草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

戦後の日本人は国家への忠誠心を失ってしまった

2023年04月20日 | 科学技術
 中国でスパイ容疑で逮捕された日本人が「公安調査庁の関係者に、中国に内通している者がいる」と本に書いたことが、センセーショナルな話題になっている。
 公安調査庁の人間が、外国の諜報機関と接触すること自体は否定されるべきではない。二重スパイということもあり、一概に利敵行為と決めつけることはできない。しかし、どんな人間にも隙があるし、とくに平和ボケで育った日本人を、手玉に取ることなどは、外国勢力からすれば、おちゃのこさいさいである。
 大熊信行は『国家悪』において忠誠対象を正面から論じていた。「戦後日本に精神情況」として「『天皇への忠誠』感情を放下すると同時に、忠誠問題一般を遺失したのである」との見方を示したのだ。いうまでもなく、それは占領政策に起因するものであった。大熊の主張は本質を突いている。
「国民の忠誠義務は、軍務において頂点を示すのがつねであるから、仮にもし日本に多少なりとも軍隊が残されていたとすれば、おそらく新しい軍隊組織の精神的支柱となるべきものが何であるかは、日本の『民主革命』と同時に、早急に解決されなければならない問題であった。ところが、日本の征服者としての占領軍総司令官は、日本人に絶対服従を要求しても、自己への忠誠を求めたわけではなく、また、平和憲法の制定によって『軍隊なき国家』が生れた以上、国民の献身と犠牲を要求する意味での忠誠問題は、表面上、永遠のかなたに遠退いたのである」
 いかなる国家であろうとも、祖国に献身し、ときには犠牲になることを個々人に強いてくるのである。当然のごとく忠誠対象は明確でなくてはならない。
 三島由紀夫の「命よりも大事なものがある」という言葉は、まさしくそれを意味する。三島は「天皇陛下万歳」を叫んだように、国柄としての菊を重視したのである。有事が迫りつつあるなかで、守るべき祖国とは何かを、私たちは今こそ問い返さなくてはならないのである。

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