「さぁ?、って、この穴を開けたのは君だという話だろう。」
とその男の人は障子の穴が私のした悪事だとばかりに決めつける様に言った。それから、彼は私に背を向けると再び障子の穴を見詰め直した。
私が彼の背に何も答えずに無言でいると、その人は手持ちの抱えていた鞄から眼鏡を取り出すと、片手で開いた眼鏡の蔓を耳に交互に掛け、背筋を伸ばしてしゃんとすると、これで良しと私の方へ向き直った。
「如何言う事かねぇ。」
眼鏡の奥から私の瞳をまじまじと覗き込むようにして彼は言った。
「君は自分の不始末も片付けられ無い様な無能な人物なのかねぇ。」
私はその言葉が流れる様に早口だった事もあり、それで無くても問われた意味内容が不明であり、眉根に皺を寄せた儘ポカンと口を開けて只々彼の顔を見詰めていた。
『何て言われたのだろうか?。』
私に分る訳が無かった。それでそれ迄に、日頃父から習い覚えていた確認の言葉、「もう1度お願いします。」を私は言わざるおえなくなった。彼はふんと頷き笑うと、胸を張り、
「君は、自分の、不始末も、…。」
彼は言葉を区切りながら、分かり易く同じ言葉を繰り返してくれた。それでも私にはさっぱりの感だったが、片付けが出来ないという様な意味合いの部分は理解出来たので、「私はちゃんと後片付けはしています。」と答えた。実際その頃には玩具等、遊んだ後はきちんと片付けていたのだ。男の人は、遊んだ後の後始末が出来るのか、そういう事を私に言っているのだろうと考えたのだ。男の人はふんと言った。
「じゃぁ、何故、この障子の穴の張替えをしないんだね。」
彼にそう障子の穴を指さしてはっきり言われると、ああ、と私はその障子の張替えをしろと言うのだなと合点した。彼の言いたい事が分かったのだ。それでは、障子の張替えはした事が無い私には無理だ。と私は判断して、その旨を彼に伝えた。
「した事が無いので私には無理です。」
苦笑いしてそう言うと、彼は非常に驚いた顔をして、動作もその様に振舞うと、「出来ないのかね。」出来ないの?君は出来る子と聞いているのに、と、最後はがっかりして落胆した様子で肩を落とした。何だか私は出来ない事が大変気の毒になって仕舞った。
「申し訳ありません。」
畏まってそう言うと、私には無理だけど、家の大人に言って張り替えてもらいますからと、愛想よく彼に挨拶して台所へと向かった。
私が居間から廊下に足を踏み入れる時、ちらりと男の人を見やると、居間の向こうの部屋、祖父母の部屋の入り口に祖父の姿が見えた。その顔を見るともなしに見た私は、祖父が困惑している様な、呆気に取られている様な、それ迄の私が見た事も無い様な不思議な表情をしているのを見た。