祖父のこの様子に、光君はまあまあと彼を宥めました。
そんなに気持ちを高ぶらせては体に悪いです。長生きできませんよ。そう言ってから、
「それだけ世の中の人間には、少しでも自分が良くなりたいという様な醜い欲が有るという事ですよ。」
そうなのだろうか?そうかもしれないと、光君の祖父は気持ちを静めながら、孫の言葉に何だか納得して黙りこくるのでした。
やや間があって、落ちついた祖父はハーッと溜息を吐くと、
『早く自分の世界に戻って、孫の光とのんびり将棋でも指したいな。』と思いました。
「あの朝の勝負も途中になっていたなぁ、」
と思わず盤面の駒をひっくり返す手つきをしました。
それを見て、光君は急に祖父の身振りに飛びつくような勢いで、喜々とした声を上げました。
「王手!」
「これで僕の勝ちだ、じゃあ、じっちゃんの負けだね。」
そう目を輝かせて如何にも嬉しそうに弾む光君に、祖父は思わず、あれっと、
「お前世界が違う光だと言ってなかったっけ?」
どうしてあの勝負の続きが分かるんだいと、呆気に取られて、少々訝し気に睨んでみます。
光君はこれはしまったという感じでしたが、言ってしまったからには仕様が無いと、悪びれもせずにこう言うのでした。
「じっちゃん、僕のワイフが嫌いでしょう。」
僕は過去を鑑みて懲りたんだよ。じっちゃんとはもう仲良くしない事にしているんだ。ワイフが可愛そうでね。
孫のその言葉を聞きながら、祖父は憮然として眉根に皺を寄せました。ムッとした表情を浮かべて仕舞います。
「仲良くしないって如何いうことなんだい?成人してからは私と別々に暮らしているとでも言うのかい?」
そう祖父は光君に尋ねました。そこで光君は1つ咳くと、落ち着いて話し出しました。
「そう、別居以前に僕達はもう日本に住んでいないんだ。今、僕はワイフと2人で海外暮らしなんだよ。定住するつもりなんだ。」
「成る程ねぇ。ワイフを聞いた時に、もしやと思ったがやっぱりそうか。」
それで、と彼は一寸微笑んで孫の話の続きを促します。
海外に定住するというからには、孫は確りとした良い生活をしているのだろうと思ったのです。
「祖父ちゃんには悪いけど、僕、家も継いでないんだ。財産も皆処分したし、
お寺さんには墓の永代供養を頼んでおいたから心配ないよ。祖父ちゃんの分もね。」
祖父はそれを聞いて表情を強張らせると、寂しそうにそうかとだけ答えるのでした。