光君の祖父は時間や空間のずれを考えると座敷の方はどうなっているのかと思い、このまま戻る事に気が進まなくなりました。
本堂の入り口で立ち止まり、前に進む事を躊躇していると、そこへ蛍さんの父がやって来ました。
「いやぁ、すみません。」
最初に謝ると、何でも申しまして、あなたさんの方が色々と大変なご事情ですのに、住職さんに叱られました。
と、照れ笑い等してにこやかです。そして、光君の祖父の冴えない表情とその赤い頬を見ると、
「如何されたんですか?何かあったんですか?」
と尋ねました。
先ず彼が考えたのは、これはあの子が何か仕出かしたのではないか、と蛍さんを疑った事でした。
「あの子に殴られたんですか?」
そんな事を聞いて。目の前の男性の返事を待ちました。目の前の男性は何とも返事のしようがありません。
これは、と頬に手をやって言葉を濁していると、本堂の奥の方の廊下から人影が2つ現れました。
「もう仕様が無いですね。」
子供みたいなんですから、と女の人の叱る様な声が遠くに聞こえます。そして、微笑んだ女の人に従えられて、後ろから男の人がやって来ます。
本堂の入り口の明るい場所迄2人がやって来ると、その男女2人の顔を見た蛍さんの父は衝撃を受けました。
「母さん。」
つい言葉が口をついて出ましたが、その後は黙って自分達に近付いて来た女性を見つめると、
奇妙な目でじろじろと眺めて物も言えずに立ち竦んでいました。
光君の祖父は彼のその様子に『やはりね。』と思います。
もう亡くなってしまった自分の母が目の前に不意に現れたのです。彼は感無量なのだと自分にはよく分かるのでした。
自分もまた、失くした息子の成人した姿に最初に会った時の感動を思い出していました。驚愕と興奮と喜びと懐かしさと、
そして事が落ち着くまで、彼もまた事の成り行きを暫くは見守るつもりでいるのだろうと、光君の祖父は考えていました。
若い男性の驚きを気にも留めず、女の人は光君の祖父の方に言いました。
「先程は主人が申し訳ありませんでした。」
娘のお相手をしていただいていたのに、主人がとんだ乱暴を致しまして、私からもきつく申しましたのでお許しください。
主人は生来子供みたいな人ですから、どうかご勘弁をと、今主人も謝りに参りますと言うと、後ろの夫を招きました。