そこで、蛍さんはお坊さん達の墨染の衣に少しずつ近付くと、
「おじさん、中にいるんですか。」
と恐る恐る声を掛けました。すると、小さくそうだよという声が聞こえます。
お坊さん達はというと、特に蛍さんに何か危害を加える気配は無さそうでした。
彼等にすると、こんな小さな女の子なんて相手をする気にもなれなかったのでしょう。
彼女はその雰囲気を感じ取り、中心にいるおじさんを助けようと思いました。思い切ってお坊さん達に声を掛けました。
「おじさんが知らなかったって言ったら、結構ですって言ってたのに。」
「さっき、しょうが無いって言ってたじゃない。」
彼等から返事がないので、蛍さんは再三彼らに声を掛けてみました。
「それに『武士に二言は無い』って言うじゃないの、皆男の人なんでしょう。」
それに対して、彼らの中の誰かから返事が聞こえました。
「私達は武士じゃないけど」
そう言う言葉でしたが、勢いのある声ではありませんでした。
何だかこう小さな女の子にそれなりの道理を言われては、お坊さん達も何となくやる気が削がれたのでしょう。
また、境内で相談していた2人、先ほど蛍さんの傍にいて離れて行った2人連れの男性からも、
この時、蛍さん達の危難に援護するべく呼び掛けがありました。
男性2人は、眼鏡の男性がお坊さん達に取り囲まれた時、今後如何なるかという予想がついていました。
それで直ぐにその打開策をあれこれ相談すると、1人が素早く地面に何か書き始めました。
屈み込んでその文字を書いていたのは本堂から戻って来た男の人でした。
彼は書き出した文字に、如何にも慣れたようにすいすいと線を入れて行きました。
「区切りはこんな物でしょうか。」
ともう1人の男の人に尋ねます。
「そんな物ね、いや、ここはこっちに区切りを入れた方がいいだろう。」
そう添削を受けて、これでよしと文字を書いた人は立ち上がると、大きな声で境内に響くように声を上げたのでした。
「そのひ、とは、こうがくき、ふ、しゃですから、あな、たたちも、おね、がいし、たら、いいですよ。」
境内の中はしんとして声を出す人もいません。
当のお坊さん達も、その言葉が誰に対して言われているのか最初は気が付かない雰囲気でした。
皆そっぽを向いて、この言葉を聞いていたという気配もありませんでした。
そこで声を上げた男の人はもう一度、地面の文字を確り確認しながら一字一字をゆっくりと読み上げて行きました。
その時、お坊さん達の1人が機転を利かせ、素早く地面にその声を文字にして書き出して行きます。
彼等の内の2人がそこへしゃがみ込み、額を集めてひそひそと地面の文字を読み解いて行くと、
俺もそう思う、うん、と皆で頷いて立ち上がり、じゃあそう言う事でと、3人は明るい笑顔になり皆の方へ向き直りました。