Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

ダリアの花、138

2017-04-16 14:40:26 | 日記

 別にこの子だって、別の世界の俺だって、自分に関わり合いが有る訳じゃないんだ。

あの人だって、本当の妹の舅じゃないんだし、親身に相談に乗ってくれていい人だと思っていたのに、

本とは全部嘘だったんだから、そう思えば、俺があれこれ向こうの人間の心配する事なんて無いんだ。

彼等が如何なったって、元々自分とは関係ないんだし、気にする事なんて無いんだ。

そう思うと彼は、

「ふん、余計なお節介をしても馬鹿を見るだけだ、彼是と思いやって損な事をしたもんだ。」

そんな事をむしゃくしゃして呟くと、ふと山門の下を見て、馴染みの茶屋に目を留めました。

 ああ、お茶屋さんだ、久しく行ってないな、ここのお寺にもご無沙汰していたからなぁと彼は考え、

寺には後で、先ずは茶屋で一喋りしてからと、相変わらずそっぽを向いている蛍さんに

「じゃあね、お兄さんは用があるから。」

と吐き捨てるように言うと、後も見ずにそそくさと山門から出て行き、彼はそのまま参道を下って離れて行ってしまいました。

 1人残された蛍さんは、やはり心細くて泣きたい気分でしたが、彼女1人ではどうしようもありません。

今の人がお父さんならよかったのにと思い、本当にお父さんじゃないんだなぁとまた半信半疑、

向こうへ下って行ってしまった男の人は本当は父じゃないんだろうかと疑ってみたりするのでした。

 そこで蛍さんは行ってしまった父の後を追うように、山門から2、3歩出てみました。

しかしそれ以上彼の後を追う気になれず、さっぱり土地勘のない場所をうろうろする気にもなれず、

その場でしゃがみ込んで途方に暮れていました。そんな彼女にお寺の若いお坊さんが気付きました。

「さっきから1人でうろうろしてるけれど、迷子じゃないだろうか。」

捨て子かもしれない。そう2、3人の若いお坊さん達が集まって、ひそひそ相談を始めた頃、

お寺の奥から出てきたお坊さんが、おやっと彼女に気付きました。

 そこで寄り集まっている若いお坊さん達に、君達の知っている子かいと聞き、

いや違う迷子じゃないかと話していたところだという返事を聞いて、それではと、

自分達の探している子かもしれないと彼女に近付いて問いかけました。

「君、ホーちゃんとか言うんじゃないの?」

蛍さんはそうだよと答えます。やはりそうか、よかったよかった、迷子が見つかったよと、

広い境内の奥に向かっておーいと声をかけました。


ダリアの花、137

2017-04-16 14:38:45 | 日記

 しかし、彼が蛍さんの傍に来て辺りを眺めてみると、目の前の山門の外は下り坂となり、左右の横の様子は如何も山中で、

杉などの針葉樹や山毛欅や楢などの広葉樹が雑多に生えている様子です。これは、と彼は驚きます。

 彼は2、3歩、蛍さんから離れて周りの風景に近付いてよく眺めてみました。

すると彼はそこが何処なのか段々分かって来ました。彼が気分の良い時に、彼女の世界の父同様に、

自分もこの場所まで足を延ばす事があったからでした。

彼は蛍さんに向き直り、にっこり笑うと言いました。

 「ここは、国泰寺だね。」

蛍さんはハッとしたように頷くと、そうだよ、お父さんはそう言っていた、ここのお寺は国泰寺と言って、

何時も墓参りに行く時の小さい寺とは違って、大きくて立派なお寺なんだぞ。そう言ってたいたと話します。

 男性は苦笑いしました。思わずプッと吹き出すと、

「それは、お寺さんが聞いたらさぞ機嫌を悪くしそうだな。」

と呟きました。そして思わず赤面しました。

もし自分に幼い子供がいて、こうやって気分の良い日にここへその子を連れて来たなら、

