Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、152

2017-04-27 23:56:01 | 日記

 彼は蛍さんの傍に歩み寄ると、

「君は絵が上手なんだね、あれはシャガだね。」

「直ぐにシャガだと分かったよ。確かに周りにはあの花が咲いてはいたけどね。」

「あの花を見なくてもあれがシャガだと分かる絵だったよ。」

彼はそう言うと、口元に少し寂しい微笑みを浮かべ、遠慮がちな態度で

「君の絵を稚拙な絵だと言って悪かったね、私が間違っていたよ。」

と、かつての自分の彼女への非礼を詫びるのでした。

 『あの頃が遠い昔のような気がする。あれからもう2年が過ぎてしまったなぁ。』

もうあの時代にも帰れないんだろうかと祖父は思い、そう感じると、彼は不覚にも地面にパタリと涙を落としてしまいました。

そう、光君の祖父は息子一家と、2年近くもまた別の世界で過ごして来たのでした。

あの世界の孫の蛍は利発で可愛らしく、やはり絵が上手だった。それも今は帰れない世界になってしまったのか。

『諸行無常というけれど、本当に世の中は無常だなぁ、私の場合は身をもってそうだと感じる。』彼はひしひしと身に迫って来る寂寥感を感じるのでした。

 蛍さんは、光君の祖父がパタリと地面に落とした涙を見ていました。

彼女はそれを見て、天から地面に最初に落ちる雨粒を連想しました。

しかし、それが雨ではないと彼女に分かったのは、その雨粒が彼の髪の庇の下から落ちた物だったからでした。

地面に当たってぱつっと弾けた雫が、訳知らぬ蛍さんの胸の内に妙に染みて来るのでした。

彼女は心動かされて、何かしらの真義を判定するようにじーっと光君の祖父に目を注ぐのでした。

 そんな祖父と蛍さんの様子を垣間見ながら、光君はあたりの空気の変化に気付きました。

「もう始まりますよ。」

その声に、光君の祖父はそっと目頭を抑えると、彼の声の指し示すらしい方向に目をやりました。

 そこには何時の間にか黒々とした人波が現れ、光君の前からずーっと境内の奥の山の山頂迄、

果てしなくまるで帯の様に繋がっているではありませんか。

その人々の群れは、1人1人が入れ代わり立ち代わり、にこやかに光君から茶封筒を受け取ると、

彼に感謝の言葉、そして彼から労いの言葉を受けて、まるで消え入るように帰って行くのです。

光君は目の前のその大軍を物ともせずに、次から次へと自分の手にした封筒を手渡していきます。

 『あんなに多くの人にお金を渡しては、いくら家でも資産が尽きるのにそう時間はかからないだろう。』

それで財産を処分したと言っていたのかと祖父は合点しました。


ダリアの花、151

2017-04-27 11:43:10 | 日記

 『では孫がこの年になる頃には私はこの世にいないんだな。』そう思うと、胸が漫ろになり、何とも寂しい気がします。

彼は急にしんみりとしました。

この調子では、孫が結婚すれば私は自分1人の寂しい余生になるんだろうな、そんな事を考えていると、

「じっちゃん、俺は大きな賞を取ったんだよ。自慢していい孫なんだよ。」

光君はそう言って笑顔を浮かべると、祖父を慰めるように彼の顔を覗き込みました。

「確かに僕の世界の祖父はもう亡くなりましたが、あなたの世界の僕が賞を取るまで、あなたは長生きしているかもしれませんよ。」

「え!」

「だから、僕はあなたの世界の光ではないんです。でも、あなたの世界でも同じような事が起こっているでしょうから、

またはこれから起こるかもしれませんから、僕の祖父の分まで孫の事を自慢に思ってください。」

「それは如何いう事なんだい。」

彼は、自分は昔人間だから君の言う事がさっぱり要領を得なくて分からないんだ。

何を言っているのかよく分かるように説明してもらえるとありがたいんだがなぁ。と、正直に言ってみました。

 「私によく分かるように説明してくれないか。」

光君の祖父は言葉少なに、余り期待せずにこう申し出てみました。

すると、意外な事に光君はかまいませんよと言うではありませんか。

「論より証拠です、今からここで起こる事を見ていてください。」

彼はそう言うと、さっきお寺さん達が行ってしまった方向を向いて、何事かが起こるのを待ち構えていました。

 そしてふと気付いたように、

「そうだ、今の内にこの年代のワイフの絵を見て置きませんか。」

祖父ちゃん絵が好きでしょう。彼はそう言うと、祖父に門の外に描かれている筈の、先程蛍さんが描いていた絵を見るように勧めるのでした。

「この時期のあなたは、あの子の事を誤解していますよ。特に絵についてね。」

そう言って、彼は手で山門の外を指さしました。

 光君の祖父は、孫に勧められるままに山門の外に出てみました。地面を見下ろして絵を探すと、確かに先ほど蛍さんが何やら地面に蹲っていた所に絵が描いてありました。

「ほほぅ、これは。」

彼はその絵にとても感嘆しました。その絵に彼女の才気を感じ、思わず機嫌よく拍手をすると、周りに生えている画材になった花々と彼女の絵を交互に見比べてみるのでした。

 淡青紫色の花々の色に、美しいねぇと呟き、群生するその容姿の可憐さを愛でるのでした。

そして、薫風の中、彼は気分よく周りの新緑の大気を思いっきり吸い込んでみました。

この瞬間、身も心もリフレッシュされて、生気を帯びた彼は清々しくにこやかに光君の所まで戻って来ました。

 「いいね、あれはいいよ。あの子が描いたのかい?」

『栴檀は双葉より芳し』と言うね。将にそれだね。そんな事を言って慈しむように目を細めると、改めて蛍さんの事を眺めてみるのでした。