安倍晋三首相の最初の関門が東京都議会議員選挙である。政治家はどうあるべきかをめぐっては、様々な意見がある。葦津珍彦は『武士道「戦闘者精神」』において、明治維新と昭和維新との差を論じていて興味深い。葦津は「前者が広汎な国民の思想と結びついており、後者が少数精鋭の孤立独走に流れたということは、もっとも大きな相違点ではあるが」と前置きしながら、「指導的人物の条件にも、かなりに差があったと思う」と述べたのである。維新を成し遂げるような人物は、平凡な人間であるわけがない。「詩人的な情熱の人でなければならない」からだ。しかし、それだけでは政治的な力を持つことは不可能だ。そこで大事になってくるのが「権力の法則に徹した、冷徹な計算能力」である。それと詩人的な情熱が結びついて、世の中を変えるのである。会津が戊辰戦争で敗れたのは、そこで後れを取ったからであり、権力闘争に敗北したのには、それなりの理由があったのだ。明治維新史における薩長の指導者は、まず藩内での権力闘争を勝ち抜かなければならなかった。純粋無垢であることは許されなかったのだ。これに対して、2・26事件の青年将校らは、軍隊特有の上位下達にならされており、政治力学に関しては甚だしく無知であった。その点については、安倍首相はなかなかのものである。「権力の法則に徹した、冷徹な計算能力」を駆使して、国難に立ち向かっているからだ。政治家はそうあるべきなのである。
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