自分も同じ説明をしそうだと思いました。それであちらの世界の父を擁護しておこうと思いました。

 「いいかい、その君のお父さんが言った言葉は、決して墓参りに行くお寺の住職さんに言ってはいけないよ。」

分かったね、と蛍さんに釘を刺すようにきつめに言い聞かせました。。

 蛍さんは顔だけ父にそっくりなこの男の人に、さっきは冷たくあしらわれ、今回はさも父親面した風に命令されたものですから、

すっかりご機嫌斜めになってしまいました。ぷんとそっぽを向くと、全く返事など返しません。

 『可愛げのない子だ。』と、彼は思います。そこで、

「君、蛍ちゃんだったね、君の為に言って上げているんだよ。」

と、説明します。

君が今言った通りに住職さんの前で言えば、まず君のお父さんが、そして次に君自身も、

住職さんによく思われないからね、そこでお兄さんが親切に注意してあげているんじゃないか。

そう言って彼は蛍さんにぎこちなく笑って見せました。

 しかし、幼い蛍さんには人情の機微等分かりません。相変わらずご機嫌斜めの様子を変えずにむっつりと押し黙った儘、

斜めを向いて彼に向き直るという事をしませんでした。

 


ダリアの花、136

2017-04-16 13:44:57 | 日記

 もういい加減に元の世界に戻りたいものだ。光君の祖父は思いました。

それにしてもと、もう一度振り返ってお堂の上の燭台を確認すると、彼はやはり今日はお盆だと確信します。

ここのお寺において、墓に線香、蝋燭、花と来て、本堂に燭台のある組み合わせが重なる時期はお盆の2日間以外にありません。

 もしかすると、彼は立ち上がりました。目の前の敷居を越えて屋内に踏み込むにはやや勇気が要りましたが、

鴨居に吊るされた燭台を見据えながら、周囲の様子にも気を配りつつ、目当ての燭台までそろそろと進むと、

その燭台をそっと下ろして、自分の手に取り寄進の年度と名前を確認しました。

 そこには紛れも無い自分の寄進年度と彼の名前が書かれていました。

彼はにっこり笑うと、少しほっとした面持ちになり、そのまま燭台を手に本堂の中で身動きせずに佇んでいました。

 『妙な事があるもんだ。』

そう思いながら蛍さんの別の世界の父は、墓所の奥から戻ってきました。奥には墓参りの人が何人かいて、

彼はその人達数人と話をしてきた所でした。

「しかし解せないなぁ。」

本堂の角まで来ると、彼は口に出して自分の気持ちを表してみます。

彼の周囲の現実が、声に出す事で何か変わるかもしれないと思ったのかもしれません。

 確かに、彼の現実は変わったようでした。

何しろ、山門から本堂に続く道に1人の女の子が佇んでいます。その後姿は前に見た事がある女の子のようでした。

薄いピンク色のふわふわしたスカートが風に靡いています。彼はもしかしたらと思いました。

それで意を決してその女の子に近付いて行きました。

 「こんにちは。」

彼女の後ろから声をかけると、彼は吸い込んだ空気の中に清々しい森林の香気、新鮮な山野の石清水の香り、

岩肌を流れる清流の土と水の臭いを感じ取りました。彼は思わず気分がよくなり大きく息を吸い込みました。

心地好い大気に、如何にも生き返る様な気分になった彼は心身共にリフレッシュした事を感じました。

 そして、彼の声に振り返った女の子の顔を見ると、果たして、それは彼の予想通り蛍さんの顔でした。

「今日はじゃなくて、おはようかな。」

彼は蛍さんの事情を思い出していました。早朝、世界の違う自分に連れられてこの寺へ来たのだという彼女の話に合わせて、

今はまだ朝だという設定で問い掛けてみました。

 「うん、おはようだね。」

そう蛍さんは興味なさそうに言いました。

そして、おじさんお父さんじゃないんでしょう、と気乗りしない様子で彼女が言うので、

その蛍さんの様子から、彼は如何やらここはやはり自分の世界だと判断するのでした。