのか?
石川悦子「未知」:赤紫の地の色に、黒い滝が流れ落ちているかのような作品。

■スカイホール「野口秀子個展」。
「水音」:4種類の小品を合体させた作品。それぞれの青が水を表現しており、全体としてのリズム感が感じられる。
「雨の日ポスト」:こちらは全体の青に、ポストの赤が効いている。雨の音がしてきそうだ。

■市民ギャラリー「全道展」。展示案内に作品名も入れてくれると、嬉しいんだけどな。よって、以下の紹介は作品名があったりなかったり、となる。まずは絵画から。

石本久美子:ほぼ白地に横たわる女を描き、非常に余計なものがそぎ落とされた感がある。
梅津美香「あれからのこと」:色々なことがあったが、それでも花はまた咲くのである。
鎌田俳捺子:赤、緑、ベージュと色の帯を重ねた作品。

菊池喜美代:水中を行く、エイの群れを描いたかのような作品(タイトルからすると、全然違うはず)。
斎藤矢寸子:気球に乗って釣りをするシーン。アロワナが悠然と空中を泳いでいる。
佐藤仁敬「ツミキのケハイ」:ついにこのシリーズが全道展に登場。新会員になったようだ。

杉吉篤:彫像のような人物と、妙に小さな家を取り合わせた、不思議作品。
竹本あつ子:画面からはみださんばかり、あふれかえる女体を描いた。
谷掛幸恵:怪しい女性が2人。何だか気になる。

西村徳一:怪しい森の植物だろうか。
本城義雄:赤い部屋に赤い体の裸女が4人。昨年あたりからの新展開だと思う。
森弘志「き」:右の森を見て、左の森を見ると、木々が一歩近づいてきたように見える。そんなバカな。

安井孝:顔のない男の無言劇のようだ。
山下みちよ:小さな操り人形達が、店に集まって来た。
山田勝代:なんとも言えない黒い家。古い店舗兼住宅だろうか。

大和黒光:デザイン的センスの光る作品。
輪島進一:今回は動というより、静。しかし、並んで休憩する二人の間には緊張感が漂っているのか。
大谷久子「まんじゅしゃげ」:グインとうねるような茎、そして深紅の花。

次は版画。
浅川良美「大衆食堂」:カメレオンの長い舌がまさにハエをとらえようとしている。タイトルを見て、なるほど!
坂みち代:花火をする家族達。光と闇を表現できる題材が良い。
和田裕子「野ぶどう(盛岡にて)」:私はこの方の作品の所で、必ず目が留まるようになっているのだ。ぶどうの可憐さがある。

彫刻へ。
岡沼淳一:木のテーブル表面をうねる大地に見立てている。
川上加奈「とげのある人」:緑色のちょっと性格のきつそうな人物。新境地か。
川名義美:パイプとそれを吸う人の頬のふくらみがユーモラス。

九兵衛真一:胴体がやけに大きな、昆虫的性質を持つ生き物。
竹村孝夫「ムラの女王悲話」:中央にくすんだ赤い木、周囲を10本の槍が囲んでいる。
向川未桜:人物身もだえ系の作品。

■富士フイルムフォトサロン「フィルム一本勝負写真展 2012 「記録への昇華」」。36枚撮りのフイルムで、岩見沢の街を撮影したもの。私も先日岩見沢に行ってきたのだが、小樽なみに被写体がある場所だと思った。かなり複数のメンバー間でかぶっている写真もあり、その辺を見つけるのも興味深い所だ。

■ギャラリーエッセ「小笠原洋子個展」。石の箱舟シリーズ7点が並んでいるのは壮観である。
「石船(沈黙の跡に)」:宇宙戦艦ヤマトがガミラス本星を壊滅に追いやった後、満身創痍で飛んでいる姿のようだ。
「大地の看視者」:北方ヨーロッパ的風景の手前に、目が沢山付いた化け物のような異物が配置されている。

野沢桐子展

2012年06月16日 15時12分46秒 | ART
この展覧会に関しては、これまでにも行くたびにちょこちょこ書いていたのだが、最終的に思ったことを整理してみたい。

作品の描写力の素晴らしさは誰もが認めるところだろう。この展覧会場はビルの入口ホールなので、特にビルに勤めている人にとっては通り過ぎるだけの場所なのだろう。これまでの展覧会で、真剣に作品を見ている人はあまり多くはなかったように思う。しかし今回は、かなりの人が明らかに作品を見るためにこの場にいたのだ。それだけ、人の足を止める(足を運ばせる)力がある展覧会だったと言えるだろう。

