草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

高市発言以上に原発事故を小さく見せようとした民主党政権!

2013年06月20日 | 災害

 福島第一原発の事故で死者が出ていないと大見得を切ったのは。民主党政権だったのを忘れたのだろうか。マスコミを動員して小さく見せようと必死だった。民主党政権を守ろうとするあまり、マスコミもこぞって協力し、大本営発表をやらかしたのである。福島市や郡山の放射線管理地域についても、民主党政権が避難させなかったのだ。健康に影響がないと考えたからだろう。現在進行中であるにもかかわらず、終結宣言まで出したのは、一体誰だったのだろう。自民党の高市早苗政調会長の発言は、前の政権と同じことを口にしただけだ。地元だからとはいえ、それを忘れて玄葉光一郎あたりがクレームを付ける。それしか攻撃材料がないわけだから、民主党も風前の灯ではないだろうか。福島第一原発の事故よって福島県は大打撃を受けた。とくに人口が密集している福島市、郡山市、いわき市が深刻で、子供が大幅に減少した。民主党政権が鳴り物入りで始めた除染も、効果が疑問視されている。福島県内の子供に関しても、民主党政権は後手後手であった。最高責任者であった菅直人が後悔しているのであれば、責任をとって国会議員を辞めるべきだろう。今頃になってとやかく言うのではなく、早い段階で手を打つべきだったのだ。それをやらなかったのは菅であり、民主党政権であった。福島第一原発事故の対応を誤った民主党政権の責任は、徹底的に追及されなくてはならないのである。

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日本浪漫派の保田輿重郎の学問の核心は志であった!

2013年06月20日 | 思想家

 わが国の学問がもう一つ元気がないのは、先人から受け継ぐべき志を見失ってしまっているからではないだろうか。在野にある私としては、なおさらその思いがしてならない。保田輿重郎は「近代の学界は、先人の成果を知識として分割するだけで、成果をなした先人の学問の方法と志に学ばんとの思ひがないのである。旧時代の文人にとって、学はただの知ではなく志だった。ものを生むはたらきをなす霊だった」(『わが万葉集』)と書いている。昔の日本人はそれを実感できたのだろう。保田が平田篤胤にこだわったのは、その点においてであった。平田は門人に向かって「学問は懸命の努力である。懸命の努力をしてなほ不明ということはあるが、誠心の努力は必ず酬はれる。それは山室山に眠ってをられる宣長大人の霊が、その際に教へに来られるからである。要はその誠心と努力であって、このことは自分自身で経験したことだから、ゆめゆめ疑つてはならぬ」と力説していた。そのような学問の土壌があって、明治の文化が花開いたのだ。国際化のなかで日本がオリジナル性を発揮するためにも、志を再確認する必要性があるだろう。日本人として自らを省みるときには、「わが心はあたかも遠い他界にゐるに似る」といった経験が求められるのである。それは知識ではなく、日本人としての志に結びついている。そして、保田のように「その文学の世界に、ただ遊ぶことの楽しさ」を実感できれば、しめたものなのである。

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