彼がきょろきょろと辺りを見回していると、座敷の方から蛍さんの父がやって来ました。
彼は期待して、蛍さんの父が何と切り出すか待っていました。
「いやあ、参りましたね、おとっちゃんがあんなに喧嘩っ早かったなんて。」
知らなかったなと、呆れたように彼が言うものですから、光君の祖父は大層がっかりしました。
それでは、やはりここはまだ別の世界なのだ。そう判断しようとして彼が墓所を見ると、
やはりそこには線香や蝋燭、花々が溢れて、お墓はお盆の季節その物の風景なのでした。
奇妙だなぁと彼は思い、彼に近付いてくる蛍さんの父を注意して見ていました。
本堂の中央入口迄やって来た蛍さんの父は、
「いや暑いですね、急に蒸して来たみたいだ。」
とその入口の熱気に当てられ、手をパタパタさせて涼を取るような恰好をすると、光君の祖父の横に腰をかけました。
手で探って頬の具合を確かめると、奥から持ってきた濡れタオルを頬に押し当て冷やし始めました。
「こう蒸していては、こんなタオルも直ぐに温くなってしまうな。」
そう言って、照れ笑いの様に光君の祖父に笑いかけるのでした。2人はのんびりと境内を眺めていました。
蛍さんの父が落ち着いた頃、彼は墓所の花や蝋燭、線香に気付きました。
「まだ5月だというのに、盆みたいな墓の様子ですな。何かあったんでしょうか?」
そんな事を光君の祖父に尋ねます。
「そうね、私もてっきり今日がお盆かと思い、それならよかったのにと今思っていたんですよ。」
そう言って、自分は向こうの世界がお盆の日にこちらの世界に来たのだと彼は説明しました。
今がお盆ならここが私の世界で、今漸く私は元の世界に戻って来たのだと思っていたんです。
彼が寂しそうにそう言うと、蛍さんの父は彼の事を気の毒に思い、あれこれと慰めの言葉を掛けるのでした。
そして、彼もまた賑やかに彩られた墓所が気になって来て、一寸見てきます。
と光君の祖父に声をかけると立ち上がり、墓所へ向かって歩き出しました。
本堂前の階段を下りて墓石のある方向へ向きを変えると、彼はお堂の角を曲がり、すぐにお寺の奥の方へと消えて行きました。