が、目の前の男性に対してきっと睨みを利かせた彼の目付きが、この場がこの儘ただで済みそうもない事を物語っていました。
光君の祖父にしても、そう喧嘩が好きな訳ではありません。同じ世界なら彼らの息子に当たるだろう人物、
自分に背中を向けている男性の肩をトントンと叩き、一寸一寸と、
もし世界が違っても、事情が分かりそうなこの男性にこの場を何とかしてもらおうと振り向かせると、
無言の儘手で彼の注意を自分の前の男性に促します。そしてやる気満々のその父の瞳に気付かせます。
ところが、世界が違うかもしれないこの夫婦の息子にすると、喧嘩など殆ど経験なく育ってきたものですから、
この父の目の意味するところが分かりません。『おとっちゃんはご機嫌斜めなんだな。』と感じた程度です。
まだ後ろにいた妻の方が、その場の雰囲気を敏感に感じ取ると、ここはもう自分では収まらないと判断しました。
座敷の住職さんを呼ぶべく急いでこの場を離れて行くのでした。
これは困った。光君の祖父にすると、頼みの綱の奥さんに去られては万事休すといった面持ちでしたが、
不思議な事に丁度よい塩梅で、去っていく母の跡を慕い、アッと若い男性が2、3歩前に出て来ました。
父と光君の祖父の間に割って入った物ですから、
ガツン!
と、思いっきり父の拳がこの息子の頬に命中したのでした。
はあ、やれやれ、光君の祖父は一仕事終えて本堂の中央入口、敷居に腰を掛けると思い切り一息吐いて、ほっと安堵の表情を浮かべました。
親子で大変だったなあと、大の大人2人の大喧嘩に巻き込まれて、住職さんも加わって組んず解れつの大乱闘の末、
今は静かに静まり返った本堂で、こうして1人寛いでいると眼に映る青々した草、匂ってくる草いきれに、
『夏草や強者どもが夢のあと』と呟いてみるのでした。
夏草か、夏草、夏、季節は夏と、連想して来て彼はハッとしました。
今何時だろう。?
日差しはかなり緩くなり夕刻の近いことを告げているようです。
五月にしてはこの暑さは気だるい暑さです。また、墓所は花や蝋燭、線香が溢れています。
振り返って本堂の鴨居を見上げると、見慣れた燭台が綺麗に吊り下げられて夜の出番を待ています。
もしかすると、これは、彼は元の時代に帰って来たのでしょうか。