Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、127

2017-04-09 17:21:29 | 日記

 彼が本堂に着くと、蛍さんは入口を入って直ぐの本堂の右手側の廊下にぼんやりと佇んでいました。

何時まで待っても父は現れず、知らない人ばかりが彼女の元にやって来るのです。

所在無い彼女は、本堂に現れた男の人にすぐに気付きました。そしてまた知らない人だと思いました。

父は何時自分を迎えに来てくれるのだろうとがっかりしてしまいました。

その知らない人が自分に近付いて来て声をかけて来るのです。また何か聞かれるんだわと、

彼女は内心うんざりしてしまい、もう大人の相手をするのが嫌になってきました。

 それで彼におはようと声をかけられても黙っていました。

「おはよう、君は蛍ちゃんでしょう?」

そう男の人が2回目の声掛けをしても、彼女はやはり仏頂面をして返事をしませんでした。

そこで彼は返事を返さない彼女に、ちゃんと返事をしなさいと叱りました。

   彼は緊張していたせいで、その叱り声が思わずきつくなってしまい、吃驚した蛍さんは弾みでおはようと言ったものの、

恐縮して目には涙が溜まって来てしまいました。丁度この廊下側は、本堂でも日が当たらない陰になる部分でしたから、

蛍さんのこの泣きそうな顔に男性の方は全く気付かずにいました。

 「君にちょっと聞きたいんだがねぇ、」

と男の人は彼女が想像した通り質問を始めました。

「名前は○○蛍ちゃんでいいんだよね。」

彼女は震え声でそうだと答えます。男の人はその声に、おやっと、自分の言った言葉が彼女を委縮させてしまった事に気付きました。

ごめんごめんと、怒っているんじゃないんだよと笑顔で謝って、お嬢ちゃんの兄弟は誰と誰?お名前教えてくれないかなと、優しく聞いてみます。

 それで蛍さんは少し勇気が出て、一寸不愛想にですが返事をしました。

「お兄ちゃんは清(きよし)、弟は源です。」

と答えます。やはりなと男性は思い、この子は自分が来た世界とはまた違う世界の子だと確信しました。

『それではやはり世界は2つだけではないのだ。』彼がそんなことを考え始めた時、

女の子の後ろから女の人の声がしました。

「蛍、もう機嫌を直したら。」

もうこちらへ戻っておいでと、何時の間にか廊下の奥で、座敷の方から来たらしい女の人の影が言います。

「いやよ、お兄ちゃんが謝らなければ戻らないわ。」


ダリアの花、126

2017-04-09 09:24:41 | 日記

 彼はここまで言う内に、又不満が頭をもたげて来ました。

「そう言われればあの子の服だって良いものを着せてあるよ。」

やっぱりとここで若奥様が相槌を打ちます。

「そうでっしゃろ、やっぱりね。」

彼もにこやかに頷きます。

「馬子にも衣装でね、あんなピラピラな服、猿回しの猿じゃぁあるまいし、着せられる方もいい迷惑と言うもんだ。」

ふん、何がお父さんなんだ、あんな子、全然知らないからな。そう言うと、

「私はあんな子のお父さんなんて嫌ですからね。」

と、文句たらたらで段々怒り噴出といった感じで言葉を終えると、人間言いたい事を言うと落ち着くものなのでしょう。

彼もここ迄言ってしまうと向こうの自分に対してのわだかまりや鬱屈した気持ちが晴れたようでした。

  「人っていうのは不公平なもんだ、世の中不条理に出来ているもんなんだな。そんなものなんだよ。きっと。」

と何だか急に悟った様な事を言って、彼は再び口を閉じると、沈思黙考した後にこんな事を言い出しました。

 「いや、私はこんな心理攻撃には負けないぞ。」

「これが向こうの世界からのこちらへの侵略攻撃だという事は分かっているんだ。私はこんな心理攻撃には屈しないからな。」