作品を見ると、人物のリアルさ、背景の妙なゴージャス感が最初に目につく。さらに見ていると、グラスや灰皿、床や靴の質感がそれぞれ全く違うものでありながら、ハッとさせられるほどしっかり描きこまれていることに気づく。また、小さな猿のぬいぐるみ、小鹿など、その場にはそぐわないものが所々に描きこまれていることにも気づく。これは一体何を意味しているのだろうか。大作中心に、私がどんな印象を受けたのか、書いてみよう(なお、人物にはモデルがいるようなのだが、その人を知っている訳ではないので、人物評ではない。あくまでも描かれたものに対する感想である)。

「Who is Joker」:老人と若い女がカードゲームをしているシーン。若い男が、老人の頭に銃口を向けている。若い男はあまり表情がなく、用心棒というよりは、運命を象徴しているのだろう。女性は片足の靴を脱いでいるところが、うまい。蓮っ葉、小悪魔と言った印象だ。そして、メインはやはり老人だろう。老人と言っても、銃口を向けられて微動だにしないのだから、只者ではない。さぞかし修羅場をくぐりぬけてきたのだろう。しかし、彼の肩には猿のぬいぐるみが乗っていて、ユーモアを失っていない男だということが分かる。



「Honey Bitter」:椅子に腰かける何となく魂を抜かれたような女。美女という程ではなく、その辺にいそうなくらいの可愛らしさ。床に落ちたバッグからは煙草と毒薬の瓶が出ており、胸にはタランチュラのアクササリーがある。これは死への渇望だろうか。わずかな救いは、彼女の手に乗っている小さな鹿だ。この鹿が立ち続ける限り、希望はある。


→階段の所に展示されているため、正面から撮影できない。

「花屋」:ちょっとダメおやじ風の男。しょぼくれた感じもあるし、飄々としているようでもある。良く見ると、帽子や靴はかなりオシャレだ。そして決定的なのは、ちょうど胸の所に描かれたバラの花。ハートにバラを秘めた男なのだろう。



「無題」:階段から下りてくる女性はこちらも実在感が薄く、「若さ」の象徴くらいの所だろうか。「Who is Joker」と同一人物と思われる老人が、いすに腰掛けてビールの小瓶を持っている。老人があまりにも深く椅子に腰かけて、中空を見つめているので、もう立ち上がれない、回想に耽るだけなの状態なのだろうか。しかしこの老人もなかなかおしゃれさんだ。ビールといい、描写の素晴らしいガラスの灰皿(喫煙を意味する)といい、まだ枯れていないことを感じさせる。


→ガラス越しなので、こんな状態に。

「舟の左手、風の右手」:タイトルからするに中央の聖母風の女性がテーマではなくて、二人の赤ちゃんが主役なのだろう。しかし、これは私にはどうにも読みとれない。



「Japanese 2011」:何となくワルそうな男がこちらを睨んでいる。そう、ちょいワルではなく、現在進行形の本物のワルかもしれない。しかし、足元には本が何冊か積まれていて、実は読書家なのだ(多分)。知性と悪を兼ね備えた、ある意味矛盾していそうな人物なのだろう。多かれ少なかれ、誰しもそういう所はあるはずだ。



全体的に見て、人物の核心に迫るほどの描写でありながら、人は見える部分だけではないんだよということを、ワンポイント(猿、鹿、バラ)で表現してるような気がする。またそれに説得力を加えるのは、素晴らしく過剰なほどの背景だ。ここまで背景を描かれると、「あなたの言うことは分かった」と降参させられてしまう。ここまでやるのか、というところまでやることで、作品の全体に命が通っているのだと思った。

この展覧会も後、一日だ(6月17日まで)。これ見て行く人、いないかなあ。

そうでもなかった

2012年06月16日 12時11分44秒 | 食べ歩き
地下鉄すすきの駅を降りて、今日もミートソースを食べようと喫茶店に行った所、広い店内が驚くべき混雑だったので断念。かなり妥協して、ファストフード的な店でそば+カレーセットを食べた。

カレーは予想通り家庭的な味。



蕎麦はとらえどころがない。つゆも少しうす甘い。蕎麦湯がないのも痛い所である。