父は父の実家を出るかどうか、新たに仕事を見つけるかどうかで悩む事になったのだが、結論を言うとこの家の長男の一郎さんはこの時戻って来なかった。彼が世にいう転勤族であった為だ。しかも、その時までいた所よりも遥かに遠い地へ赴任する事になり、この家には戻れないという事態になった事を両親である祖父母に報告し、祖父母の跡取りとしての身の振り方を相談しに来たのだった。
「なんだ、あいつ戻って来ないのか。」
心配させて、責任感の無い奴だな。父は居間で1人胡坐をかいてふんぞり返るとこう零していた。が、その顔は笑顔だった。私は言葉の意味する所と顔の表情が何だか違う父を怪訝に思った。
「お父さん、不満そうな言葉なのに、…」
私の言葉に、何だいと笑顔の儘で機嫌よく父が問いかけて来るので、私は思った儘を尋ねた。
「如何して顔は嬉しそうに笑っているの?。」
すると父は背筋をぴしゃりと伸ばした。「こうか?。」と言う。そして顔を如何にも不満気な顔に替えた。この父の変化も私には妙に思えた。何故、子供の私の言葉で大人である父が指図されたように変化するのか?。私にすると、特に父の事を指図したいと思って言った言葉では無い。只、不思議に思えた事を思った儘に尋ねただけの事だったのだから。そしてその事も父に言ってみると、父はすぐさまひゅるるとばかりに脱力して肩を落とした。
「お前と話すと疲れるな。」
見ると父は確かに疲れた顔付をしていた。
「こんな話はあれとするに限る。」
父が言うので、あれとは誰か、お祖母ちゃんの事かと私が尋ねると、父は今日のお前は質問だかりだな、それも疲れる質問ばかりだ。そう零しながら、
「お前の最後の質問に答えると、あれと言うのはお祖母ちゃんでは無く、お前の母親の事だ。」
と答えると、彼は直ぐにその場から立ち上がり、さっさと台所の方へと去ってしまった。