彼は急に、はっはははと元気に笑うと、本当はきっと向こうもこちらとそう変わらない世界なんだ。そう言って、

「騙されないぞ、その手には引っかからないからな。」

と、不敵に笑ってみせるのでした。

 何だか妙な塩梅になった、自分も向こうの人間、この儘では誰に何を言いだされるか分からない。

そう感じた別の世界の男性、この世界では彼の妹の舅ですが、誰かに何か話しかけられる前にと、

彼の話の中で気になった事柄について彼に尋ねました。

 「君に1つ尋ねたい事があるんだが、あの子は自分に誰か兄弟がいると言っていましたか?」

「ああ、兄と弟が1人ずついると言っていたな。」

「それは確かかね?」

舅は慌てて思わず念のためにと聞き返しました。

「ああ、兄の方は聞いてないけど、弟の方は確か源とか言っていたな。ゲンちゃんって呼ぶんだそうだ。」

そう聞いた途端、舅の男性は驚愕しました。

その蒼ざめた顔色を見て、彼は舅の方にも何か相当なショックを与える出来事が起きたようだと悟りました。

 『どう言う事なんだろう、世界は表裏の2つだけじゃないんだろうか?』舅にも理解しがたい出来事になって来ました

世界は2つだけじゃ無い、3つ 、いやこの調子だと、もしかするとそれ以上に沢山の世界があるのかも知れない。

そんな考えが舅の頭に浮かびました。浮かんだからには確かめてみないと。

 そこで立ち上がって、ついに彼自身が面と向かって蛍さんと対話すべく、本堂にいる彼女の元へ出向いて行くのでした。


ダリアの花、125

2017-04-09 09:22:57 | 日記

 「大体私は商売なんかした事ないんだ。」

おとっちゃんが亡くなってから初めて家の仕事をする事になったんだ。商売の仕方なんて正直よく分から無いんだ。

この儘だとおとっちゃんが残してくれた貯金だってそう長くある訳じゃないだろうから…、

 彼は、今まで胸に抱えてきた思いの丈を吐き出すに連れて、自分の人生への絶望感がいや増して来るのでした。

「私の人生この先お先真っ暗じゃないか。」

 それなのに、如何だい。向こうの奴はおとちゃんもおっかちゃんも健在で、兄ちゃん達も皆元気で、

しかももう俺も含めて兄弟は皆んな結婚しているって言うんだよ。自分にも兄ちゃん達にもそれぞれに沢山子供がいて、

あの子は遊ぶ従兄弟が沢山いると言うんだよ。家は子孫繁栄だよ、びっくりしたなぁ。いい事だけどね。

 ここで彼は息が切れて暫く口を閉ざしました。ほーっと息を吐くと、やや冷静になった感じです。

今まで胸に仕舞い込んでいた不満を少し吐き出した事で、彼は気持ちが晴れて来ました。微笑んだりします。

家系全体の嬉しい事は、向こうの場合の事でもやはり嬉しく感じます。

 傍で見ていた彼の妹の舅や、寺の一同は、もうここ迄来たら彼の言いたい事を全部言わせた方が良いと思い、

黙って彼を静観していました。

 座敷の皆が微笑んで見つめる中、落ちついて来た彼は再び口火を切りました。

「あの子に聞いた話だと、向こうじゃ私が親と同居しているそうなんだ。」

兄さん達が皆家を出たとかで、私が責任を感じて跡を取ったんだそうなんだ。いいやつだなぁ、向こうの私は、

私に似て人がいいんだな。損な奴だよ。向こうの私もと、他人事の様に言って目を細めます。

 そして独り言のように、

「でもいいなぁ、向こうは何時も父さんと一緒に商売に出てるそうだ。」

と言うと、

「きっと仕事のコツや何かを手取り足取り教えてもらっているんだろうなぁ。店が相当繁盛してるそうだから。」

とムッとした感じになり、彼は俄然羨まし気な口振りに変わりました。

 ふん、それは結構な話だね、良かったね。そうだよ、それがどうしたって言うんだい。