55年前の今日、1966年7月16日文革勃発時、72歳の毛沢東、武漢の長江を泳いでみせる
このとき国家主席は劉少奇である。つまり、政府にとっては無官の72歳老人が「崛起」したのだ。
文革により中南海から引きずり出された劉少奇は、3年後に虐待を受けながら死ぬ。
下記のyou tube より
あるいは、この中共制作の動画:https://www.nicovideo.jp/watch/sm888284
■ 武漢(Wuhan: wikipedia 日本語、英語)は、2021年の今では世界で北京、上海並みに有名な都市となった。もちろん、コロナウイルスの発生源だからだ。
さて、その武漢。55年前の今日、毛沢東が長江遊泳という大政治的示威(demonstration)を行った。プロレタリア文化大革命(以下、文革)が勃発した1966年5月から2か月目だ。この政治的示唆の後、毛沢東は北京に「上洛」した。8月18日の紅衛兵を100万人集めた天安門広場における文化大革命祝賀大集会実施への嚆矢だったのだ。
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高 嶋 航、「文化大革命と毛沢東の水泳」なる学術論文がある。
■ 長江水泳示威の後で
1966年8月18日、天安門広場における文化大革命祝賀大集会
愚記事より
■ 裸族系独裁者
習近平党総書記・国家主席は、中国共産党設立100年で、中国の偉大さを賛美。第2の毛沢東になろうとしていると目されている。その習近平総書記はプーチンが大好きらしい(google [習近平 プーチン 尊敬])。そして、習近平総書記が崇拝する二人は裸族系独裁者なのだ。
まずは、一皮むけなければ。
【cn】毛沢東の中国:大いなる実験